神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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絢爛!思いの丈!

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 街灯の下の人影は、全く動かずにその場に立ち竦んでいる。
 無防備の後悔先に立たず。確認するまでも無く目と目が合っているリアクション。
 すると大柄な人影は一度激しく前のめり、太い腕を振り回しながら猛然と駆け出した。

「う!うぉわぁ!きっ!来たああああああ!!」
「ぉ!うおっ!」

 ビン!と弾かれるように逆さU字側溝ブロックから立ち上がった宇留と倉岸エブブゲガも走り出した。
 逃げる先の当ても無く、次の街灯の先は目の錯覚で深い闇。そんな先行き不安な重圧に加え、こんな時に限って護衛が不在の宇留と存在感迷彩装置が壊れている倉岸。怪獣のおっさんあいては、中枢活動体のあの姿でも重拳を押さえ込む程の腕力を持つ敵だと藍罠ヨキトから聞いていた宇留の背筋が冷えた。捕まれば万事休す。しかも最初こそ宇留とほぼ同じ速度で走っていた倉岸だったが、ほんの二十メートルを走っただけでガクッと失速し始める。
 焦った宇留はあえて焚き付けるように、倉岸を前と上から目線で煽る。
 
「エブ!!急がんと俺達が、えれェ事になっちまうぞぉ~!?」
「なっっっ!」
 宇留は振り返りながら、“いつかどこか„で聞いたエブブゲガの台詞を返した。
 街灯の下を通過する一瞬。倉岸の表情は面白い程に驚愕にねじ曲がっている。恐らく、本当にオマエはムスアウそうなのか?!といった表情。その予想を裏付けるように、もはや約束通りのセリフを息と一緒に吐きながら倉岸はやや足を早めた。
「な!なんで知ってんだァ!!」
「お!」
 倉岸はそのまま宇留を追い抜いて前に出る。叱咤に成功し、笑顔になった宇留は倉岸の横を走って更に抜き返す。普段からランニングを欠かしていない宇留には余裕の加速だった。
「いや!全部覚えてるワケじゃないんだけどね?」
「そんな場合かっ!?」
 その通りだった。さすがに帝国の超人相手に振り向く余裕は無かったが、聴覚の隅にゴツゴツとアスファルトを強く叩く足音が混ざりはじめていた。



 レールバイク 橋へ左折

「···」
「···」
 宇留と倉岸の視界にその看板の表示が飛び込んで来たのは同時だった。
 一瞬目配せをし合った二人は無言で走りながら同時に左折し、橋の上を進む。そして先に文句を言い出したのは、倉岸の方だった。
「だー!こっちんな!追手一人で二手に別れれば、一か八かで済んだものをぉ!」
軸泉ここのレールバイクは二人乗り動力なんだってば!その方がいいだろ?!」
「う···ぬむむむ!そ、それならば···」

 レールバイクでの逃走計画は決定した。

 この先にある鉄道の廃線跡を再利用した施設がこの先にある。
 数年前に廃線となった旧軸泉線の軌道は一部がまだ撤去されずに残され、地元ベンチャー企業が運営するアトラクションとして、レールバイク体験が日頃催されていた。

 二人が橋を渡り終える頃、背後から響く足音が変わった。追手の大男が橋に足を掛けたようだ。思ったよりも距離が縮まっている。

 レールバイク あっち

 レールバイク駅を示す新たな看板。
 矢印は右折を示している。
 宇留達は右折の為、誰も居ない道路を横切って対向車線の歩道に向かおうとした。するといきなり道路を照らしたヘッドライトが、彼らの姿を闇夜に浮かび上がらせる。

「!」
 深夜で誰も居ないとタカを括った爆走車が、二人の前で悲鳴を上げ急停止した。開いた窓からは軽快なジャズの音色が響いている。
「んのぁ!のガキども!···え?」
 運転手は謝る事もそこそこに走り去った宇留達に文句を言おうとして固まった。
 ヘッドライトが照らす先、前方から迫って来るのは漫画に出てくるような筋骨隆々な大男。
 幸い大男は爆走車に何もせず横を通り過ぎたが、その大男の迫力に運転手は固まったまま動けなかった。
 我に返った運転手は、少年こどもが変質者。しかも大柄すぎる大変質者に追われていると思いスマホをポケットから取り出し通報した。

「あの!モスモシ!」
〔ハイ!あんたダレ!?〕
「?」
 運転手は警察に電話を掛けたつもりだったが、電話に出たのはどうも警察官とは思えない程にぶっきらぼうに話す女性だった。
「えと?警察?」
〔そんな事より!男の子見なかった?〕
「え?あ?いや?なんか変質者に追ったてられてルボーズドもが、レールバイクんトコへ···」
〔!、あんがと!〕
「?!」

 通話先の女性はそれだけ聞くとブツリと電話を切った。
 大男がこの車を避けた影響により、宇留達には一~二秒の猶予が出来た。


 逃げながら宇留はレールバイク駅のガレージの心配をしていた。
 いくら施錠感がおおらかな地方といえど、さすがにレールバイクはすぐ走れるようにはなっていないだろうと思った。時間は深夜、勿論社員も帰宅している時間帯。
 
 二人はレールバイク駅へとやっと辿り着いた。
 恐らく、かつては無人駅だったのであろう。道路沿いの広場からホームまでの距離はほんのごく僅かで、敷地内にはホームと線路、オフィスとトイレを兼ねた施設と、簡単なレールバイクのガレージしか無い。
「どこだ?」
 倉岸がレールバイクの在り処を探っていると、ガレージの南京錠がガキンと外れて勝手に扉が開いた。
「···な!なんだ!」
「まぁ、そういう事もあるさ」
 警戒する倉岸をよそに、宇留は無人のホームから飛び降りてガレージに直行する。
 暗いガレージの中、レールバイクはただ床に置かれているだけなので、二人で両脇を持ち上げて線路上まで運ばなければならない。
「急げっ!急げっ!」
「言われるまでも!」
 一番手前のレールバイクを見繕い、ガレージから引っ張り出した後で線路の上にドッコイショと乗せ終える宇留と倉岸。宇留は手を合わせて一瞬レールバイクに向かって祈る。
「すいません!お借りします!」
「?」
 すると倉岸は、奇妙な軌道自転車がもう一台、既に用意されている事に気付いた。
「み!見ろ!須舞!!」
「え?!」
 宇留達が用意したのは、普通の自転車を二つ並べたような構造のよくあるレールバイク。
 対して、倉岸が発見した軌道自転車は、シーソーのようなジャッキとギアボックス、ブレーキペダルだけの何処かで見たシンプルな構造の二人用アナログマシンだった。
「ああっ!あああ!これはっ!ちょっと!ロ、ロマンだろおおお!」
「ど!どうする須舞!このタイプは、二人でシーソーのようにギッコンバッタンする手動タイプだ!」

 一秒間の間、宇留は大いに葛藤した。自身の枯れ趣味が、後者に乗れと激しく掻き立てる。
「うぬむむむ!ぬうう!」
「早くしろ!お前はどっちとキスしたいんだ!」
「なっっっっ!お前っ!まだ言うかっ!!このゴに及んでまだそんな事をぉ!言っててハズくない?!」
「!、そっっ!!そ!そんなんじゃねぇ!!純粋にコレとコレどっちに乗るんだと聞いている!?」

 宇留と倉岸は真っ赤になりながらも、結局トータルスペックを鑑みて自転車タイプに決めた。
 手動でレールの上を走らせ、徐々に加速がついた頃合いを見てサドルに飛び乗る二人。ホームの照明に照らされた機体の色はオレンジ色。
 そして前カゴに張られたラミネートペーパーは、線路上の照明で表の文字が透けて反転して見えている。

 【琥珀号】それがこの機体の名前だ。
 
 ドジャ!!

「!!」
 大男が宇留達の背後、線路の上に降り立った。
「うおっ!」
 驚き、途端にペダルを漕ぎ出す倉岸。
「すー······」
 対して宇留は息を一度吸い、腹筋に力を込める。
「···行くぞっ!琥珀号コハクゴー!!!」

 バシュルッッッッ!

「ぬお!」
 倉岸の踏み込みが一瞬空ぶる。
 宇留の初動の激しい踏み込みは、一瞬レールバイクを浅くウイリーさせる程だった。
 その動きを睨み、もう一度走り出す大男。

「ぬおおおーー!」
「ふぬあああ!」
 
 運転士が今日日の中学生二人とは思えぬ程に超加速するレールバイク。
 だが大男ベデヘム3の表情はポーカーフェイスどころがニヤけを堪えていた。


 レールバイクのゴールまで、
 あと2、9キロ?······








 
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