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絢爛!思いの丈!
琥珀の老騎
しおりを挟む眩いヘッドライトの前に歩み出た人影。
微かにむせ続ける懐古的だが真摯な車のエンジン音。
宇留はその四駆車を知っている。
「ご、護森さん!!」
後光を背負う人影の動作には、しゃなりとした若々しさしか無かった。
そのせいか宇留は一瞬、その人影が恩人である老紳士、護森 夏雪だと気が付かなかった。
「大丈夫かい?宇留くん?」
指貫グローブを手にはめながらも、いつもの落ち着いた口調で宇留に語り掛ける護森。ベデヘム3は、明らかに闘うつもりで自身に近付いて来る老人を視線で威圧した。
護森の背後の後光と高架下の街灯の灯り。その比率が徐々に入れ代わり、その姿が露になっていく。
指貫グローブの右手首側をキュッと指先で摘まんで引き絞めた護森は、次にネクタイとYシャツの襟元を緩め、半袖の袖口を気にしながら片腕を一度グリンと回す。細くも太くもない、しかし充分に鍛え上げられたであろう筋肉質の腕がその袖口を軋ませ、夜の闇はその筋肉の隙間に影となって深く沈み込んでいる。
「貴様···!」
「彼らに···手出しはやめてもらおうかな?」
ベデヘム3に向かって歩みを止めない護森。その歩みはベデヘム3まで十メートルを切っても躊躇うどころか歩速が上がる。一方ベデヘム3は、やれやれ?といった心持ちで斜に構えていた。
ごも···り··さん···?
宇留は護森の身を案じようとしてそれを止めた。
怪獣の人型中枢活動体であるベデヘムタイプの身体能力は宇留の知る所でもある。実際に対戦車ライフル弾の直撃に耐えるシーンを彼は目撃している。一般常識で考えればそんな怪人相手に闘いを、しかもいくら自信があったとしても高齢者が挑むなど考えられない事である。
だが宇留には何故か安心感があった。護森の表情は怪人を前にあくまで穏やかだったからだ。
銘刀。
その刃は、その穏やかさに因んであえて落とされているように感じた。
そうではあっても銘刀は銘刀。
宇留は、アンバーニオン越しでしか斬る為の剣を持った事がない。
それでも。宇留は達人になった訳では無いにせよ、宇留は護森が今放つ頼もしさを銘刀に例えざるを得なかった。
そしてその目的や自信、安心感の正体は、今ここでハッキリする。
宇留は、ここで護森の身を案じるのは逆に無粋だと感じた。
「···」
「?、フン···!」
歩みを止めず近づく護森に、ベデヘム3は明らかに相手を軽んじた表情で向き合い、右手を背後に軽く振りかぶる。それに合わせ、護森も右の拳を引く。
「!、ぬ!!」
そのパンチは、ほぼ同時に撃ち込まれた。
だがその攻め込みをキャンセルし、後方へ飛び退いたのはベデヘム3の方だった。
太い間伐材のような腕が進行方向とは逆に急後退し、護森の拳がそのルート上で空間を叩いた。
ボッ!!
局所的な突風が吹いた。
風になった拳圧は驚くベデヘム3の表情の表面を撫で付け、そしてその背後。風圧に煽られた高架下の街灯がチチッ!音を立てて明滅する。
「!」
一瞬、護森の指貫グローブの隙間が、ややオレンジ色に光っていた。驚愕に見開かれたベデヘム3の瞳にその輝きが照り返る。片足を引き、すぐに構え直すベデヘム3に対し、護森はジックリと余裕を持って構えながらベデヘム3を睨む。その構えは、オーソドックスなボクサーのスタイルだった。護森が着用している伸縮素材のYシャツが内側から筋肉に押し上げられ、シームラインでミシリと音を立てる。その静かな怒気に絞り出されるように、護森はベデヘム3に声を掛ける。
「君の報告は聞いてるよ」
「?」
「怪獣なんだってね?」
「だったらどうしたというのだ?」
「忘れもしない。この君の雰囲気、僕を踏み潰した怪獣の雰囲気だ」
「······ほぉ?···確か、かつて俺に踏み潰されて生還した子供が居るとは噂で聞いていたが、そうか?お前が···」
ベデヘム3は口元から牙の並びを見せてほくそ笑む。
「かつて捻り潰した還りし者と再び相対すのも一興!来い!受けてやろう!」
ドゥゴ!
護森と同じく、ベデヘム3はボクサーのような構えで前に踏み込む。
その足下、ステップの軸足を乗せていたアスファルトが砕け散る。
「···」
シンプルに護森に肉薄したベデヘム3はあえてガードを緩めた。護森は相変わらず冷静にその意図を受け止め、ベデヘム3のボディに三連発を撃ち込む。
ドッ!ドパパン!!
威力が重い衝撃に変わる音。もはや護森が玄人である事は誰の目にも明らかだが、それでもベデヘム3の体を僅かに揺らす事しか出来ない。
ヴォス!ヴフォッ!
次、全くたじろがないベデヘム3は、左右のワンツーを護森に撃ち込む。だが護森は未だ冷静に、余裕を持ってその拳を連続で躱した。
護森が撃ち込み、ベデヘム3は反撃に耐え、そして護森が再び躱し続ける。そのパターンが一時的に完成しようとする。
周囲が薄暗いせいでもあったが、二人が構えの為に曲げている肘が曲がりっ放しになっている錯覚に宇留は陥った。
腕が一瞬ブレて見えた瞬間に、パンチのヒット音と空気を切る音が周囲に響き、打ち合いが成立しているのが辛うじて理解出来る程の凄まじい拳速持ち同士の対決。
「凄い···強い···!」
推定年齢も含め只者では無いと思っていたが、ここまでの戦いも出来るとは···!
宇留の表情に驚きと憧れが浮かぶ。
「同じ箇所に何度も当て我が防を崩し、ダメージを通そうとてか?安直な!?無駄な事だ!」
「···そう思わせたかった」
「なに!?」
ベデヘム3が耐えきるつもりだった護森の攻撃パターン。そして勘違いしていたその常套。
ほぼ無敵を誇る筋肉の鎧にダメージを一極集中で何度も積み重ね貫く、という作戦だと相手に思い込ませ、油断の海に慢心を招く。
そんな護森のラッシュ、最後のパンチが直撃する瞬間。護森の指貫グローブの内側で、拳が眩い黄金色に輝いた。
シュドッッッ!!
「がッッはッ!!」
ベデヘム3の体の内側から、オレンジ色の斜光で色付けされた衝撃波が溢れる。ここに来て初めてベデヘム3が苦悶の声を上げた。
「!─────────」
空かさず護森は、ベデヘム3に再びラッシュを叩き込む。数発に一度、二度、ランダムなタイミングで先程の輝く拳がベデヘム3に打ち込まれては、その光がボディを侵食する。
「ぬ!グァアアアァアア!!!」
重なるダメージ。焦るベデヘム3は遂に雄叫びを上げ、護森に襲いかかった。
だがその気合いすら護森の集中力を揺らす事は出来ない。圧倒的余裕をもってその怒りのラッシュを躱しきった護森は、ベデヘム3の分厚い顎を左拳で突き上げ、一切の間も置かずに渾身の右ストレートでベデヘム3を殴り飛ばす。
ドゥゴオッッッッッ!!
ベデヘム3の頭部から、まるで汗のように光が散る。仰け反り、そのまま仰向けに倒れるかと、その場の誰もが思った。
「···ぐ!ヌゥゥゥン!」
「!」
だが、ベデヘム3が倒れ込む瞬間、背中から生えた無数の触腕が彼を支えた。
「ゴワアアアッッッ!!」
ベデヘム3の雄叫びと共に触腕が一瞬膨れて縮む。
シュボッッ!!ゴッッ!!
「!」
「ああッ!!」「うう!」
そして次の瞬間には、ベデヘム3の頭突きが護森の胸に突き刺さっていた。その途方もないエグみのある光景は、基本まだ中学生の少年である宇留と倉岸の表情を曇らせる。
「!!」
「ぬ!ぐふふ···」
ようやく護森にヒットしたベデヘム3の一撃。
「護森さん!!!」
ベデヘム3の背中でうつむき、突っ伏して動かない護森を宇留が案じた。
「······」
ミキ!ピシッ!メキキキ···!
頭頂部から響く乾いた音。
勝利を確信しかけていたベデヘム3の表情が、再び焦りへと引き戻される。
「フゥッ!!」
「ヌゥオッッ!」
護森は胸を張った。だがそれだけではない衝撃で弾き飛ばされるベデヘム3。道路上へ転がり出され、体勢を整え視線を上げたベデヘム3の目に写った護森の姿。その姿に全員が驚いた。
「···うーんやれやれ、年齢をとって、こんな格好するのは、やっぱり恥ずかしいんだなぁ?」
頭部以外、全身琥珀の外骨格で覆われた護森がそこに堂々と立っていた。
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