神樹のアンバーニオン

芋多可 石行

文字の大きさ
上 下
15 / 44

重き翼

しおりを挟む

 I県の隣県、軸泉市からも程近いA県三螺旋みつらせ市の沖合い。
 海上には二つの灯浮標とうふひょう付きの巨大な浮きブイに両端を固定された鉄骨が波間に浮かんでいる。
 上空には二機の戦闘機にエスコートされた青黒い機体が到着した。
 戦闘機より一回り大きいその機体は、巨大な尾のようなユニットを機体の後部に備え、今はホバリングする蜂のように下方に向けられたその尾の先端には、にび色のブレードが光っていた。

 [目標確認、訓練攻撃、アプローチする]
 [リーダー了解、一本集中]

 青黒い戦闘機の女性パイロットの声に応答した後方を飛ぶ指揮支援機には、JSSG 重翼隊 と文字が描かれている。

 近接特殊攻撃戦闘機 裂断レツダン

 最大の特徴は機体後部のアームテールと特殊金属、ソージウム製ブレードである。
 衛星、指揮機、基地のコンピュータと機体のAIをリンクさせた計算能力に支えられた高い環境対応瞬発微調整性を誇るアクチュエーターを搭載したアームにより、戦闘機でありながら敵性体に対してのすれ違いざまによる精密な“斬撃„を可能にしている。
 またステルス性もさることながら、世界でも指折りの対空気抵抗技術も加えられている。
 裂断は海上に向けて降下しながら加速するも、レールの上のに乗っているかの如くスムーズに水上飛行に移る。
 そのまま徐々に高度を下げ、ブレードの切っ先が海面に付くと一拍遅れて凄まじい勢いの水柱が連続で上がっていく。
 水柱にギリギリ追いたてられるように、更に裂断はターゲットに向けて全開で加速した。
 様々なパターンを予測したAIによって目標の測定が完了したテールアームとブレードは、ミリ単位の誤差修正のみで鉄骨に切り込む。
 
 ーーカッ、ッ!

 呆気あっけない音を立て一瞬で両断される鉄骨。

 鉄骨は、掻き回された波間の中心に折れた部分から海中に没し、それを支える浮きブイはよろけて海面ににユラユラと揺れていた。

 [訓練攻撃終了、ありがとうございました。海上班、あとはよろしく···]

 上昇した裂断の高度と比例して小さくなっていく水柱の名残が、重翼隊の帰投を見送っていた。







 十一時五十八分、飛行場の近辺でありながら人影もまばらな国防隊航空第二資料館。
 アミューズメントに特化し子供達にも人気の第一資料館とは異なり、飛行場を挟んでその反対側にあるこの施設は重翼隊の基地であると共に専門性の高い玄人好みの資料を展示しているせいか、敷居が高いと勘違いされており一般的には入りづらいと評判だった。

 静まり返った受付でコーヒーを飲みながら企画展の資料を暗記する一般職員の女性、音出 深侑里おとで みゆりの元に、交代の職員で先程まで裂断の操縦をしていた小柄なショートカットの女性隊員、追佐和 鈴蘭おいさわ れいらが交代を告げた。
「···交代です。音出さん」
「お疲れー!早かったね、今日も飛んだの?」
「教えられません音出さん、タシー達は一応マル秘戦隊ですので!受!付は!世を!忍ぶ!仮の姿っ!」
 ビシィッ!
「おぉ!いかんいかん!それは失敬」
「交代です、?、なにかあるんですか」
 それを聞いた音出は飲みかけた残りのコーヒーをンムッと飲み止める。
「!、あのね?藍罠さんがくるの~」
 うっとりとした表情で自身の体をギュッと抱き締め、そのせいで持ち上がった音出の過積載ペイロードを見た鈴蘭は少し怯んで目を背ける。
「ヌぅ···昨日の実動戦闘データの直渡じかわたしかな?」
「え?なぁに?」
「いいえ、なにも」
 すると入り口の古い自動ドアがガタゴトウーと音を立てて開き、セカンドバッグを肩にかけた私服の藍罠が入って来た。
「ええ!追佐和ちゃんだけじゃないのか?···まぁいいか」
「お疲れ様です~」
 ズイッと音出が近寄る。
「音出さん!近い、ょ」
 マスクをしている藍罠は、熊鍋の影響で体が少し臭···ワイルド旨しになっていたので、どことなく遠慮がちだった。
 鈴蘭は音出を押し退けて割って入り藍罠に挨拶する。
「お、疲れ、様、です!(グイ!)音出さん!藍罠さんはお疲れですから、早くご用件を」
 ごめんごめんと謝る音出を尻目に、すぐにデータの入った記録媒体メモリの受け渡しは手元だけで速攻終了する。
 互いに二歩程引いて、鈴蘭と藍罠は敬礼し合う。

「おトドケしました」
「受領しました」
「お疲れ様でした」

 音出は藍罠の隣で敬礼をしている。
「音出さんはこっちィ!」
「え~私もう今日上がりなんですものー、藍罠さーん、私今日I県の方の実家に帰るから送ってってくださーい?」
「いやー、俺今日も軸泉で待機だから内陸ちがうとことか行けないよ···?」
 困る藍罠。
「(くぅー!イラつく~!同じ重合隊じゅうごうたいのメンバーとしての世間話もアルのに!藍罠さんもタシーみたいなのより音出さんみたいな健康的ドわオな方がいいのかよ!)」
 しばらくの押し問答ののち、音出は満足したのかニコんニコんしながら手を振って職員控え室に戻って行った。

「藍罠さん!来るって連絡しましたか?」
「んと···したよ?隊長ヤノさんに。追佐和ちゃんヒルマルマルにはもう受付に居るって聞いたんだけど?」
「(んもう!作戦以外マーイーダロなんだから!ちゃんと下ッ端まで情報下ろせよ!···てか!、音出さんなんで藍罠さん来るの知ってんだ!?)」
「くぁ···!」
 藍罠はアクビを顔の奥で押し潰していた。
「ん~、寝たの今朝だよ。でも高速完成したし近いから行ってこいって···」
「お疲れ様です、活躍拝見しますね?」
「押忍!ではヨロシク」
 藍罠は一度帰ろうとしたが、気になった事があったのかもう一度鈴蘭に向き合って聞いてきた。
「······あのさ、音出さんっていつもあんな感じなの?」
「うへぇ···ええマァ···黙ってれば美人なんですけどね······あと変な意味は無いっぽいですけど、なんか藍罠さんと遊びたいって言ってましたよ。ブランコに隣同士で座ってニコんニコん見つめ···合い、たい、そうですよ?」
「あのテンション弱るんだよなぁ···」

 鈴蘭にもからかわれて藍罠は、肩を落として今度こそ帰って行った。
 それを見送った鈴蘭は受付の席に戻りテーブル下の棚の鍵二ヶ所を解錠し、中身の拳銃一式を確認して再び棚の扉を閉める。

 そしてそのまま静まり返ったエントランスで、ちょこんと受付に座って待機任務に就いた。




 重翼隊、隊長室。

 半分ほどに減った仕出し弁当の上に箸を置き、隊長の八野 やの は自分の席で軽く眼鏡を押さえ資料に目を通していた。
「今日までの挙動データのAI抜き平均です」
 応接席の下座で整備長が弁当の封を開けながら言った。
「間違い無い?」
「ええ九割、そして今日の分をご覧下さい」
「?」

 突貫でコピー用紙に印刷された本日分のデータファイルには、AIの有り無し比較グラフが並んで描かれ、どちらのグラフもほぼ同じ値を示している。
 パッと見、数字の差異を見なければ同じものにしか見えない。

「うー···今はいいか」
「はいっ」

 八野は二度目の、整備長は最初のいただきますを、二人同時に手を合わせて昼食をとった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

基本中の基本

黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。 もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。

神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行
SF
 主人公 須舞 宇留は、琥珀の巨神アンバーニオンと琥珀の中の小人、ヒメナと共にアルオスゴロノ帝国の野望を食い止めるべく、日々奮闘していた。  最凶の敵、ガルンシュタエンとの死闘の最中、皇帝エグジガンの軍団に敗れたアンバーニオンは、ガルンシュタエンと共に太陽へと向かい消息を絶った。  一方、帝国の戦士として覚醒した椎山と宇留達の行方を探す藍罠は、訪ねた恩師の居る村で奇妙な兄弟、そして琥珀の闘神ゼレクトロンの化身、ヴァエトに出会う。  度重なる戦いの中で交錯する縁。そして心という琥珀の中に閉じ込めた真実が明らかになる時、宇留の旅は、一つの終着駅に辿り着く。  神樹のアンバーニオン 3  絢爛!思いの丈    今、少年の非日常が、琥珀色に輝き始める。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

サクラ・アンダーソンの不思議な体験

廣瀬純一
SF
女性のサクラ・アンダーソンが男性のコウイチ・アンダーソンに変わるまでの不思議な話

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...