115 / 160
絢爛!思いの丈!
デン!デン!デデデン!
しおりを挟む自信に満ちた口調、涼しい眼差し、玄人めいた華麗な一撃。
磨瑠香の異変は一瞬の出来事だった。
磨瑠香の一本背負いを受け、仰向けに倒れている倉岸にようやく恐怖が追い付き呼吸が乱れる。
そして今度は宇留が磨瑠香から倉岸を引き離すべく服を掴むと、軽々と自分達の反対側方向へと放り投げるように押し出した。
「ぬはっ!」
足をもたつかせながら再び倒れ込んだ倉岸は両肘と両膝を路面に突き、宇留と磨瑠香に驚愕の表情を向け直す。
「な!なんだ?!オマエは、だ···!」
「うるさい···」
倉岸の質問を遮るように、磨瑠香の声は更に低く、鋭く据わる。この時この場所に居る誰もが、磨瑠香が完全にキレてしまった?としか思いようが無い程に動揺していた。
「···磨瑠香さん!大丈夫?!!」
庇うように磨瑠香に背を向けて立った宇留は、倉岸から目を離さないよう振り向かずに訊ねた。
ポン!
「!」
宇留の肩に磨瑠香の手が軽く乗った。振り返った宇留が次に見た光景は、街灯の灯りがグルンと逆転するシーンだった。
「!!!」
ブォンッ!ダン!!!
体が地面に叩きつけられる一瞬直前の僅かな浮遊感。そんな手加減は理解出来たが、体内の宝甲の防御力を通したとしても痛い事にあまり変わりは無い。
宇留も磨瑠香に投げられてしまっていた。
「!······」
「···ふふん♪」
真一文字に結ばれていた磨瑠香の口元が笑みに歪む。【彼女】が見下ろした先の宇留は、倉岸と同じ表情で磨瑠香を見つめ返していた。
磨瑠香は宇留とそんな視線を交差させたまま、着ていた寝間着の第二ボタンまでを片手で外し、胸元からロルトノクの琥珀を引き上げ内部のヒメナを見つめた。ロルトノクの琥珀はヒメナの動揺を示すかのように、仄かにオレンジ色の輝きを湛えている。
「···マ、マルカ??」
ヒメナまでもが宇留や倉岸と同じ表情で驚いているのが可笑しかったのだろう。磨瑠香の表情が更に笑顔で歪んだ。
「···フフフっ!」
磨瑠香は微笑みながら宇留に切な気な視線を一度送り、再びヒメナに視点を戻す。
「···スッキリした!···磨瑠香を恨まないでね?」
ヒメナにそれだけ告げた磨瑠香?は優しくロルトノクの琥珀を胸元に下げ、瞳を閉じて一度コクンと頭を項垂れる。
だがスグにハッ!とした表情の磨瑠香が顔を上げた。そして踞る宇留を見つけると、目をギョッと見開いて宇留にすがり付いた。
「わ!わああああああああ!な!なんで!?なんで私宇留くんにまでなんて事してるのー!!!?」
「わ!だ、大丈夫!大丈夫だから!磨瑠香さん!」
「マルカ!」
一連の磨瑠香の行動は自分の意識下での行動ではなかったようだ。
悲しいかな経験則に基づき、宇留とヒメナ、倉岸の心中でとある可能性が真っ先に頭に浮かぶ。
もしその可能性があるのならば、宇留とヒメナは認めたくないと思った。だが、その可能性には今の所なんの確証も無いので、結論付ける事は先送りになる。そして磨瑠香は恐らく正気に戻った上、少なくとも二人を投げ飛ばした時の記憶もあるらしい。しかしそれではなおのこと。現状、磨瑠香の胸中を察すれば、メンタルがミキサー状態である事は想像に難くない。
「そんなトコに居たのかァ?琥珀の姫ェ···ふ、ふ、トゥフフ···」
この期に及んでまだ強がるつもりなのか?。
倉岸は笑いながら立ち上がろうとした。だが意外な反撃のショックからか歯の根は噛み合っておらず、宇留達への極端な挑発は関心吸収機の為とネタは既に割れている。
煽りの説得力が無い。あまりの空気の読め無さに怒りを通り越して呆れ、反射して再び怒りへと戻って来る程に宇留とヒメナが激昂しそうになったのは、今まで確信があるようでなかった磨瑠香の、友人の本当の気持ちが明らかに不本意な形でネタバレしてしまった事に原因があった。そして勿論、その不満は宇留達よりも先に本人から噴出する。磨瑠香は申し訳なさで泣き腫らした顔を上げて倉岸に向けた。
「···このバカあああ!何でなの!!何回も何回も!こんな時にも!私頑張ってるのに!負けたくないって頑張ってるのに!!今日も楽しかったのに!明日も頑張ろうと思ってたのになんで!なんでこんな事ばっかりぃ!···ちゃった···こんな風にバレちゃったよおお!うっ!ううう!!わあああああ···!」
「マルカぁ···」
「!!!」
泣いている磨瑠香の思いの丈を聞いたヒメナの瞳からも涙が溢れ、宇留は拳を握り怒りを込めて倉岸を睨む。と、その時だった。
キュボッッ!!
「うわっ!わひぃ!!火!ヒヒ!」
倉岸の上着ポケットの中身が爆発するように破裂した。生地が焦げ、煙が上がっている。相当熱いのか尻餅を突いた倉岸はジタバタと慌てながら燻る煙を払うように手で素早く叩いている。
どうやら磨瑠香達三人から溢れた膨大な関心の力を貯蔵しきれなくなった吸収機が、耐えられず自壊したようだ。
その焦げ臭さに混ざって周囲に華やか香りが色濃く漂う。宇留はこの時になって、倉岸から香る香水の匂いが関心吸収機に由来する匂いだったと理解した。そして倉岸の雰囲気が変わった。
関心吸収機はその他の装備とも連動していたらしく、それに伴い今まで倉岸が纏っていた異質なオーラの鎧は消えたような気がした。それは、それまで怒っていた人が急に笑顔になって虚勢を捨て去った時のような、不思議な感覚だった。
「··············」
「!」
倉岸はなにやらブツブツと呟きながら体勢を立て直す。そしてフラりと片足を引く。逃げるつもりだ。
「くぅッッ!」
宇留の思った通り、倉岸は踵を返して駆け出した。
「な!待···」
追いかけようとした宇留は一瞬躊躇した。磨瑠香をフォローしようか?だがどんな声を掛けようか?そんな宇留の判断を押しきるように、ヒメナが叫ぶ。
「ウリュ!追い掛けて!」
「!!」
「マルカは任せて!早く!」
宇留は踞ったまま顔を覆い、泣き続ける磨瑠香の姿を見て何故か察した。今はそっとしておく事が最善だと直感する。
「······」
声も掛けないのは実は躊躇われたが、ヒメナを信用し、宇留も倉岸が去った方へ振り返り走り出した。
「······う!ぅうううう···!」
声を掛けてほしかった。
今は使命を忘れて側に居てほしかった。
無言で立ち去った宇留の遠退く足音、そんなどうしようもない切なさが、涙腺に痛い程、堪えきれない程染み渡る。
暖かい手の感覚。それがギュッとそんな磨瑠香の肩を抱いた。
「マルカ···マルカぁ···」
涙声のヒメナの口調はその手の動きと連動していた。肩口の手の感覚とは違うもう一方の手の感覚は頭に伸びて磨瑠香の髪を撫でる。
「う!ぅぅぅ···!」
「大丈夫!思い全部吐き出して楽になって!磨瑠香は強い!負けない!大丈夫!大丈夫!」
「ぃ···ううぅう···ひぅうぅ···!」
優しすぎる親友のフォロー。心の回転数が緩やかになっていく。磨瑠香はヒメナの為に宇留の名を呼びたいという思いだけは堪えながら、その場で泣き続けていた。
「!」
倉岸を追って来た宇留の目に、屋根のシルエットが写り込む。
ちょっとした峠道の終わり、夜目に映る古い鳥居、不法投棄注意の看板、レールバイクあっち↙の看板、古代の森まで1、7キロという看板。
宇留がもうそんなにバンガローから走ったのか?と思っていると気配がする。
商店街と住宅街が混ざったような町の一角。壁もフェンスも無い高い屋根の倉庫がある未舗装の広場。
静か過ぎるその町は、街灯のみが道路沿いを照らし、建物の窓から漏れる光等は見える範囲に目はつかない。
その広場に逆さまに置かれたコンクリート製のU字側溝ブロックの上。誰かが座り、肩を上下させ、息を整えている。
その光景はあまりにも哀れだった。
宇留は呆れたようにため息をつき、少年と思しきそのやや小柄な影に近付いていきなり声を掛けた。
「?···ねぇ!エブ!!」
「え!エブぅ?!!」
倉岸は宇留が思ったよりもあっけらかんとした口調で応えたが、息はまだ上がっている。宇留は驚く倉岸を無視するように、結構近い位地に並んで座る。当然倉岸は精神的衛生距離を保つため、腰を浮かせて横にスライドして座り直す。
「まだ若いのにスタミナ無いなぁ?体育しないからだよ体育!どうせあれでしょ?チクチク機械いじりばっかりしてたんでしょ?居宅部で?」
「は!?帰宅部じゃなくて?!」
思わず素でツッコんでしまう倉岸。そしてそれを激しく後悔する。
「俺もね?居宅部だったんだよ~誰かさんのせいで!?」
暗くてよくわからないが、軽い口調に反して宇留の目は笑っていない。
「そんな部は無ぇ!ハァ···エブなんて呼び方で俺を呼ぶのはキサマくらいだ!」
そう言いながら倉岸はプイと宇留とは反対側を向いた。
呪いは解けている。
倉岸が向こうを向いたのは宇留と顔を合わせたくなかっただけでなく、そんな宇留が放つ不思議な居心地の良さを認めたくなかったからだった。
「勘違いするなって!俺は絶対に許さん!いつか絶対磨瑠香さんに謝ってもらう!」
「へ!何が!」
「ていうかエブじゃなくて倉岸はさ?」
「あ?」
その質問に恐る恐る振り返る倉岸。
「···ひょっとして磨瑠香さんの事好きなの?」
「ブェデッフオォッッ!」
夏の夜の湿度を思い切り吸い込んだ倉岸が何故か咳き込む。そして遠くで犬がワンワンと吠える。
「ゲフォ!···な!知るか!騰は今俺のタダの操り人形だ!エホ!」
「えー?いいじゃん!林間学校ナイトだぜ?今宵は!」
そんな宇留の対応に違和感を感じる倉岸。また遠くで犬が吠えた。
倉岸が戸惑っていると、宇留は右の掌を胸に当て、ねっとりとした口調で宇留に告げた。それはつい先程の、倉岸の仕草を皮肉たっぷりにコピーした動きだった。
「どういう意味だって聞いてたよね?」
「?!」
「···ムスアウ」ポン!
「······え?」
「ふムッ!」ポンポン!
宇留はそのままドヤ顔で胸を叩く。そしてまた遠くで犬が吠える。
「な!!!!」
倉岸の顔が引き吊る。宇留はドヤ顔を止めない。犬も吠えるのを止めない。
「ん?なんだあのワンちゃんウルサイな···?」
宇留は倉岸の視線の先を追って犬の居所を探った。
「!!」
三百メートル先の街灯の下に誰かが立っていた。凄まじい違和感と焦燥感。そのすぐ側に駐車された大型車が小さく見える。かなりの巨体のようだ。
「ヤバい···怪獣のおっさんだ!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる