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番外編
隠人の宿
しおりを挟むやや人里離れた山沿いに建つ、古い日本家屋。
百題《ももだい》家。
I県の重要文化財にも指定されているその屋敷の客間。
開け放たれた障子の外で、趣のある縁側に吊るされた風鈴が鳴った。
屋敷の前で繁る夏の新緑を朝の風が揺らし、若干の蒸れを纏った微風が客間の中に遊び入る。
その風流を頼り、ベデヘム3中枢活動体は瞼を若干痙攣させながら、二組で一人分敷かれた布団の上で目を覚ました。
ここは何処だ?
あの後···俺は回収ポイントに向かう為に山中を暫く移動した筈だ。
そして回収ポイントに到達する直前に死の影を纏う目眩に襲われ······
「?」
布団に横たわるベデヘム3。
彼をそっと見守るように、高齢の淑女が布団から少し離れた座布団の上に正座していた。
和装の老淑女はベデヘム3の目覚めを見届けると柔和な笑みを目元に湛え立ち上がり、既に開いていた襖の向こうにゆっくりと歩いてその姿を消した。
「···」
この家屋の住人か?
それにしてもあの華奢な淑女がこんな図体の俺をこの寝床に?···もしや腕の立つ使用人でも何処かに居るのか?
カラララ···
考え事をしながらベデヘム3が上体を起こすと同時に、玄関の引き戸が開く音がした。
玄関を開けて中に入った人物はそこで一分、廊下で一分、ベデヘム3の居る部屋の前で一分、しっかり三分弱の時間を掛け、意を決したように襖を開ける。
「······」「······」
襖を開けた眼鏡の青年は、ただ冷静に黙ったまま、ベデヘム3の方を見ていた。
ベデヘム3も、慌てる事もなく青年を見返す。
「!」
ベデヘム3はこの時になって初めて、筋力が眠ったように跳ね上がらない事に気が付いた。しかしその代わりのように、肩の芯に今まで食い込んでいた死の気配が消えている。それが居心地の良さである事を、彼は後に気付く事になる。
「···アノ帝国?···の、怪獣人間?」
「!」
ベデヘム3は、自身の実情を暴いた青年の着ている服に視線を移す。
国防隊の礼服···まぁ当然、俺達の情報は共有の上で把握済みのようだな?
次にその姿の中で目を引いたのは、青年の左胸に付与されたであろう、拳を模したデザインの刺繍ワッペンだった。そのデザインに見覚えのあったベデヘム3は、青年の所属先を思わずかすれ声で訊ねてしまっていた。
「···重、拳···隊?」
「?!」
思ったよりも驚くリアクションをしない青年。その上で青年は否定もしなかった。
「よくわかったねぇ?じゃあ、キミが例の······あ!」
自分で自分の言葉を遮った青年は部屋の中を見渡し、先程まで老淑女が座っていた座布団に視線を移し、眼差しを細めた。
そしてベデヘム3の事などまるで眼中に無いかのように座布団に歩み寄り、丁寧にそれを持ち上げ部屋の隅に片付ける。ベデヘム3も特に今すぐ体を動かす理由は無く、ただその動作を見つめるのみ。
青年のしゃなりとした一連の動きは、先程の老淑女の一挙一動を思わせる。ベデヘム3は、あの老淑女がこの青年の身内、もしくは青年の成長に際して大きな影響をもたらした存在だと推測する。
「···本当は直ぐにでも報告する所なんだけれど···」
「?」
敷地の遠くで虫がジーと鳴き始める。少し気温が上がった気配。
「···屋敷に居る間は、みんな祖母のお客さんだからね?」
「?」
老淑女がその奥に姿を消した襖を、青年は全て丁寧に開け放った。
隣の部屋は仏間。豪華な仏壇と三世代程以前の遺影。一番端の遺影額には、家紋や家名と共にQRコードが描かれている。
そしてその遺影の中には、先程の老淑女の姿もあった。
「···」「···」
ベデヘム3は恩人の正体を理解した。共に遺影を見つめる男二人。顔を合わせたばかりだというのに、不思議な時間が流れる。
まるで心の声が漏れ出たかのようなか細い声。
青年は老淑女の遺影から目を離すと、おりんを叩いて鳴らし手を合わせる。線香を供えないのは、直ぐにこの屋敷を発つからなのであろう。
「···今日は武運や無事の祈りよりも、只挨拶に来たんだ。今度はまた来れるるかどうかわからない」
「!···ど!どういう事だ?!」
青年の口調から、国防隊が出合う決戦の気配を読むベデヘム3。現代の日本において相手は言わずもがな。その状況になるまで自分は一体どれだけ意識を失っていたのか?ようやく溢れる焦燥感。襖を閉じ、ベデヘム3の声に応えようとした青年は、少し左手首を手で押さえ気にしながら振り返る。
「何があったかは知らないけど、体が良くなるまでゆっくりしていくといい。けどあの門を出たら、もう敵同士。次にもし会う事があれば、戦場かな?」
青年は眼鏡をクイと押し上げ、そのプレッシャーは白い閃光となって一宿の恩を揺さぶった。
それだけを告げて客間を出て行こうとする青年に、ベデヘム3は待ったをかける。
「···ではいつか、この借りは君にお返しするとしよう···この家の守り神となった彼女の一恩にかけて···」
「···」
青年はベデヘム3の呼び掛けを一瞬黙って聞いていたが、振り返る事もなく静かに部屋を出て行った。
青年が百題家を後にして暫く。
ベデヘム3は敵の襲撃を待ち構えていたが、彼が屋敷を離れる翌日まで、訪問者は誰一人として訪れる事は無かった。
空は快晴にも関わらず、雨が降る直前のような不穏な気配が揺らいでいる。
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