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アンバーニオン、降り臨む
しおりを挟む光沢のある琥珀色の透明な体躯は、僅かに覗く青く透明な本体を軸に、黒く見える茶色、赤く見えるオレンジ色、金色に見える黄色など宝石の鎧を纏っているように見えた。
体全体に、三日月型や鋭角的な意匠、背中からはスタビライザーのような板状の尾が一枚曲線を描いて伸び、両肩から反り伸びた巨大な琥珀の柱の内部には勾玉のようなものが浮かんでいる。
小さめの頭部は角が数本あり、少々首の長い“龍„に良く似た造りだが、その表情は厳めしすぎず優しすぎず、しかし黙って三角パタパタの群れを闘志を込め見下ろして睨むその姿はファンタジーに登場する龍人のような出で立ちだった。
そして太陽に曝された影の輪郭は、縁取りに濃いオレンジ色を写している。
その巨人。アンバーニオンは、ゆっくりと河口に向かって広くなりつつある河川敷に降り立った。
飛び回るヘリのローター音に混じり、ズシンという着地の低い重低音が周囲に響く。
アンバーニオンの操玉内では、クオーーンと、クリスタルボウルのような音が鳴る。何気に軋む音のように宇留は感じた。続いて体は浮かんでいるのに足にはリアルな踏みしめた感覚。アンバーニオンの体にかかる重さが変わったからだろうか?
降りて来た時はスピードを出しすぎて、無理矢理止まってしまった。何かを吹き飛ばしてしまった気がするので、力の加減を覚えなければ。と宇留は緊張する。
橋を二本挟み川の中で向かい合い、三角パタパタの群れは行進を止め、手前の橋付近のあるものは欄干を潰して橋桁に乗り上げ、またあるものは橋の下から顔を覗かせるようにして微動だにしない。
アンバーニオンが一歩踏み出し足下に水飛沫が上がる。
自分で動いているという感覚はボヤけているが、タイムラグは一切無く一歩ずつ巨体を歩かせる事が出来た。
それを見た三角パタパタ達は、先頭の下面に岩塊を抱えた二体を浮かび上がらせ、その下面を前方に向け、岩塊をアンバーニオンに打ち込んだ。
「うわっ!」
アンバーニオンは宇留の防御の仕草通りに左腕で一つを防ぎ、もう一つは当たらずに後ろの土手に落ちた。
左腕の被弾箇所の外骨格。宝甲には、わずかな掠り傷があったが即修復された。
次の三体が浮かび始め、同様の発射体勢に入る。
(打ち落とせるよ)
琥珀の少女が宇留に複数のイメージを伝える。宇留はその提案の一つを使ってみようとした。
再び高速で発射された大小三個の岩塊弾を、アンバーニオンは前方に掲げた右の掌から紫電を放ち全て打ち落とす。
ガカカァーーン···ゴゴォ······
街を囲む山々に落雷と破砕の音が反響して木霊する。
第三波目。打ち終わった個体が、これから発射する個体の裏側に回り込み合体した。
その三枚組二体と二枚組み一体が三回目の発射を行う。
弾速は明らかに今回の方が速いが、それでもアンバーニオンは問題無く全て打ち落とした。二枚組みから時間差フェイントで放たれた僅かに遅い岩塊も例外では無かった。
アンバーニオンが動く度に、宝甲に反射した太陽光の水溜まりが素早く街を駆け抜ける。自己責任で街に残る人々はそれに見とれている。
「クノコハ様······」
その中の一人、続けられるアンバーニオンと三角パタパタの打ち合いを、高台にある神社の赤い鳥居の傍らに立って見つめる長髪の女性。
丘越 折子はアンバーニオンを見て呟いた。
五度目の打ち合いが終わると三角パタパタ達はしばしの沈黙の後、残りの個体が抱えていた全ての岩塊を放り出し、全個体は上空に浮かび上がり側面で合体し合うとランダム状の幾何学模様のような形態と化した。
最も側面に配置された個体は、威嚇のつもりか蝶番で連結でもされているかのようにパタパタと不規則に開閉を繰り返す。
個体同士がぶつかり合う音は、金属でもプラスチックでも陶器でも無いような不気味な音がした。
一枚になった三角パタパタは、距離を詰めアンバーニオンに覆い被さるように近付き組みかかる。
宇留は浮かぶような感覚と、上から押さえ付けられるような感覚を繰り返し感じた。
三角パタパタがアンバーニオンを捕えようと揉み合いになる。
「例の太陽から来たヤツってか?」
椎山がアンバーニオンの様子を見ながら可能な範囲でデータを収集する。
「!、あのヤロウ!今何体合体だ?」
藍罠が敵の違和感に気付く。
「今数え終わった。二十三だ」
カゼ1から通信が入る。
通信を聞き終わらない間に三角パタパタが二体、交差点の角を曲がって虫のように這い、重拳に向かって来る。そしてそのままジャンプして車体の前後上空に浮かび上がった。
「させるかァ!」
藍罠は咄嗟に重拳が捕縛されると予見したのか、拳で路面を叩きその反動で重拳を跳ね上げさせる。
飛んだ車体にぶつかり弾け飛ぶ二体の三角パタパタ、同時に車体下部のメインブースターから各部サブノズルまで次々と点火し跳躍姿勢のコントロールに入る。
落着推定ポイントは河川敷沿い。すぐ近くに建物があった。
藍罠は微調整をAIに任せ、着地の瞬間に絶妙のタイミングで重拳に土手を掴ませ、車体を河川敷側に引き寄せつつ間髪入れずに着地衝撃緩和の為のロケットブースターを一瞬吹かして被害を最小限にとどめ着地した。
「サーセン。やっちゃいました」
「まぁ上々、タイヤ接地してるかな?」
「最悪腕でなんとか出ます」
重拳は土手を崩し、先頭車が川を覗き込むように土手に対して斜めに止まっていた。近くの建物は窓ガラスだけが割れていた。
「また工事課にどやされるな······」
藍罠、椎山の小反省会を聞きながら茂坂がボヤく。
藍罠が周囲の確認をすると、かなりアンバーニオンの近くに落ちた事に気が付いた。
「おいおい、そこのアンタ······」
重拳のマイクが藍罠の声を拾い、重なった声が制御車内でハモる。
藍罠は驚いた。今のどさくさで何故かスピーカーのスイッチが入ったようだ。
しかもアンバーニオンが三角パタパタを掴み押さえながら顔だけ振り返り重拳を見る。
重拳のカメラとアンバーニオンの目が合った。藍罠の声が聞こえたようだ。
「言葉が···通じたのか?」
椎山が驚いていると、先程重拳を急襲した三角パタパタ二体が飛来しアンバーニオンの背中に張り付く。
ズドンと重低音が響いた。
「っぐああっ!」
宇留は全身に強めの張り手を喰らった苦痛に苛まれる。一瞬で空気を抜かれた真空パックの中身のような気分だった。
三角パタパタは捕縛能力と射出能力の“空砲„を調整し、アンバーニオン内部にダメージを与えようとし始めた。
更にその攻撃が繰り返される度、全身が圧力に引き絞られる感覚に陥る。
「がぁは!」
宇留の視界が薄暗くなる。
自分の痛みや苦しみよりも、
今度は、
今度こそは、
君が心配だった。
アンバーニオンの両肩。
琥珀柱の先端、それぞれ四つ又に別れ反り向かい合う左右の柱の合間に一瞬、小さな雷球が現れスパークした。
驚き、身を引いた三角パタパタの脇腹にカゼ2、4、5、6のミサイルが吸い込まれるように着弾する。
アンバーニオンに取り付いた一体は重拳に掴み取られ、もう一体は離脱した所をカゼ1のミサイルで葬られた。
図らずも国防隊はアンバーニオンのフォローに回った形になった。
「はぁはぁ······!大丈夫?」
宇留は琥珀の中の少女を確認する。
ペンダントを上から見ると少女は上目遣いで振り返り、宇留を仰ぎ見つつ微笑んでいた。
重拳が三角パタパタをギチギチ握りしめながら、無理矢理土手の狭い道を潰しつつ橋の袂まで登って来る。
「ほらよ!」
まだ爆煙を上げる三角パタパタに向かって掴んでいた一体を投げ付ける。
黒煙の中にそれが届いて弾けた時、三角パタパタは再び分裂し飛び立ち一ヶ所に集まると、今度は角々で合体してかろうじて人型のシルエットを形作る。
アンバーニオンと国防隊に向かい一歩足を引き腰を落とす助走のような構えまで披露した。
「ヤロォ!ふざけやがって!」
藍罠が毒づく。
「!」
宇留はハッとした。
あの身構え方。洞窟で会ったスーツの男の雰囲気に似ている。
同時にいくら非日常感に流されたとはいえ、情けない悲鳴まで上げてしまったのを思い出し悔やんだ。
(もう一度、)
琥珀の少女が宇留に語りかける。
「もう······一度?」
(そう。今の力を、次は私の言葉と共に)
三角パタパタは川底から一メートルほどの岩塊を右の手先?に捕縛しアンバーニオンに向ける。岩塊の側に添えられた左手の一体が高速で回転し出すと、岩塊はみるみる眩しい程に赤熱化した。
「あれはまずいな、総員距離を取れ!」
茂坂が警告する。今までで最小の岩塊攻撃だったが、その場に居た全ての人間が嫌な予感を感じた。
ヘリ部隊は後退、重拳も橋が痛むのも構わず、橋の上に頭を入れ切り返し後進で交差点に戻ろうとする。
その前に藍罠はスピーカーでアンバーニオンに語りかける。
「おい旦那ァ!無茶すんなよ!」
そう言うと重拳は大通りまで退避して行った。
アンバーニオンはただ黙って三角パタパタと向き合っている。
その時、両肩の琥珀柱内部の勾玉が発光を始めた。目と胸部琥珀の輝きも増してゆく。
光に包まれる操玉内で宇留と琥珀の少女が同時に詠唱する。
「(ココン!ケテュール!レイデン!)」
「(ウ·ゴータ!)」
アンバーニオンの琥珀柱の合間に巨大な雷球が現れるのと、三角パタパタが岩塊を打ち出し、周囲の川の水が一瞬で蒸発する程のクレーターが周囲に形成されるのは同時だった。
放たれた雷球は岩塊弾もろとも三角パタパタを飲み込み通り抜け、上空へ向かって一瞬にして消えた。
直後、その場に残された三角パタパタはパパパパパパパンと、小気味いいリズムで連続爆発して消えた。後には白い火花が揺らめいていたが、それも風景に溶けて混ざった。
数秒間、軸泉市は沈黙に包まれた。
アンバーニオンは夕日を背に浴び、光を透かし纏ってその場に立ち尽くしていた。
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