神樹のアンバーニオン

芋多可 石行

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重い拳

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「······ああ、そうだな、まだ始めたばっかりなんだからコツを掴むまで焦んなよ?·····ん?こっち?今から仕事みてーなもんだ······あとあれだ、アイス二つ入ってっけど全部食っちまっていいぞ·····じゃ今から出っから···おう!······お前もな?、じゃなーー···」


  藍罠が重拳制御車の後部座席、腕操部アームレスラー内部でスマホの電源を切りポケットにしまった。
 右腕に白い腕の着ぐるみのような追従感知器トレーサーを装着し、様々な装備品が取り付けられたヘルメットのバイザーを左腕で下ろす。

「妹ちゃんか?」
 国防隊では、作戦前に家族との会話が許可されている。
 それを終え準備が整ったであろう藍罠に、運転中の椎山が尋ねた。

「······参っちゃいますよね?」
「どうした?藍罠」
「まぁいじめって程でも無いんスけど、ちょっとアイツ、トラブっちゃってて。悪い事かさなって同級生は学校来なくなるわ、トラブルメーカーの毒親モンペに狙われるわで、もう······で、事情相談、上に話してT都からI県こっちに来てるんスよ」
「世帯宿舎に入ったのはそういう事か。大変だったな?」
「でもって、強くなりたいとかで師匠せんせいの所で空手始めちゃうし」
本気まじか?よりにもよって······」

「二人共、今いいか?」
「「はい!」」
 茂坂が静かに会話を遮る。
潜水艇人質は解放された。とりあえず警戒大人しくしている理由が一つ減った。何があったかは後からだが、市内に入ってからは緊急展開もあると念頭に入れておいてくれ」
「「了解です!」」

 重拳隊は防衛ライン上の路側帯に停車中の通信隊の脇を抜け、軸泉市に向かうトンネルに入った。
 それを見た通信隊のメンバーは、二車線を全て使った上にトンネルスレスレに侵入する重拳の大きさにヒヤヒヤしていた。









 軸泉市、高空

 アンバーニオン内部でディスプレイから地上を眺めた宇留は、ここが日本列島北部の上空である事を確認した。
 同時にこのような状況にあっても、何故か冷静な自分を少し疑問に思っていた。

 旅の前日、スマホのマップで軸泉市を調べた時をなぞる要領で地上に視線を向けると、ディスプレイは勝手に軸泉市をズームアップする。
 幾つかの川が河口で一つに合流する特徴的な地形。まるで海から巨大な龍が手を伸ばし、三本の爪痕を大地に残したかのような幅の狭い扇状地に開析された川沿いの街。間違い無く軸泉市だった。

 すると自分は流珠倉洞から、この空の上のアンバーニオンの中まで瞬間移動でもした事になる。
 仕組みを考える前に、宇留には軸泉市が異様な雰囲気に包まれているのが分かった。
 市内の道路は閑散かんさんとしており、海には軍艦が集まり、ヘリが多数飛び交っている。
 そして空をあり得ない軌道で飛び回る何かを視点に捉えた時だった。
 ディスプレイの周辺、操玉内と画面を隔てるもやの様にマーブル状に歪む質感テクスチャーの部分が赤く変わった。警報のようだった。
 その内、ヘリが一機撃墜され爆発した。

 「戦···争?!」
 宇留が呟く。

 (アルオスゴロノ帝国······)

 琥珀の少女が再びその国の名をささやく。

 (彼らは土地をもたず、その魂の中にのみ国を持つ、それを許しと身勝手に捉え、人の心を汚し貪る。)

 琥珀の少女が異端と呼び、国防隊が食い止めている何か良くないもの。
 そしてアンバーニオンから感じる猛りのような感情。
 そして何より、宇留はあの街に居る柚雲と祖父母が心配だった。

「ねぇ!教えて!」

 (?、?)

「どうすればこの·····アンバーニオンを、アンバーニオンをちゃんと動かせるのか?」

 (あの場に居た君は、戦士なかまじゃないの?)

 
「よくわかんない、違うと思うけど、何とかしなきゃ!もう思い出が汚れるのは許せない!」
 琥珀の少女は少し考えて答えた。
 
 (······もうアンバーニオンは君の全てと共に有る。単純に全てが君の自由だよ···)

「······ありがとう!」
 小さい声だったが、宇留は琥珀の少女に礼を言うと託された
“力„を心の奥で噛み締める。




「フゥッ!」
 宇留が強く念じると、アンバーニオンは体全体から衝撃波を発し、超高速で軸泉市に向かって飛び下って行った。








 その頃、軸泉市ではヘリ部隊が重拳隊の到着を上空から確認していた。
 茂坂が指揮所とのやり取りをしている間、制御車とヘリ部隊が挨拶を交わす。
「こちらカゼワンJ4ジェイフォー聞こえるか?」
「こちらJ4、通信感度ヨシ。戦車より早く着いてすまない」
 椎山が答える。
「貴隊の加勢に感謝する。こちらのカゼ2、4ツー フォーで敵をそちらに誘導予定ゆえ早速一発かましてカゼスリーの仇を打ってくれ」
「まだくたばってネぇ」
 市内の商業施設の駐車場に、撃墜され不時着したカゼ3ヘリのパイロットがまだ生きていた無線で割り込む。
「了解した。だが、こっちは峠でクマに見つめられながらパンクしたタイヤを交換した時以来の実戦だからお手柔らかに頼む」
「·····カゼ1了解。今夜はUFO鍋といこう、健闘を祈る」

 特別移送形態と化した、がらんどうの軸泉市中央の三車線の大通りを進行していた重拳隊が動く。
 先頭の茂坂の指揮車と椎山、藍罠の制御車が、十字路交差点の右左折両脇に寄せて停車し重拳を先行させ、制御車がすぐに追随する。三台のバックアップ車は指揮車が陣取った交差点の手前でハザードを焚き、綺麗に車間を開けて停車した。

 「総員行くぞ。戦闘開始!」

 茂坂の号令で重拳の牽引車が重拳を切り離し、加速して次の交差点に右折で頭から突っ込み停車した。
 椎山は制御車を停車させ通信アンテナを立ち上げると、車体コントロールを切り替える。すると重拳は巨体に似つかわしくないスピードで市街中心部に向かって真っ直ぐに加速した。
 予定通りヘリ二機が三角パタパタの一体を、上空から挟み込むように追い込みつつ降下し、煽り飛行で大通り方向に誘導する。三角パタパタは重拳に気付き高度を下げ、確認するかのように近付いてくる。
 そして重拳と三角パタパタが一直線に重なり、ヘリ二機の退避を確認した茂坂が叫んだ。
 「今だ!」
 重拳のアームが展開し巨大な手が現れ、天を掴むように広げられた指先は直ぐに握り固められ拳が突き上がる。
 相手の意図に気付いた三角パタパタは、前のめりになってまで減速したがもう遅かった。
「椎さん!」
「おーよォ!」
 藍罠は右腕を構えた。重拳のアームもその動きに連動して肘関節を絞る。
 藍罠のリクエストを汲み、椎山が急ブレーキをかけると同時に車体後部底面のジャッキのようなものが路面を瞬間的に叩いて跳ね、先頭車ヘッドを軸にして後部の腕部積載車アームキャリアが浮かび上がり、拳は更に高い位置まで上昇する。
 まるでサソリが振り上げた毒針の尾が如く、振りかぶられたパンチが大地を滑るように見えたかと思うと、拳先は的と化すまで前のめりになった三角パタパタのど真ん中を捉えた。

 ゴパァアアアン!

 轟音を響かせ三角パタパタは白い火花を残して爆砕し、残骸は虚空にボヤけるように溶け散った。

 重拳は器用に車体とアームをくねらせて畳み、先頭車ジョイントが渋みを効かせながらゆっくりと腕部積載車を道路と平行に着地させると何事も無かったように再び走り始めた。
 AIセンサーの自動連動によって障害物や地形などを瞬時に識別し、最小限の軌道で最大限の姿勢荷重制御を可能にした瞬間舷外浮材モーメントアウトリガーと小型ロケットブースターが多数、車体各部に装備される事で、車輌ではあり得ない程の機動性を確保しているのである。

「バックアップ車は予定通り補給地点ピットイン配置に着け。J4、この調子で行くぞ」
 茂坂が指示を出す。

 離脱したカゼヘリ2、4に向かって残った三角パタパタ二体が方向転換する。
 椎山はレーダーに映る状況を見逃さなかった。
「こちらJ4!カゼ2、4!そっち行くぞ!チャフ撒いてズラかってくれ!」
 重拳の車体後部、カウンターウェイトラックの一角からスライドして現れたミサイルランチャー、そこから精密識別小型誘導弾が二発、その二体に向かって放たれる。
 弧を描いて打ち上げられた誘導弾は少々自由落下したのち水を得た魚のように推進を取り戻しチャフのカーテンとロックオンに挟まれ慌てた素振りを見せる三角パタパタ達に向かって飛ぶ。
 命中の瞬間、先行の一体が後行の一体を盾にするように動き誘導弾二発を防ぐ。
 爆煙の中から一体が急上昇して飛び出した。
 墜ちた後行の一体は先程機銃での攻撃を受け一度墜落してダメージを受けていた個体だった。

「どこまで昇る?」
 急上昇を続ける残り一体を指揮車から見つめる茂坂。
 重拳は再び、先頭車を軸に再びその場でUターンを敢行かんこうして向き直る。

 その時、仮設指揮所からアラートが入る。
 目標、三角パタパタ二十五体が海中より上陸。一体ごとに側面から三本の足を生やして川をさかのぼっている。全個体が大小様々な大きさの岩を運搬中。
「総攻撃のつもりか?」
「まぁアレだけってぇ事ァ無いよな?」
 椎山と藍罠だけで無く、国防隊全員が敵の群れに身構えていた時だった。


 キュバーーーーーーーーーン!!


 軸泉市上空で破裂音が響いた。

 何かが高速移動から急停止を行った事で大気が弾けた音だった。
 その衝撃波に巻き込まれたのか、先程空に逃げた三角パタパタの一体が白い火花を散らしながら錐揉きりもみ状態で落下して例に漏れず爆発して消滅した。
「何だ?」
 藍罠が重拳のカメラを通して空を仰ぎ見る。
 

 昼の日差しがオレンジ色に変わりつつある晴れた夕方前の街の上空。
 衝撃波で吹き飛び散った雲で形作られた円形の天の門。
 その中心から巨大な何者かがゆっくりと降りて来た。
 
 「太陽由来1サニアン ワン······!」


 茂坂は上空のアンバーニオンを見上げ、仮称を呟いた。




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