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神樹のアンバーニオン 番外編 後編 (7~10)
しおりを挟むアンバーニオンは膝まで海水に浸かり、ザバザバと波を掻き分け大真半島の前まで歩み出た。
浮遊能力と浮力の兼ね合いで、海上を高速でホバリングする事も出来るのだが、内海は島が点在し船の往来も多く、思わぬ浅瀬も多い。それはとても得策とはいかなかった。
やはり“足„は、一直線にアンバーニオンへと向かって来る。近づくにつれ、アンバーニオンの感覚に捉えた敵の足(だけ)の大きさが際立つ。
海上に跳ね上がった足は、水飛沫の尾を引き連れ前方に回転しながら、まるで鉄柱のような脛の先を振り下ろす。
アンバーニオンは両肩の琥珀柱を頭上でクロスさせ、脛の一撃を受け止め、腰と膝を落として衝撃を下方に分散させる。
受け切ったタイミングで脛を押し返してやると、足は後方に跳ね戻り、器用に一本足で海中に着地した。アンバーニオンも空かさず迎撃の体勢を整える。
「あの足!やっぱり!」
ヒメナの指摘の通り、宇留も目の前の巨大な足が、資料館で見たギエンギエラの右後ろ足だと気付く。
足はかつて付け根であったであろう場所をチカチカと明滅させる。何かのランプのような物や、ケーブルの繋ぎ目のスパーク、血管のような管内部の蛍光ピンクの液体が光り、まるでそこからアンバーニオンを見つめているようだった。
だがよく見ると、足の所々にはスクラップや錆びた廃船、流木等でツギハギしたように様々な物体で補修された痕跡が目立っている。宇留が疑問に思う間もなく、ギエンギエラの足はもう一度アンバーニオンに向かって突進してきた。
ドゥシッッ!!ン!
アンバーニオンは足の大腿部を受け止める。するとアンバーニオンの眼前にあった足の付け根から、ビュルシュルルと血管のような短い触手が更に数本現れ、アンバーニオンの顔面を求めるかのようにそれぞれががむしゃらにビチビチとヒラついた。
「うひー!キモー!ーぃ!ワアッ!」
ゴワァッッ!
ターーーーンッ!!
アンバーニオンの口部宝甲が弾けるように一瞬開き、衝撃波を伴った咆哮が狭い範囲で破裂する。
足は驚いたように仰け反った。アンバーニオンは正面に見えている逆足になっている膝裏を殴り付け海中に足を転倒させた。
一度足と距離を取ろうとした宇留だったが、アンバーニオンからの警告が珍しく重複するように操玉内に響いた。
足と良く似た反応の気配が多数、周囲の海中に浮かび上がる。恐らく以前からそこにあったものだろう。
宇留もヒメナも嫌な予感を拭えなかった。
通桐 トルサ。改め、アルオスゴロノ帝国の転生戦士ギリュジェサは、懐中時計のようなアクセサリーの文字盤を指先でなぞる。
すると先程までシィベェを縛っていたロープが、近くに生えていた木立の一本に意思を持っているかのようにグルグルと巻き憑き締め上げ、内側で幹をバキバキと砕きながら人型へと変化していく。
すると瞬く間に、砕いた木の幹を骨組みにした、身長四メートル程のロープ巻き巨人が完成した。
「ライナ!逃げるンだぁ!ぼくは君のお兄ちゃんみたいな存在だ!守ってみせるよ!」
シィベェの声は僅かに震えていた。
「その図体で人間の大人一人分の腕力しかないオマエに何が出来る?その小娘に助けられていた奴の言う事か?さぁ!マキマキマン!奴を引っ捕らえろ!」
「んやぁ?、ぼくは描かれた顔でスペックが変化す······」
シィベェが言い終わるや否や、向かって来たマキマキマンとシィベェは両手でガシッと組み合った。
「ヲググッ!」
「何をゴチャゴチャ言っている!」
マキマキマンの方が小柄だが、既にシィベェは押し負けそうになっている。
「シィベェ!」
距離を取って見守っていたライナは悲痛な叫びを上げた。
ヴォッ!
野太い声で吠えたマキマキマンは、シィベェを突き飛ばす。
「ウワああ!」
よろけながら転倒し、シィベェはライナの足元近くまで転がって行った。ライナはシィベェに駆け寄ろうとしたが、シィベェに手でストップの合図を出され静止されてしまった。
「早く!早く逃げるんだ!」
「!」「!」
ライナはシィベェの顔を見て驚いた。シィベェの顔の落書き、黒い線の中にオレンジ色の鱗粉がチラチラと輝いていた。声質もいつものモタッとしたヲタボイスとは違い、洋画日本語吹き替え声優のような渋く逞しく凛々しい印象に変化していた。
「フフ······」
それに気付いた江洲田は、グルグル眼鏡を押さえて微笑むと、ギリュジェサ達の傍らから離れ、シィベェ達の方に歩み寄った。
「お!おい!あんた!」
「勘違いするな?俺の目的はあんたを連れ戻す事だ」
「な!ナニィ?」
「あんたの目的がわかった以上、多少強引にでもな?」
江洲田は踞るシィベェの顔を見下ろす位置で止まった。
「!」
「やはり俺の芸術作品(スットボケ)が···書き換えられている!誰に書き換えられた?」
「と!、通りすがりの、少年だが····あんたァ一体っ!」
「そうか?ならば結構!動くなよ?」
江洲田がシィベェの顔の落書きに手をかざす。江洲田の手首辺りが服の袖越しにオレンジ色に光ったかと思うと、手が退けられた時にはもう落書きが変化していた。
まるで定規で引いたかのように美しい線で描かれたキリッと薄く潰れた菱形の両目、その目尻から縦に二本伸びた線は口元の﹀の形と繋がって、シンプルながらもヒーロー然とした顔立ちに変化していた。
「ヌオオッ!力が!力が沸いてくる!これは!」
「その少年に感謝するんだな?琥珀の龍の破片が混ざったペン。さしづめ、龍の恩返しと言った所か?」
アンバーニオン内部に私物ごと転送されている宇留。その際に宇留の体内同様、宇留のペンのインクの中にも宝甲の欠片が混入していた。
「···そうか!君達には感謝しなければな······」
ブゥン!
黒い落書きが一瞬オレンジ色に輝き、先程までとは打って変わった強者のオーラを漂わせながら、シィベェは立ち上がった。
「う!き!貴様ラァ!」
ギリュジェサとマキマキマンがその気概に怯む。
「思い出したぞ!俺の名はシンイベス!この島とマスターの思いは、俺が守る!」
海中に感じる無数の巨大な気配。
それはある一ヶ所に、見えない大きな手で集められていくように集合し、ひとつになった。
ヴーン、ヴォーーン!、プヴォーーポッ···!
海水の厚さで籠り、壊れたように震えて響くそれぞれ異なる複数の汽笛の音が海中から聞こえた。
それが復活の合図であるかのように、ギエンギエラはゆっくりと海中から身を起こした。
アンバーニオンを見下ろす程の巨体に波がうねり、体全体を落ち伝う海水はいつまでも滴り切らない。
「こ、こいつは!」
宇留達の目前に立つ怪物は、シルエットこそ資料館で見た通りだったが、汚れた廃棄物を寄せ集めて過去のギエンギエラを更に再現したかのような造形だった。体を構成している残骸の種類は多種多様に及び、無機物、有機物、残骸、生物、機械の区別も無い。全体の印象は悪く言えば生ゴミを集めてカマキリの姿に組み上げたもの。良く言えば現代アート風であり、見て気分が良くなる外見とは言い難いが、それがより迫力を醸し出していた。
頭部はより細かい残骸が集まった混沌的な造りで、躰と違って昆虫感はまるで無かった。そこでギョロつく左右大きさの違う目がアンバーニオンを見下ろし、体に貼り付いた数隻の廃船の汽笛が合唱して声となり、ギエンギエラが雄叫びを上げる。
ヴォぉオオ!······ヴォオオオオオオボッ!!
ガゥオオオオオオオオオオオオオッ!
アンバーニオンも気落とされる事なく吠え返す。
水光の跳ねを使用する為、海水に意識を向ける宇留だったが、何故かアンバーニオン側の集中が僅かにブレ、手順が微妙に進行しない。異変を予見していたヒメナが注意警告する。
「ウリュ!あの巨獣、合体したら例の妨害電波が少し強くなった!ゆっくりだけどまだ上昇してる!気を付けて!」
「やっば!でも······」
宇留は何かを考えあぐねたが、それでもヒメナに打ち明けた。
「ヒメナ···今ここいら辺には怪しい奴らがうろついてる。アンバーニオンの調子は心配だけど、この電波に弱いって事だけは気付かれたくない!」
「!、それもそうだね!遠距離戦で行こう!」
「分かった!マズはシビれさすッ!」
アンバーニオンはギエンギエラから離れて距離を取り、雷撃を放とうと手を伸ばした。
大真半島では、シィベェがマキマキマン相手に格闘していた。
シィベェの怒涛のラッシュを防ぎながら後退していたマキマキマンは、足下の砕けたアスファルトの段差につまずく。
「!ォ···」
「デアアアッ!」
それを見逃さなかったシィベェは、マキマキマンの腹部?を蹴り込んで、隙間から生えた雑草だらけの擁壁に向かって突き飛ばす。
マキマキマンはドッと擁壁に受け止められ、段差に溜まったコンクリート片がパラパラとマキマキマンの上に降り注いだ。
「く!のレぇ!」
ギリュジェサは懐中時計型のコントローラーを取り出し、マキマキマンを立て直そうとした。
「もうやめろっ!」
いつの間にかギリュジェサの背後に忍び寄っていた楓原が、ギリュジェサから懐中時計を奪おうと掴み掛かった。
「ぅお!離せっ!」
楓原の腕を振り払おうと左手を振り回し、懐中時計を持った右腕を楓原から遠ざけるギリュジェサ。
すると江洲田がギリュジェサのその腕の手首を片手で掴んで捻り、両足首を軽く蹴り払った。「!」その場にうつぶせに転倒するギリュジェサ。楓原は驚き、両膝に手をついて江洲田の無駄の無い動きから目を離せないでいた。
「がっ!!」
江洲田は捻り上げたギリュジェサの右手から懐中時計を奪うと、空いた手の親指で何か文字盤の操作を行いつつ、何かを呼んだ。
「カモン!」
廃れた峠道をガタゴトと車体を揺らし、軽荷用運搬台車一台が、誰にも押されず勝手に江洲田の元に走って来た。
「!、むおお!?」
ズルリと台車の上に引き摺り上げられたギリュジェサを、ほどけて台車まで這いずって来た今までマキマキマンだったロープがシュルシュルと勝手に雁字搦めにする。
「一包完了···」
「モガモガフゥ!オガモゴグ!」
ロープは一部ギリュジェサの猿轡にもなって、言論の自由を物理侵害した。
すっかり縄繭カーと化したギリュジェサを見つめるシィベェとライナ、楓原。
「······」
ガカァーン、ゴココ···!
そこへ突然、晴天にも関わらず雷の爆音が響く。シィベェはその残響にハッとしたように二~三歩その場から歩み出る。
「スマイウルが戦っている!向かわねば!···ライナ!力を貸してくれるか?!」
「シィベェ!」
答えたライナを見つめながら僅かに頷いたシィベェが前を向くと、シィベェの胸部装甲が開き、更に折り畳まれたパズルのように機構が出現する。それに伴いシィベェは腰を落として座り、胸の位置を下げた。展開されたそれはシィベェのボディと比べても明らかに、見た目の質量保存の法則を無視した巨大な乗用車程のコックピットユニットだった。
ライナは軽やかにステップを数歩で駆け上がり、髪とスカートを翻してバイクのようになっている中央のシートに颯爽と着座した。
レバーになっているハンドルをライナがガチャリと引くとコックピットユニットは、前傾姿勢になったライナを挟み込まないように慎重かつ迅速に再び折り畳まれ、パイロットの収容が完了した。
「マヘ!ホレイゴウヒハラヲファウファ!ヲッファイファイ!」
ギリュジェサは何か言っていたが、二人は全く意に介す素振りも無い。その上、江洲田が掴んでいた台車の手摺が一瞬手放され、縄繭カーは坂道を十センチ程下り止まる。
「ふぐぁふぐ!」
「残念だったな?腹をくくれ···」
そのままシィベェは、何らかのエネルギーを体全体から噴射してアンバーニオンの元へと飛び立って行った。
「······」
シィベェの飛び去った方を見上げている江洲田。その背後で楓原の雰囲気が変わる。
「!ーー」
江洲田は楓原の強烈な左拳突きを僅かな前屈みだけで躱し、錯覚で長く見えるその左腕の側面を背中から転がるようにして間合いを詰め、楓原の脇腹を狙い迫り、ショートレンジからボディブローを叩き込もうとした。しかしそれを読んでいた楓原によって突いた腕をフワリと押さえられ、固まる両名。
ニヤつく楓原。江洲田は楓原から素早く距離を取る。
「マーーーーー!」
「あ!」
江洲田が手を離してしまい、必然的に坂を下って行くギリュジェサの縄繭カー。縄繭カーは運悪く、ガードレールとガードレールの間に開いた一メートル程の隙間に吸い込まれて落ちていった。その向こうからバキバキガサガサと藪を漕ぐ音がしてすぐに止まった。多分大きなケガはしていないだろう。
「これでヨシっと!スッとしたな?」
「······あんた···何者だ?」
楓原の人格が江洲田の思っていたものとはまるで違う。二重人格か?はたまた、この男も?···グルグル眼鏡のブリッジ部分を押さえながら考察の余地が尽きない江洲田に楓原は答えた。
「俺はコイツだ、他の誰達でも無いし、アンタらの知り合いでもない。だが俺みたいのは誰にでも自分の為に居る···」
「どういう事だ?」
「まぁいいさ?ここでは多くを語るまいよ?」
「······」
両者は殺気を解した。楓原はいつの間にか江洲田から奪っていた懐中時計をいじって中の文字盤だけを取り出し江洲田に投げて寄越した。
「!」
「それはアンタが専門そうだからな?懐中時計は接待代代わりに貰っとくぜ?アイツはケチな男でな?その上味わい方、楽しみ方、使い方も工夫しないでマズイツマンネツカエネーのオンパレードと来たもんだ?」
「フフ···察しておこう···“奴は前からそうだった„からな?······」
「······」
やがて江洲田はギリュジェサの落ちた方に、楓原?は峠道の上の方に、すれ違い合い向かって行った。
ヴァアズン!ビシャァン!ガカァーン!
ギエンギエラは、アンバーニオンが連続して手から放った雷撃を、腕の鎌を盾にして防ぐ。
電撃による攻撃は、時折腕のパーツの一部のみを震わせる程度で、有効とは言えなかった。
続けてアンバーニオンは、ようやく両手首のブーメランにコーティングする事が出来た水光の跳ねを用意する。
「行っけ!」
アンバーニオンが両腕で左右と虚空を殴るように腕を振るうと、次の瞬間にはブーメランがギエンギエラの首筋と左鎌の一角を切り裂いて跳ね返った。すぐにアンバーニオンは雷撃の糸をブーメランに伸ばし、そのまま腕を上から下に振り下げる。
その腕の反動で何故か波を打った雷撃の糸の慣性はブーメランに伝わり、振り落とされたブーメランは再びギエンギエラの躰にガギンとヒットした。
アンバーニオンは雷撃の糸を手繰り寄せて右ブーメランは再装着、左ブーメランは雷撃の糸を掴み、体の前で鎖鎌のように振り回し始めた。
「早く決めないと···動きのタイミングに処理落ちが目立って来た!」
「デヤアアアアアッ!」
その時、上空から白い物体が一直斜線に急降下し、ギエンギエラの頭部側面に飛び蹴りを見舞った。
ヴォーーォーーー!
呻き声と凄まじい水飛沫を上げ、海中に倒れ込むギエンギエラ。
「シィベェ?!うわ、すごー!」
体格の差を断然無視した一撃に、自身の目の錯覚を疑う宇留だった。
ギエンギエラを蹴り倒したシイベェは、海中に倒れ込むその姿を一瞥すると、宙に浮かんだままアンバーニオンの側までやって来た。
「スマイウル!琥珀ドラゴン!大丈夫か?!」
「シイベェ?!」
宇留はシイベェの雰囲気や口調が違う事に少々戸惑ったが、アンバーニオンの手を伸ばし会話しやすい範囲にシイベェを招き入れた。そのままシイベェは反転し、アンバーニオンの肩口付近に着地する。
「スマイウル!ありがとう!君達の思いやりのお陰で勇気を取り戻したよ!」
宇留が良く見ると、確かにシイベェの顔のラクガキが変化していた。
「シイベェ!色々調整完了したよ!」
シイベェとの会話にライナの声が混じる。シイベェの狭いコックピットで、ライナはどこからか緑と白のシイベェのイメージカラーを想起させるインカムを取り付けながら会話に割り込んだ。
「え!ライナさんも一緒なの?」
「おー!少年!ちょっと待って?」
「「?」」
「スマイウル!」
シイベェは肩口で僅かに高い位置にあるアンバーニオンの顔を見上げる。アンバーニオンもシイベェの方に視線を落とした。
「時間が無い!俺が奴をメインで引き受ける!琥珀ドラゴンは後方支援を頼む!」
「え、!?」
「調子が悪いだろう?俺には分かる!」
「!」
その時フッと、シイベェの顔のラクガキがオレンジ色にボンヤリ瞬く。
「そ、そういう事!」
ヒメナがシイベェのラクガキに宝甲が含まれている事を悟った時、前方で海水をバチャつかせながらギエンギエラが立ち上がる。宇留が立ち上がったギエンギエラが天を仰いでいる事に気付くのと、アンバーニオンが警報を発したのはほぼ同時だった。
山並みの地平線の僅か上に輝く、まだ出るには早い一番星。それは明らかに移動していた。
「あの隕石カプセル!?戻って来たの?」
「!」
宇留とヒメナが驚いていると、ギエンギエラは吠えながら翅を広げていく······
ブゥオオオオオオーーン!
メシメシとツキハギの身体を小刻みに震わせ、仄かに虹色にテラつく四枚の翅を広げるギエンギエラ。寄せ集めの身体の中でその昆虫の翅だけが一パーツずつで構成されていた。
「いかん!頼むぞスマイウル!」
シイベェはアンバーニオンの肩口から猛烈な加速で飛び出しギエンギエラに向かって飛び出した。
ギビ!ギェェェ!
ギエンギエラは足を二度程竦めジャンプすると、翅をはためかせ飛び立った。ヘリコプターが編隊飛行する時のような豪快な羽音が辺りに響く。
「ヌゥッ!グ!」
ギエンギエラが飛び立った際の水柱に阻まれ、空中でブレーキをかけるも大量の水飛沫に飲み込まれるシイベェ。重そうに、しかし確実に上昇していくギエンギエラ。だがシイベェはすぐに水飛沫のベールをその中から突き登り、ギエンギエラを追って上昇していく。
「ば、後方支援か······?」
コンクン!
宇留がシイベェをの援護の方法を模索していると、いきなり操玉の後ろからノックが響く。宇留も初めて聞く、宝甲をノックする乾いたような、湿りかけのような独特の音······
「!、はーい!」
思わず後ろを振り返り、普通の返事をしてしまう宇留。今度は前からライナの声がした。
「おじゃましまーす!んお!カワイー!」
「うわあ!」
いきなり操玉の中、宇留の前に居たライナは、宇留の胸元のロルトノクの琥珀を覗き込んでいた。
「な!中々やるわね?土地神のセンスがあるかも······」
「?、トチガミ?」
ライナと目が合ったヒメナは少しうろたえる。
「ヌォアッ!」
後方から迫り、ギエンギエラの尾の先にあるトゲの先端を掴んだシイベェは、そのまま引きずるようにギエンギエラを振り回し、強引に減速させ自身の下方へと持っていく。
「!ーーーー」
「ジェあー!」
急降下したシイベェは、ギエンギエラのアンバランスな目と目の間に膝の一撃を叩き落とす。
羽ばたいたままのギエンギエラがフワリと減速し、上昇と加速が穏やかになる。
ーーーブン!
「!」
ギエンギエラの顔近辺に居るシイベェ目掛け振り下ろされた両腕の鎌。それがシイベェの背後に迫った時、シイベェは頭だけを後ろに反転させ、巨大な両鎌の先端を背中の上で握って止める。
シイベェとギエンギエラは、圧倒的な体格差があるにも関わらず、力量は拮抗しているように見えた。
「長男?」
宇留はアンバーニオンの操玉の中で、シイベェの戦いを見守りながらライナに聞き返した。
「うん、私達の創り手が最初に作った作品、エントゥモ···彼は心を持ってしまったにも関わらず、私達みたいに自ら動く事が出来ずにいた······やがて外の自由な世界に焦がれた彼は、色々な物を自分に引き寄せて、自分の身体を作ろうとした······」
「ライナさん······人じゃ無かったんだ···!まぁ、それはイイして···じゃあ、あの怪獣がその最初の長男くん···?」
「いいえ?あの怪獣が現れた時にマスターの壊された家ごと海に投げ出された彼は、その後倒された怪獣の欠片さえ取り込んで自分の身体にしようとしたのかも···けど······」
「多分、今···彼はあの怪獣を利用しようとして逆に怪獣に能力を利用されてるのかもしれない······」
「······じゃあその長男くんをどうにかしなきゃなんだね?」
話を聞いた宇留はなにやら考え込み始める。ライナとの相談はヒメナが引き継いで続けられた。
「!、わかった!あの隕石カプセルとあの怪獣が雰囲気そっくりなのって、隕石カプセルに専用の大好物が入ってたからなのかも?だから隕石カプセルが来たここぞとばかりに今頃活動を再開して······」
「そうみたいだね?でね?これは私とシイベェの予感みたいな予測なんだけど······」
「?」
「多分あの怪獣、力を取り戻したら一度自分を倒した神の振り子に復讐しに向かうかも······!」
「!」
「そんな!資料館で紹介してたよ?!今、解体されたその兵器のジェネレーターは、兵器としては引退して、宇宙ステーションの補助発電機に再就職してるって!」
「そっちに行っちゃう?」
「ウリュ!ここでなんとかしないと!大変な事になる!···?」
「ジヤァ!!ディッ!!」
空中で仰向けにホバリングして滞空するギエンギエラの腹の上に繰り出されるシィベェを狙った鎌の連撃。
シィベェは、一撃づつ丁寧にパンチやキックで弾き返していた。
ギエンギエラは自分の身体の上に着地したシィベェを見計らい、身体を傾けシィベェをよろめかせる。
「!ーヌゥアアアッ!」
シィベェを右側に振り落としたつもりのギエンギエラだったが、逆に落下スピードを威力の始まりに利用した急降下キックによって、ギエンギエラの右腕の鎌が根元から破断する。
ズヴァシッーー!
ブォォォーーーー!ビギエエ!
シィベェは千切れ落ちていく腕を足場にして跳ね、再びギエンギエラの眼前に飛び上がる。だがギエンギエラは頭部に癒着されている錆びた大型捕鯨砲を無理矢理発射してシィベェの左頬に当てて見せた。
ッグァインッ!
「グおぁーーッ!」
弾き飛ばされたシィベェに、ギエンギエラが迫る。そして隕石カプセルの光も大きく見えてきた。ギエンギエラを進化させるであろう隕石カプセルが落ちれば、この内海周辺に更なる災厄がもたらされる事になる······
「く······今から飛んでも間に合わない!」
(土地神の才能······弓道部······?)
「!」
ヒメナが狼狽えた時、考え込んでいた宇留が目を見開く。
「ヒメナ!ライナさん!」
「「?」」
「ど、どうしたの、ウリュ?」
「ヒメナ!思重合想だ!」
「ま、まさか······!」
ライナはキョトンとした目で二人を見ていた。
「ライナさん!弓道教えて?ちょっとでいいから!」
「!」
「エントゥモくん助けよう!」
「!······」
アンバーニオンの赤い胸部琥珀と両肩の琥珀柱が、ライナの思いに呼応して輝き始める。
本当は弓道部だったのは私じゃなくて、私のモデルになった女の子。
もうこの世界から居なくなっちゃった女の子。
アンバーニオンの琥珀柱を備えた両肩のアーマーが前傾する。アンバーニオンが固いはずの琥珀柱に両手を差し入れようとすると、ゼリーのようになった琥珀柱の根元は、なめらかにアンバーニオンの指先を受け入れる。
マスターは自分の怪しい作品のせいだって嘆いてた。
アンバーニオンの指先の爪がオレンジ色に輝いて、発生した鼈甲空間がクリエイトゾーンを示し、琥珀柱はその想形に従ってその形状を変化させていく。
私をこねた水にはマスターの涙が混ざっている。人の心はこの世界でも有数の毒や命に変わる。女の子はそんな毒に蝕まれ、そして私達はそんな命からやって来た。
取り外された両肩の琥珀柱は、アンバーニオンの胸の前で左右組み合わされ、両肩端の装飾と手首のブーメランも貼り付けられるように琥珀柱だったものに合体し、弓の形に変化した。
「思重合想!」
「「ライナー·インスピレイド!」」
アンバーニオンは、琥珀の弓の弦を左手で引き絞る。
引き絞った分だけ内部の勾玉が縦に回転し、弓柄から糸を引く樹液のように現れていく弦と矢は、巨大な弓の節々を強靭にしならせる。
イメージの見様見真似に基づき、宇留はアンバーニオンの操玉内で弓を引くポーズをとっていた。
ロルトノクの琥珀の内部では、ヒメナが手に持ったべっ甲筒の万華鏡のようなターゲットスコープを覗いて隕石カプセルを目で追っている。
ライナは宇留の背中に寄り添い、姿勢を正していく。
「これで···ここは、こうして······そ、れから···」
一拍置き、ライナはからかうように宇留の肩に後ろから抱き付いて、左耳のごく至近距離で優しげに囁く。
「こう······」
全く真剣さを崩さない宇留だったが、それでも僅かに首筋がビクッと反応し、結果それで何故か目線が正確に整った。
宇留は銀色に変色した瞳孔でギッと隕石カプセルを睨む。
アンバーニオンの背部スタビライザーがしなって先端が海底に突き刺さり、足場が磐石に固まった。
「あれ?」
ヒメナが隕石カプセルの異変に気付く。飛行機雲のような水蒸気が下方にいきなり現れ、白く濃い雲の帯が軌道に追随し始めた。そして僅かに上昇を始める隕石カプセル。
·····っぶわくふぁ!なんだと!バカな!」
ロープの猿轡だけはなんとか口元から外しその光景を見たギリュジェサは、山の斜面の藪に引っ掛かった縄繭カーの上で自身の作戦失敗を予感する。
その飛行機雲を見て、ニヤリとする宇留。弓の内部の勾玉が上下二つとも輝いて、矢も金色に輝く。アンバーニオンは隕石カプセルに狙いを定めた。
「畳み掛ける!行くよ!ライナさん!」
「···うん!」
宇留が左手の指の力を緩める。
「「ウ·ゴーータッ!」」
アンバーニオンもそれに従い琥珀の矢を解き放った。
ビシュイッッ!ズワッ!
アンバーニオンが立つ海上を中心に、円形の衝撃波の波紋が波間に広がっていく。
「フフ!バカめ!上空で破壊すればヤツに向けてインスパイアミンをばらまくようなものだ!」
だがすぐにギリュジェサは失望に包まれる事になる。
琥珀の矢は隕石カプセルを追うように旋回し加速。追い付いた飛行機雲に沿って螺旋状に巻き付いて追うように隕石カプセルの後部に突き刺さり、更にカプセルを上空に向けて加速させた。
同時に役割を交代するかのように離れて消えていく飛行機雲。霧散する事なく後に靡いていた雲も空中に溶けて消えた。琥珀の矢に行き先の主導権を握られた隕石カプセルはどんどんと上昇し、宇留達の視界から小さくなっていく。
「お!おのれーーー!アンバーニッ!オオッ!うおっ!」
騒いだせいで、縄繭カーに絡んで斜面で引き留めていた最後の草の根が根元からボロッと少し引き抜け、ガクンと傾いた縄繭カーに驚くギリュジェサ。
そしてある一瞬、琥珀の矢の先端がカキッと···押していた隕石カプセルの何処かを割った。
ボグヴォーーーーーン!!オゴゴ······
超高空、何も無い空域で隕石カプセルが大爆発した。
「ああッ!クッ!」
うなだれるギリュジェサ。そして頑張って縄繭カーを吊っていた草の根が遂に力尽き千切れ、縄繭カーはほぼ垂直の斜面をガタゴトガテゴトとジェットコースターのように下って行った。
「あああああー!!」
「シィベェ!」
空かさずアンバーニオンは、ライナーインスピレイドの射先をギエンギエラの方へと向けた。
グギオェエエ?!
ギエンギエラはシィベェとの空中戦を中断し、手の届かない場所で爆発四散する隕石カプセルを惜しむように見上げる。
「エントゥモーーーー!」
!
背後から突っ込んで来たシィベェに気付いたギエンギエラは、正面に向き直って身体を前方に回転させ巨体に似合わぬ軽快さで一回転すると、後ろ足の先端で踵落としをシィベェに向かって押し落とした。
だがシィベェはヒラリと踵落としを躱す。躱したばかりのその後ろ足をステップにして飛んだシィベェの左肩のクリアグリーンの装飾が緑色に眩しく光り、強烈な輝くショルダータックルがギエンギエラの攻撃してきた足の付け根にヒットする。
「!ーーーー」
ギエンギエラは残された左腕の鎌を振り回しシィベェを叩き落とそうとするも、高速で飛び回り何度もタックルを仕掛けて来るシィベェを止めるには至らない。
「がんばれシィベェ!次で絶対仕留める!そうだっ!ヒメナ!あれを、お願いシマス······」
「はーい!」
「?」
ヒメナは、アンバーニオンの何処かに収納してあった宇留のミニリュックから眼鏡を取り出し、操玉内に転送した。
「あ!付けたげる」
「あぁ!どうも!」
構えの為、両手が塞がっている宇留に代わり、ライナは操玉内に浮かぶ細い琥珀色フレームの眼鏡を手に取ってテンプルを開き宇留の目元に掛ける。
「おぉ!眼鏡男子だ」
続いてヒメナが解説する。
「知り合いに貰った超視伊達眼鏡だよ。両目で現在、右グラスだけで過去。左グラスだけで未来。それぞれ過去は十秒、未来は三秒間だけ必要な任意のタイミングを見る事が出来る」
「······ライナさん!」
「?」
「怪獣のどこに当てればいいと思う?シィベェに当てないように、なおかつ出来れば一発で決めたいんだ!」
宇留に尋ねられたライナは、操玉内のディスプレイに映る戦うシィベェを見つめながら考え込む。シィベェは最初にタックルを当てた足の付け根を中心に攻撃していた。
「右足?かな!」
「やっぱり!?最初に来たあの足にエントゥモくんが居たんだね?」
「うん!じゃ全員で当てるトコの情報共有しよう!ライナ?シィベェにも頼める?」
ヒメナに微笑み返したライナは、インカムを押さえて答える。
「いいよ、ヒメちゃん!」
·
·
·
······シィベェ!
·
·
「ああ!ライナ!······わかった!」
一度動きを止めたシィベェは、体勢を正し、全身に力を込める。するとシィベェの左半身全ての装飾が緑色に輝いた。
「ゥオオオオオオッ!全部もって行け!」
ドッ!!!!!
緑色の輝きはシィベェの全身を包み込み、弾丸となったシィベェは、エントゥモの居るであろうギエンギエラの右足の付け根に向かって突撃した。
その一撃で完全に千切れるギエンギエラの右足。
「エントゥモ···!」
「ロックオン!」
「ここだ!ウ·ゴーータァ!」
ビ!シュイーーーーーーーーーーー!
次の瞬間、ライナーインスピレイドから放たれた琥珀の矢は、超視伊達眼鏡とライナの直感に示されたギエンギエラの千切れた右足に吸い込まれるように皆中し、右足は爆発した。
ブォオオオオン!プワギェェー!?
「去らばだ!ギエンギエラ!うおおおっ!」
悔しげな雄叫びをあげるギエンギエラの頭上に飛び上がったシィベェは、振り上げた拳に全身を被っていた緑色のオーラを集中させ、技の名と共に振り下ろした。
「ダイッッ!バクッ!ソォォォォーーー!ヌゥオオオオオオオアア!!」
ブンッ!グシャッ!
ギュドォォォォーーーーーン!!
ギエンギエラの上下に巨大な不可視のエネルギーが現れ、ギエンギエラを挟み込む。潰されたギエンギエラは平らに広がる爆発を残して破壊され消えた。
一連の攻撃の流れは、シィベェの攻撃から始まり連携、そして終わるまでタイミングがドンピシャりと合っていた。
···でも、あのコは誰も、作品も、弓も、あなたも、恨んでなんかいなかったんだよ?
お父さん······
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