神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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絢爛!思いの丈!

話しに還るよリメンバー

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 それはほんの些細な出来事だった。
 
 まだ幼かったその桜の苗木は急激な環境の変化に恐れをなし、ある時、誰にも届かない悲鳴を上げた。
 悲鳴が届いた所で、その場から動けない同種なかまはともかく、ヒトには絶対に聞こえない筈のその声は、ヒトである彼らに届いたのだ。
 
 その時に触れた彼らの心の温もりに報いたかった苗木は、時折意識体こころつたを遊ばせては彼らを探し、やがて訪れたあくる日、彼らの大いなる使命と、途方もない危機を知る。

 彼らを助けたい。

 苗木かのじょのその純粋な願いを、仲間達は決して否定しないばかりか共に力を合わせる事になった。
 仲間達もまた、彼らへの思いは苗木と同じだったからだ。

 アンバーニオンとガルンシュタエンが対峙したあの日、苗木とその仲間達が彼らアンバーニオンにもたらした力、二つの太陽ジェム オン ノサニアは、人間の少女じょせいに生まれ変わってここに居る。







「私の【ほう】はお久し振りです!ヒメナちゃん!伝え渋ってごめんねぇ?」

 キョトンと放心する磨瑠香の前でかがんださくらは、ロルトノクの琥珀アンバーを覗き込み、やや含みを持たせた言い回しでヒメナにそう告げた。
「ジェム オン ノサニア···!?で、でも!こんな事が···」

「もちろん!現役の私達は今も校庭に居るよ?···未来で【消えた】者が過去に生まれ変わっちゃダメなんてルール、無いでしょ?フフ···」


「!···ぁ···」
「え?ええ···?」
 愕然と嬉々が混ざり合い、言葉を一瞬失うヒメナ。そして磨瑠香に至っては、いきなり始まった会話に話が全く読めず混乱していた。
「···ジェム オン ノサニア?その···マルカの中に今居るコって···ま、まさか···」
「さくらって呼んで?···えっとね?、アオジロ仮面ガルンシュタエンのヒト、あのイケメンの前の前の体のマスタープログラムコレクトオーナーのコだと思う。···そのコ、私達と一緒に、あの時あの場所、アオジロ仮面の所に一度居たんだ!」

「!···エスイちゃん···!!」

「!?」
 ヒメナが口にした名前を聞いた磨瑠香の体が強張り震える。
 さくらが説明した今自分の中に居る自分とは違うその存在。先程の自分では無い人格。点が線で結ばれるようにハッキリした自分の中の異物感。
 その自分でも意識していない体の反応は、霧が晴れて視界がクリアになる感覚にも少し似ていた。その心の視界の向こうに感じたのは、諦めのような、気まずさのような、懐かしさのような、そしてやっと耐えていた事から解放されたかのような、切ない違和感だった。

「マルカ!」
 切迫的な声で磨瑠香を呼ぶヒメナ。
 どうやらボーッとしていて、一度ヒメナの呼び声をスルーしてしまったらしい。
「え!?ヒメナ···ちゃん?」
「···分からないよね?······!、わるいけど少し!、少し許容心キャパ開けてほしい!大きい想文送るから!落ち着いて、そしてしっかり受け止めてほしい!」
 磨瑠香の片手を、温もりだけの掌がキュッと握る。かつて何度か触れてもらった、ヒメナのオーラが具現化した手の温もり。
 だがその掌は微かに震えていた。
 磨瑠香にも覚えがある。受け身の恐怖では無い。キズ付けるかも?、キズ付けたかも?という不安の雰囲気けはい
 断る理由は無かった。今までも、これからも、当たり前のように、親友ともの覚悟を受け入れる。

「うん···!」「マルカ···!」

 磨瑠香はヒメナのオーラを握り返し、胸元のロルトノクの琥珀アンバーまで持っていく。





 ···途端だった。
 高い耳鳴りと、一瞬脳が鳩尾みぞおちまで落ち込んだかのような大容量想文の感覚。その重さはすなわち、ヒメナが刻んできた生涯の長さに比例すると磨瑠香は直感した。
 その重さの衝撃波に穿たれたスペースには、膨大な情報が降り積もっていく。


 ···朧気ながら印象の強い景色、絶望、先代アンバーニオンパイロットであり、かけがえのないコンビだった青年、ムスアウの情報や思い出、ロルトノクの琥珀アンバーに入ってからの人生と役割、土地神との絆、通り過ぎて行く仲間達との思い出、長い長い長い戦いの記録の断片、アンバーニオンと関わらなかった時期がある事、数十年土中に埋まっていた事がある事、数年海上を漂っていた事、長い間権力者コレクターの手中にあった事、そしていつもムスアウが自分を探し出し孤独から解放してくれた事、良い事、悪い事、悲しい時代こと、嬉しい季節こと、恋人ごっこ、数々の嫉妬、ムスアウの一途さ、家族になってくれた仲間、感覚の超越、敵、ライバル、巨獣達かいじゅうたち、味方になった敵、敵になった味方、愛故の悲劇······

「!」
 ここで磨瑠香は連想に登場した少女と目が合った。少女もまた磨瑠香を見ていた。その少女がさくらの語ったエスイだと確信した磨瑠香が驚く間もなく、勝手に経験として流れていく連想のダイジェストは続く。


 ···ムスアウとの最後の記憶、倉岸の中に居るエブブゲガ?と皇帝?との関係、眠りにつく前の朧気な記憶、最近目を覚ましてからの事、宇留と出会った事、磨瑠香と出会った事、二人が仲直りして嬉しい事、新しい仲間達の事、ジェム オン ノサニアとは、植樹会で植えた桜の苗木+αの魂の融合体であり、土地神に等しい存在である事、生前、まだ普通の人間だった頃、ムスアウと戯れのファーストキスを交わした一時間後に死亡し、その後ロルトノクの琥珀アンバーに魂を委ね復活した事を最近思い出した事、そして······


 宇留はムスアウの生まれ変わりだという事。

 ヒメナはそんな宇留が好きだと【思っている】事。
 宇留も自分ヒメナを好きだと【思っている】のがバレバレな事。

 自分ヒメナの存在はルールによってもうすぐ消滅するという事。
 宇留もそれを知っている事。
 仲間達みんなにそれを伝えるのは、林間学校が終わってからにしようと相談もしていた事······
 
 卒業式は来年······



「ぅくあぅ!」
 磨瑠香は顔を覆って身を縮める。
 目からは涙が途方もなく流れた。
 情報の奔流は思考の仲で整列しようと暴れ惑い、大きな無痛の一撃となった。
「しっかり!深呼吸して?」
「マルカ······!」
 磨瑠香の背中に手を添えるさくら。ヒメナは真剣な眼差しでうつむく磨瑠香を見上げていた。
 待機していた配膳ロボットが、その光景をワタワタしながら眺めている。
「···ヒメナちゃ···ん!どうしてそんな大事な事教えてくれるの?ほ、本当に居なくなっちゃうの?」
「まだ!ゆっくり!?」
 さくらの声色が切実なものに変わる。
「···まだ、出会ったばっかりなんだよ?これじゃ!ヒメナちゃんも宇留くんも、二人とも可哀想だよ!!」
 明らかに順を追って考える事が出来なくなっている磨瑠香。だがヒメナは真剣かつ冷静に、磨瑠香に語り掛ける。
「あのね?マルカ、あなたの気持ちも分かってた。だからこそフェアでいたかった。だから全部伝える。その上で進むかどうかはマルカ次第。···ボクはただの琥珀···。でもスゴク嬉しかった。こんな誰とも恋も出来ない身体のボクを、ムスアウやみんな、宇留ウリュやマルカは本当の人間扱いしてくれた。本当にありがとう。だからハッキリしよう!ボクたちの気持ちを!」

「ヒメ···ナ···ちゃん···!」
 磨瑠香の息が荒くなる。少しずつ情報の統制はとれてはきたが、まだまだ混乱は治まらない。そんな磨瑠香相手にヒメナが容赦無いのは、ヒメナも磨瑠香の覚悟に敬意を評しているからだった。磨瑠香はそれを感じつつも、今一番の疑問を二人に遠慮なく投げ付けた。
「じゃ、じゃあやっぱり、その···エスイさんって人は、ちしに生まれ変わる前の···その···?」
「だから違うよ?」
 さくらがポンと磨瑠香の肩を叩いて諭す。

「エスイちゃんの魂はあなたとは別人も別人だよ?そのコはね?昔ムスアウさんが好きだったの。今宇留ウゥルーの事が好きなあなたと同じ気持ちだった、だから同調して居やすかったのかもね?そうでしょ?」


「大事なのは、受け止めてからだ!」
 思い出す誰かの声。


「?」「!」

 磨瑠香の気が一瞬で晴れた。情報の混乱は焦燥感として引き続いているが、明らかに目頭が軽くなった。
 そしてさくらが「そうでしょ?」と言った頃合いから配膳ロボットの様子がおかしい。駆動部は震え、音声スピーカーからはチューニングノイズのような音が聞こえ始めた。
 だがヒメナと磨瑠香は、さくらの宇留の呼び方が気になっていた。

「ほら!あなたもなんか言って?エスイさん!!」

 ニコニコ顔を向けるさくらに対し、震えが治まった配膳ロボットの顔がゆっくりと回転し、見つめ返し始めた。










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