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龍の魂倉
しおりを挟むきっかけはクラスメートの一人が、ある女子一人に対して宇留が好意を持っている。と勝手に決めつけ、冷やかしの為なのか彼一人の中だけで盛り上がった事に端を発する。
宇留は勿論違うと否定はしたが、何度目からはしつこ過ぎてスルーし始めたのも気に食わなかったのだろうか?
自分と彼の間だけのじゃれ合いだけならまだ良かった。
しかし彼は周囲に言いふらして回った上、その事に苦言を呈した宇留に逆上して事もあろうにクラス全員の前で嘘を発表した。勿論その女子もそれを聞いた。
その子が泣き出したインパクトで宇留の反論は皆に届く事は無かった·····
予想だにしなかった失望感。
そして何より、一人の男として時々親切にしてくれた女の子を泣かせてしまった自分が許せなかった。
思った以上に参ってしまったようで、一ヶ月程学校に通えなくなり外に出ると足が止まってしまう様になった。
だが程無くして、授業はオンライン形式で受ける事により何とか持ち直した。
それはクラスの何人かから前向きなメッセージを貰ったり、家族からはちゃんと支えてくれた事で初めて体験した"再生„の力が心に染みたからに他ならない。
しかしすぐ来年度から中学二年生である。
あと一歩の···何かが欲しかった。ふと気が付くといつもそんな事ばかり考えていた。
頼一郎の家から一時間、須舞姉弟は時々ガタつく舗装の林道を走るマイクロバスの中に居た。
と言うのも、観光化されていない洞窟故に駐車場には制限があり、自家用車でその場が溢れないように指定場所から乗り合わせで来て欲しい、という配慮かららしい。
乗り合わせ場所までは頼一郎と軽バンでやって来たのだが、当の頼一郎は偶然会ったという知り合いの見学会運営スタッフ達と相談も兼ねて四駆車に相乗りで先に行ってしまった。
マイクロバスの中はガヤめく高齢者や、登山ルックの夫婦、動画用の実況録画をする男などで賑わっていた。若者は今の所、宇留達だけのようだ。
そのうちマイクロバスが林道らしからぬ、かなり長目のストレート区間に差し掛かる。
須舞姉弟は座席の右側、後から三番目のツインシートに座っていた。車内では姉の柚雲含め、数人がこのストレート区間を「長いね?」などと話題にしている。
マイクロバスがそのまま大きく回り込む左カーブに侵入する前に、窓際の宇留は話題に乗ってどの位の長さの直線だったのか?と後を軽く振り向いてリアガラスから確認してみた。
その時、ストレート区間の中頃に右側の茂みからスーツを着た男が飛び出して来るのが見えた気がしたが、すぐにカーブの死角に遮られ見えなくなった。
直後、その男に対する違和感は柚雲に話しかけられ、すぐに霧散してしまった。
「けっこう真っ直ぐだったでしょ?」
「ん!ああ、うん······」
「あとこれ見て!かけそば無料おふるまいだって!」
柚雲は先程前席から回って来た当日イベントのプリントを宇留に見せた。
「この寒い時に七味たっぷり熱々そば!気候は最大の調味料だよ君ィィ!」
柚雲の一言で乗客数人の口が既におそばになったのが気配で分かったような気がした。
林道を更に進むにつれ、洞窟の案内看板がちらほら増えてくる。
流珠倉洞
到着した狭い駐車場の脇には三軒程の出店と休憩所、本部という看板を掲げたキャンピングカー、入り口と思われる付近には受付があり予想外にせわしない。
「何て読むの?りゅーたまくらどー?」
「リュウタマクラドウ?」
マイクロバスを降りた人々は口々に現地の感想を語っていた。
「なるほど、かき揚げはプラス百円って訳ね?商売ジョーズ」
作り置きの為に簡易ウォーマーの中に並べられ、油切りされている揚げたてのかき揚げの隙間から覗くテラリと油光りする白く小さいイカの切り身が、柚雲をはじめとする小腹空キー達の視線を盗む。
頼一郎と合流した宇留達は、三人揃って受付に向かっている時、頼一郎を乗せた四駆車の運転をしていた運営スタッフの老紳士とすれ違い声を掛けられた。
「あ、どうも!じゃまた後で」
「ほぃ!またっ!」
頼一郎が気さくに返事をする。老紳士は宇留達に視線を合わせると微笑しながら軽く会釈し向こうへと歩いて行った。
入り口に入ると、微妙に風が吹き抜けて来るのが分かった。そして寒い。これは氷柱が出来るのもなんとなく分かる気がした。
洞窟は一年を通して気温が一定で、夏涼しく冬暖かいイメージがあった。
数年前の丁度今くらいの季節。家族で出掛けた此処とは違う洞窟探検では、頭上注意看板のある狭所のすぐそばに小さい蝙蝠が逆さまになって冬眠していて、顔に触れそうな至近距離で見てしまった柚雲が絶叫して腰を抜かした事がある。
そのせいか彼女は今も警戒して緊張した表情を浮かべている。
「きっと、どこか違う入り口と、繋がってて、そこから風が···来るのかもねェ···?!」
震え気味な声で柚雲が言う。
三人は平坦に整備された洞窟内を奥に向かって歩みを進めた。
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