神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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絢爛!思いの丈!

きみはまけない

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 ガパリ、と音を立て、磨瑠香が自動運転車AIカー後部座席扉ドアハンドルを引いた。

「「······」」

 片手を開いたドアに掛け、少々身を屈め、目を見開いて車内を覗き込む。
 そして何故か、ロルトノクの琥珀アンバー内部のヒメナも、磨瑠香と同じポーズと表情だった。

 後部座席では、車に向かって来る磨瑠香から逃れようと、今まで暴れていた形跡のある倉岸を宇留が押さえ込んでいる。
「おらー!大人しくしろぃ!ウリャ!」
「ぐああ!うごお!離せー!」
 倉岸にヘッドロックを仕掛ける宇留も、掛けられている倉岸も、><『大なり小なり』のように閉じた目元を軋ませながら、大袈裟に苦しむフリをしていた。

「!」

 足音と気配で頭を上げた磨瑠香。
 自動運転車AIカーに近付いて来たのは、折子とさくらだった。
 エスイが宿っていた配膳ロボットはまだベンチの脇でしょんぼりしていたが、そこに彼女の気配はもう無い。
 その代わり、さくらの手にはやたら存在感のある琥珀のペンダントが握られていた。そして当然のようにペンダントを磨瑠香に手渡すさくら。磨瑠香が渡されついでに握った彼女の手は、エスイが今宿っているであろう体温を感じる琥珀のペンダントと違い、やけにひんやりとしていた。

「さあ!乗った乗った!」
「え!?、さくらちゃんはここでいいの?」
「ぬー···?近く?にチェックイン?してるから···だ、大丈夫···?」
「そう···ありがとう!さくらちゃん!学校帰ったらみんなで真っ先に苗木に会いにいくからね?」
「うん!ありがとー!よろしく!頑張ってね?」

 磨瑠香とさくらがハグし合っている間に、照臣が気配を消しながら運転席に乗り込む。そして折子の気配に気付いた宇留は、ハッとして彼女達の姿に目を凝らした。


「あれ!お、丘越さん?」
「ふふ···こんばんわ?宇留···」
「···はぁーい!?宇留ウゥルー!?ィェー!」
「!?」
 それまで磨瑠香の背中をポンポン叩いていたさくらは、折子の挨拶をきっかけに磨瑠香からバッと離れ、片手をカシャカシャと振りながら一言だけ宇留に声を掛けた。

 宇留は案の定、誰?といった顔をしていたが、さくらはそれ以上の対応をする事無く、磨瑠香を車内に押し込もうとズイズイ手を押し伸ばす。
 そして磨瑠香は表面の曇った琥珀のペンダントを大事そうに抱えながら座席に座る。宇留と倉岸も暴れるのを止め、礼儀正しく、琥珀のペンダント内部のヒメナとエスイも含め、五人で並んで座った。

「じゃあお姉さん!ありがとうございました。またいつか!」
「ええ!」
 磨瑠香が窓を開け、折子と左様ならばサヨナラの挨拶を交わしている間、倉岸エブブゲガは磨瑠香の後頭部に怯えるようにビクビクとその身を縮ませている。そして車は、照臣の「ハイ出発」の一言でゆっくりと前進し始めた。

「ん?」
 宇留は折子達に手を振りながらも、その背後に見えた駄菓子屋の外観に一瞬気を取られた。だが磨瑠香の短く優しい咳払いに意識を呼ばれ、今まさに沈黙しようとしている車内の間を持たせようと、取り敢えず自分も小さな鼻ため息から会話を始めようとした。
「······」
 宇留から見た磨瑠香は既に立ち直っているようで、隣に座る倉岸さえ威圧感だけで押さえ込まれていた。一度「な···」と喋りかけた倉岸の言葉を、ヒメナと共に腕と足を組むだけで黙らせたりしている。


 ···出発から数秒。

 静かなエンジン音が強調する無言の車内。運転席の照臣が沈黙にいたたまれなくなってきた頃、唐突に宇留が倉岸の目線の先に拳を付き出した。

「?」

「磨瑠香さん、じゃんけん!せーの!···」
「ぅえ!?あ!」

「···けーんポイ!」」

 チョキvsチョキ。あいこ。
 倉岸の寄り目が二人の手を凝視する。
「「あいこで···しょ!」」
 グーvsグー。あいこ。
「「あい!しょ!」」
 グーvsグー。あいこ。
「あ!しょ!」「ぃしょ!」「ッッしょ···!」「アイコデショ!」
 お互いに掛け声のタイミングをずらしているにも関わらず、繰り返されるあいこドロー
 その内にようやく磨瑠香の目に笑みが戻って来た。まだまだあいこは止まらない。
「ヌゥ···ムグヌッッ···!」
 そして磨瑠香の表情が和らぐのと反比例して、倉岸の顔にはムズ痒さを耐えるかのような歪みが生じていく。倉岸に宿る精神年齢の高いおっさんエブブゲガには、顔前で弾けるフレッシュな青春の力は毒でしかなかったようだ。二人が奇跡のあいこを繰り出す度、エブブゲガの何かが焼き切れてゆく···。

「ふふふふふふ!」
 繰り返されるあいこ。ついにヒメナが吹き出した。照臣も安心したように微笑みながら、気取るフリでステアリングに手を掛ける。そして二人の声に一段と気合いが籠ったその時···。

「「あーいこで···」」

「「しょ!!」」


「「あー!!」」
 結果は無敵拳同士のあいこ。
 何故か倉岸はグリンと白目をむいて、シートにその背中をボスンと預けて意気消沈した。

「···ほら!磨瑠香さんは負けない!大丈夫だよ!」
「!!!」

 宇留は無敵拳をチョキ···改メ、ピースサインに変えながら磨瑠香に微笑み掛けた。

「!···う!···うん!!」

 磨瑠香は、多くの言葉に頼り過ぎない宇留の励ましが嬉しかった。
 目頭と目尻からも嬉し涙がハラリと溢れ、無敵拳はグー···改メ、柔らかく握られた掌は口元に伸びた。




「な!何が!···大方、宝甲こはく人間の力で瞬発力を上げたに決まってる!須舞コイツにトッチャ!こんな茶番劇はお手のものだろうよ?!」

「···ガブガブガブガブガブ!!」
「うわ!」
 倉岸エブブゲガが負け惜しみを口にした瞬間。磨瑠香の軽いグー改メ、両手の指怪獣は、その五本ずつの牙を剥き出しにして宇留のピースと倉岸の鼻先に迫った。
「ヒッ!ヒィイイィ!」
「わー!はははは!」
「ガブガブガブガブ!」
 大袈裟に怯える倉岸、笑いながら手を引き逃げる宇留、更に指カミツキの追撃を加える磨瑠香。
 あどけなさに包まれる車内。
 ヒメナは何故か今までの事は全て忘れて、この時だけはホッと胸を撫で下ろした。

「く!くそっ!き、非常!緊急停止だァ!」
「!」
「あ!おい!」

 明らかに抜けていく車の力に焦る照臣。大声で車のAI、ナビゲーションシステムに緊急のボイスコマンドを入力した倉岸。どうやら倉岸が見当をつけたキーワードは正しかったようだ。
 程よい慣性がかかり、停車した車の後部ドア、宇留側が開いた。

「あ!コラ!逃げるな!エブ!」
 倉岸は宇留の前に体を無理矢理押し込ませ、車内からの脱出を謀る。宇留は倉岸の服を掴んでそれを阻むが、既にもう上半身がドアから出ていた。

「ぬ!離せェ!近くにチェックインしてるんだぞ!それともお前らがキャンセル料払ってくれるのかぁ!···?」
「え!」
「!っアだ!」
 いきなり掴んでいた倉岸を離す宇留。倉岸は顔面からアスファルトの上に落ちた。
「御免!」
「っっぐそっ!ったくっ···前はッ!そ、そうだよなぁ?俺の『宿泊先』に迷惑だよなぁ?」
 顔を押さえながらグググと振り返る倉岸。車内灯に照らされた顔面から、パラパラと小粒の石が落ちるのが見えた。

「ゃかましィ!ウリュがツーチョーに一千万もってんだりょ!!」

「いやちょ!ヒメナ···」
 今になってオレンジアイスの効能がやって来たヒメナが、酔いどれ口調で今はそういう問題ではない事を倉岸に応えた。
「えー!」
「スゲー!中学歴中身長高収入?」
 照臣と磨瑠香は、共に大きく口を開けて驚いている。
「ま、マジでか!?···く、借りに免じて!今日はこのぐらいにしておいてやる!覚えェとれよ!」
「エブ!倉岸本人のネタバレまだ聞いてないよ?」
「ダッ!ダッダッ!だああああああ!」
 倉岸は目に見えて狼狽と動揺を繰り返し、手近な遊歩道入り口に向かって逃げて行った。恐らく顔は真っ赤だった事だろう···。

「フンだ!分かりヤシュい!自分の事はタニャにあげりゅ奴め!」
「どういう事?ヒメナちゃん?」
 磨瑠香は胸元のヒメナに視線を下ろして訊ねた。
「フッ···なんでも無いよ?イッツぁマイハニーベェイビェ?」
「いやん」
 いきなり宇留の声色イケボで応えたヒメナに、磨瑠香は両頬を手で押さえ、ノリ恥とも言うべき仕草を余裕で披露する

「ヒメナさん、俺の声で恥ずかしい事言わないで下さい」
 やや呆れてそう告げる宇留に、照臣が視線を移して聞いてきた。

「いいのあいつ?ホットイテも?一応発信器はツケトイタけどさ?」
 照臣は摘まんだ指先をクイッと押し込む仕草を宇留に示す。
「うん、多分、もう今日は何にも出来ないと思うよ?それにこの辺りは丘越さんの御護りが効いてるし、倉岸のお宿にも悪いし···」
「成る程ぉ···」
 
 宇留は磨瑠香とヒメナの方を向いた。二人も宇留の方を向き微笑んでいる。ところが、磨瑠香が首から下げているもう一つの琥珀のペンダントは、相変わらず表面が雲って透明度が無かった。
「早くバンガローに帰ろう?ツモル話は明日にして、今日はちょっと疲れたよね?」
 照臣がそんな宇留達に提案する。
「えー!山石くんなんかしたっけ?」
「ナニヲおっしゃいます?これでも忙しかったんだよぉ!」
「出汁の香りがスリュ!お蕎麦は旨かったか?」
「そりゃもう!今日はこっち戻る前にキルギシアンマヌル軒24で五十八杯ほどタグって···」
「やっぱりわんこってきたんじゃん!だいたいねぇ···」
 
「···」
 宇留はそこそこの疲労感の中で、三人のやり取りを笑顔で見守っていた。

「?」
 そんな宇留の視界の隅に白い物が写る。手に取ってみると、それは純白の腕時計のようなものだった。


 倉岸のかな?後で返しておかないと。


 照臣と磨瑠香達の漫才のようなやり取りが白熱する中、宇留はそっとその白い時計をポケットに忍ばせた。




 一方、この道の先からは、二年B組アンバーニオン軍の面々が向かって来ていた。











 
 

 



 
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