119 / 201
絢爛!思いの丈!
琥珀の老騎
しおりを挟む眩いヘッドライトの前に歩み出た人影。
微かにむせ続ける懐古的だが真摯な車のエンジン音。
宇留はその四駆車を知っている。
「ご、護森さん!!」
後光を背負う人影の動作には、しゃなりとした若々しさしか無かった。
そのせいか宇留は一瞬、その人影が恩人である老紳士、護森 夏雪だと気が付かなかった。
「大丈夫かい?宇留くん?」
指貫グローブを手にはめながらも、いつもの落ち着いた口調で宇留に語り掛ける護森。ベデヘム3は、明らかに闘うつもりで自身に近付いて来る老人を視線で威圧した。
護森の背後の後光と高架下の街灯の灯り。その比率が徐々に入れ代わり、その姿が露になっていく。
指貫グローブの右手首側をキュッと指先で摘まんで引き絞めた護森は、次にネクタイとYシャツの襟元を緩め、半袖の袖口を気にしながら片腕を一度グリンと回す。細くも太くもない、しかし充分に鍛え上げられたであろう筋肉質の腕がその袖口を軋ませ、夜の闇はその筋肉の隙間に影となって深く沈み込んでいる。
「貴様···!」
「彼らに···手出しはやめてもらおうかな?」
ベデヘム3に向かって歩みを止めない護森。その歩みはベデヘム3まで十メートルを切っても躊躇うどころか歩速が上がる。一方ベデヘム3は、やれやれ?といった心持ちで斜に構えていた。
ごも···り··さん···?
宇留は護森の身を案じようとしてそれを止めた。
怪獣の人型中枢活動体であるベデヘムタイプの身体能力は宇留の知る所でもある。実際に対戦車ライフル弾の直撃に耐えるシーンを彼は目撃している。一般常識で考えればそんな怪人相手に闘いを、しかもいくら自信があったとしても高齢者が挑むなど考えられない事である。
だが宇留には何故か安心感があった。護森の表情は怪人を前にあくまで穏やかだったからだ。
銘刀。
その刃は、その穏やかさに因んであえて落とされているように感じた。
そうではあっても銘刀は銘刀。
宇留は、アンバーニオン越しでしか斬る為の剣を持った事がない。
それでも。宇留は達人になった訳では無いにせよ、宇留は護森が今放つ頼もしさを銘刀に例えざるを得なかった。
そしてその目的や自信、安心感の正体は、今ここでハッキリする。
宇留は、ここで護森の身を案じるのは逆に無粋だと感じた。
「···」
「?、フン···!」
歩みを止めず近づく護森に、ベデヘム3は明らかに相手を軽んじた表情で向き合い、右手を背後に軽く振りかぶる。それに合わせ、護森も右の拳を引く。
「!、ぬ!!」
そのパンチは、ほぼ同時に撃ち込まれた。
だがその攻め込みをキャンセルし、後方へ飛び退いたのはベデヘム3の方だった。
太い間伐材のような腕が進行方向とは逆に急後退し、護森の拳がそのルート上で空間を叩いた。
ボッ!!
局所的な突風が吹いた。
風になった拳圧は驚くベデヘム3の表情の表面を撫で付け、そしてその背後。風圧に煽られた高架下の街灯がチチッ!音を立てて明滅する。
「!」
一瞬、護森の指貫グローブの隙間が、ややオレンジ色に光っていた。驚愕に見開かれたベデヘム3の瞳にその輝きが照り返る。片足を引き、すぐに構え直すベデヘム3に対し、護森はジックリと余裕を持って構えながらベデヘム3を睨む。その構えは、オーソドックスなボクサーのスタイルだった。護森が着用している伸縮素材のYシャツが内側から筋肉に押し上げられ、シームラインでミシリと音を立てる。その静かな怒気に絞り出されるように、護森はベデヘム3に声を掛ける。
「君の報告は聞いてるよ」
「?」
「怪獣なんだってね?」
「だったらどうしたというのだ?」
「忘れもしない。この君の雰囲気、僕を踏み潰した怪獣の雰囲気だ」
「······ほぉ?···確か、かつて俺に踏み潰されて生還した子供が居るとは噂で聞いていたが、そうか?お前が···」
ベデヘム3は口元から牙の並びを見せてほくそ笑む。
「かつて捻り潰した還りし者と再び相対すのも一興!来い!受けてやろう!」
ドゥゴ!
護森と同じく、ベデヘム3はボクサーのような構えで前に踏み込む。
その足下、ステップの軸足を乗せていたアスファルトが砕け散る。
「···」
シンプルに護森に肉薄したベデヘム3はあえてガードを緩めた。護森は相変わらず冷静にその意図を受け止め、ベデヘム3のボディに三連発を撃ち込む。
ドッ!ドパパン!!
威力が重い衝撃に変わる音。もはや護森が玄人である事は誰の目にも明らかだが、それでもベデヘム3の体を僅かに揺らす事しか出来ない。
ヴォス!ヴフォッ!
次、全くたじろがないベデヘム3は、左右のワンツーを護森に撃ち込む。だが護森は未だ冷静に、余裕を持ってその拳を連続で躱した。
護森が撃ち込み、ベデヘム3は反撃に耐え、そして護森が再び躱し続ける。そのパターンが一時的に完成しようとする。
周囲が薄暗いせいでもあったが、二人が構えの為に曲げている肘が曲がりっ放しになっている錯覚に宇留は陥った。
腕が一瞬ブレて見えた瞬間に、パンチのヒット音と空気を切る音が周囲に響き、打ち合いが成立しているのが辛うじて理解出来る程の凄まじい拳速持ち同士の対決。
「凄い···強い···!」
推定年齢も含め只者では無いと思っていたが、ここまでの戦いも出来るとは···!
宇留の表情に驚きと憧れが浮かぶ。
「同じ箇所に何度も当て我が防を崩し、ダメージを通そうとてか?安直な!?無駄な事だ!」
「···そう思わせたかった」
「なに!?」
ベデヘム3が耐えきるつもりだった護森の攻撃パターン。そして勘違いしていたその常套。
ほぼ無敵を誇る筋肉の鎧にダメージを一極集中で何度も積み重ね貫く、という作戦だと相手に思い込ませ、油断の海に慢心を招く。
そんな護森のラッシュ、最後のパンチが直撃する瞬間。護森の指貫グローブの内側で、拳が眩い黄金色に輝いた。
シュドッッッ!!
「がッッはッ!!」
ベデヘム3の体の内側から、オレンジ色の斜光で色付けされた衝撃波が溢れる。ここに来て初めてベデヘム3が苦悶の声を上げた。
「!─────────」
空かさず護森は、ベデヘム3に再びラッシュを叩き込む。数発に一度、二度、ランダムなタイミングで先程の輝く拳がベデヘム3に打ち込まれては、その光がボディを侵食する。
「ぬ!グァアアアァアア!!!」
重なるダメージ。焦るベデヘム3は遂に雄叫びを上げ、護森に襲いかかった。
だがその気合いすら護森の集中力を揺らす事は出来ない。圧倒的余裕をもってその怒りのラッシュを躱しきった護森は、ベデヘム3の分厚い顎を左拳で突き上げ、一切の間も置かずに渾身の右ストレートでベデヘム3を殴り飛ばす。
ドゥゴオッッッッッ!!
ベデヘム3の頭部から、まるで汗のように光が散る。仰け反り、そのまま仰向けに倒れるかと、その場の誰もが思った。
「···ぐ!ヌゥゥゥン!」
「!」
だが、ベデヘム3が倒れ込む瞬間、背中から生えた無数の触腕が彼を支えた。
「ゴワアアアッッッ!!」
ベデヘム3の雄叫びと共に触腕が一瞬膨れて縮む。
シュボッッ!!ゴッッ!!
「!」
「ああッ!!」「うう!」
そして次の瞬間には、ベデヘム3の頭突きが護森の胸に突き刺さっていた。その途方もないエグみのある光景は、基本まだ中学生の少年である宇留と倉岸の表情を曇らせる。
「!!」
「ぬ!ぐふふ···」
ようやく護森にヒットしたベデヘム3の一撃。
「護森さん!!!」
ベデヘム3の背中でうつむき、突っ伏して動かない護森を宇留が案じた。
「······」
ミキ!ピシッ!メキキキ···!
頭頂部から響く乾いた音。
勝利を確信しかけていたベデヘム3の表情が、再び焦りへと引き戻される。
「フゥッ!!」
「ヌゥオッッ!」
護森は胸を張った。だがそれだけではない衝撃で弾き飛ばされるベデヘム3。道路上へ転がり出され、体勢を整え視線を上げたベデヘム3の目に写った護森の姿。その姿に全員が驚いた。
「···うーんやれやれ、年齢をとって、こんな格好するのは、やっぱり恥ずかしいんだなぁ?」
頭部以外、全身琥珀の外骨格で覆われた護森がそこに堂々と立っていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)
あおっち
SF
脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。
その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。
その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。
そして紛争の火種は地球へ。
その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。
近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。
第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。
ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。
第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。
ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。
彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。
本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。
是非、ご覧あれ。
※加筆や修正が予告なしにあります。
底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。
転生した先は俺がやっていたゲームの世界。
前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。
だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……!
そんなとき、街が魔獣に襲撃される。
迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。
だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。
神樹のアンバーニオン
芋多可 石行
SF
不登校から立ち直りつつある少年、須舞 宇留は、旅行で訪れた祖父の住む街で琥珀の中に眠る小人の少女、ヒメナと出会う。
彼女を狙う謎の勢力からヒメナを守る為に、太陽から飛来した全身琥珀の巨神、アンバーニオンの操縦者に選ばれた宇留の普通の日々は、非日常へと変わって行く···
今、少年の非日常が、琥珀色に輝き始める。

タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
「メジャー・インフラトン」序章4/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節JUMP! JUMP! JUMP! No1)
あおっち
SF
港に立ち上がる敵AXISの巨大ロボHARMOR。遂に、AXIS本隊が北海道に攻めて来たのだ。その第1次上陸先が苫小牧市だった。
これは、現実なのだ!
その発見者の苫小牧市民たちは、戦渦から脱出できるのか。
それを助ける千歳シーラスワンの御舩たち。
同時進行で圧力をかけるAXISの陽動作戦。
台湾金門県の侵略に対し、真向から立ち向かうシーラス・台湾、そしてきよしの師範のゾフィアとヴィクトリアの機動艦隊。
新たに戦いに加わった衛星シーラス2ボーチャン。
目の離せない戦略・戦術ストーリーなのだ。
昨年、椎葉きよしと共に戦かった女子高生グループ「エイモス5」からも目が離せない。
そして、遂に最強の敵「エキドナ」が目を覚ましたのだ……。
SF大河小説の前章譚、第4部作。
是非ご覧ください。
※加筆や修正が予告なしにあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる