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絢爛!思いの丈!
奮い立て
しおりを挟むそれは思い出の1ページ。
暗くも眩しい広場で磨瑠香、そして宇留と琥珀の中のヒメナが向かい合っている。
その光景をアンバーニオンと大切な人々が和やかに見守っていた。
違和感。
これは誰の視点??
途端に磨瑠香の中に嫌悪感が満ちる。大切な思い出に土足で踏み込まれたような嫌悪感。でもそれでいて、どうしても捨てられない物に向ける未練がましい感情のようなものがその嫌悪感には込められていて、何故かその無粋な視線の主を許してしまいたくなった。
「マルカ!!」
「はっ!」
ヒメナが呼ぶ叫び声。磨瑠香は気が付いた。
街灯の灯り。彼女達はいきなり何処かの道路の真ん中に立っていた。
そして一つ先の街灯に照らされた少年の背中。磨瑠香達はすぐに宇留本人だと理解する。
「は···!」
ドッ!!
迷い無く一歩踏み出した磨瑠香の歩みが阻まれる。
透明なガラスで出来たペーストのような力が、磨瑠香がそれ以上進むのを止めている。
「な!なにコレ!う、宇留くーん!」
「ウリュ!」
二人の声も届かないらしく、宇留は振り返らない。そのガラスの力に両手を突いた磨瑠香は、宇留の向こうに誰かが居る事に気付く。そして朧気に見えるその人物の顔を見た磨瑠香の表情は、驚愕に変わっていった。
「!─────────」
「トゥフフ···」
ニヤけながら宇留に歩み寄って来る倉岸こと転生したエブブゲガ。
だが彼が一歩一歩進む度、まるでゲームのグラフィックバグのようにアトランダムに姿が消えたり現れたりしている。
以前の宇留であれば、目の前の異質な存在を前に分析という判断を通り越して此の世のものでは無い感を溢れさせ、そしてその思い込みに支配されるがまま大いに怯んでいたであろう。
しかし非日常に身を置き、既に一般的に通常では無いという状況を受け入れている彼にとってそれは、いずれ解明すべき相手の固有能力が引き起こす現象のひとつに過ぎなかった。
倉岸は宇留の顔前八十センチ前で歩みを止めた。
倉岸からは、大人向けの香水の香りが仄かに漂い宇留の鼻腔を突く。たとえ同級生の観点から鑑てもマセ過ぎだと、その香りは宇留の癪をくすぐる。
気に入らない。そう、正直に気に入らなかった。
二人の顔半分には互いに街灯が作り出した黒い影が纏わり付き、一方は睨み、一方は嗤い、二つの閃く視線がその合間で押し合った。
「須舞 宇留···もう分かってると思うが、コイツ、この体はお前が知ってるコイツじゃない···」
倉岸は右の掌を胸に当て、ねっとりとした口調で宇留に告げた。
「エブブゲガ···!」
宇留は怒りで細めていた瞼を更に狭く閉じながら確信だけを述べる。一方倉岸はピクッとわざとらしく仰け反り、笑みに歪めていた口を丸くした。
「おゥ!正解!まぁ、俺の事は色々お仲間に聞いてるんだろなぁ?」
「また違う···それだけじゃない!何回間違えるんだよ?」
宇留は額を掬い上げるように、倉岸の前に少し近付いて煽る。
「どういう意味だ?」
ここでようやく倉岸から笑みが消えた。胸ぐらを掴もうと宇留が手を伸ばした瞬間。耳を塞がれた時のようなボッ!とした音と共に倉岸の姿が消えた。
「!?」
「イイ事教えてやろゥ、須舞 宇留ゥ!」
いつの間にか倉岸は宇留の背後に佇み、街灯を見上げていた。
「···あの時、お前と藍罠にアルコトナイコト吹き込んで困らせたのはわざとだ!」
···それは昨年のこと。
かつて倉岸は、磨瑠香に対して宇留が好意を持っている。と勝手に決めつけ、冷やかしの為なのか倉岸一人の中だけで盛り上がった事に端を発する。
宇留は当時、違うと否定はした。そして何度目からか、そのやりとりが異常にしつこ過ぎてスルーし始めた。
宇留と倉岸の間だけのやりとりだけならまだ良かったのだ。
しかし宇留の対応が気に食わなかったのか、倉岸は周囲に言いふらして回った上、その事に苦言を呈した宇留に逆上して事もあろうにクラス全員の前でその嘘を発表した。勿論磨瑠香もそれを聞いた。
宇留にしてみれば、自分と無根拠にレッテルを張られた磨瑠香の名誉を守るための否定だったのだが、宇留の強い否定は不幸にも裏目に出た。
宇留に嫌われていると勘違いした磨瑠香が泣き出したインパクトで宇留の人望は一時的に地に堕ち、宇留の反論は皆に届く事は無かった······
予想だにしなかった失望感。
宇留は何より、一人の男として時々親切にしてくれた事がある磨璃香を泣かせてしまった自分が許せなかった。
宇留は想像以上に塞ぎ込む事になる。一ヶ月程学校に通えなくなり外に出ると足が止まってしまうようになった。
だが程無くして、宇留は現在のように持ち直した。
磨瑠香ともかけがえのない仲直りが出来た。
それを可能にしたのは、五雄達友人をはじめクラスの何人かから前向きなメッセージを貰った事、家族にしっかり心身を支えてもらった事、そしてヒメナやアンバーニオン、新たな仲間達と出会い、自身の運命と向き合って初めて体験した“再生„の力が魂に染みた事があったからこそである。
「あれが···!」
「!」
倉岸はもう少し宇留が失望する事に期待していた。だが意外にも宇留は比較的冷静に倉岸に向き直り訊ねた。
倉岸はその動揺を悟られまいと、再び嫌な笑みを宇留に向けて話を続ける。
そしてその背後で、磨瑠香とヒメナも彼らの対話を聞いていた。
「···須舞と藍罠から余分に吸収した関心は中々良質だったぞぉ~?陛下にあのボディは奪われこそしたが!おかげで今の俺の仕事はイッキに進んだぁ!礼を言うぞ?俺の見込んだ通り、存外藍罠もデレデレだったのかもなーぁ?」
ガバッ!
「!!」
倉岸が瞬きをした瞬間。宇留は凄まじい速さで倉岸に詰め寄って服の両襟を掴んでいた。
「これ以上磨瑠香さんを勝手にサゲたら許さない!」
ボッ!
再び音がして、倉岸が消えた。
そして宇留から三メートルの距離を開け、再び倉岸が姿を現す。その時丁度倉岸は、ポケットから右手を引き抜く所だった。そして左手をフルフルと振っている。宇留の脇腹にも僅かな鈍痛があった。
「?」
「おー速ぃ!、腹筋硬ぇ!、もう先輩みてーな宝甲人間になってるみてーだな?···それで続きな、俺はお前らのその関心を元手に次元を開き、帝国居城に赴いて技術力を多少整える事が出来たのさ!礼を言うぞ?でもそーだなぁ?代わりに置いて来た俺のお土産で得してる奴も帝国に居るだろーなぁ?」
「!、く、エブブゲガッ···!」
「ひょっとしたら、お前らの「おかげ」でもたらされた俺のアイディアで苦しむ事になった人間もイタリシテー?············お?!」
「?」
倉岸はヌルリと振り返り、何も無い道路上を見つめている。宇留はそんな倉岸の動向が読めず立ち尽くすばかりだった。
「···例えばこんなふーになー?」
ボッ!
「ひゃっ!」
「!」
再び響いた奇妙な音。消えた倉岸。
いつの間にか再出現した倉岸は、磨瑠香を後ろから羽交い締めにして宇留に見せ付けていた。
「磨瑠香さん!!!」
「宇留くん!!!」
「動くな!お前は藍罠、藍罠はよーく寝てる生徒達がどーなるか?!···さぁ!アンバーニオンの琥珀だよ!須舞 宇留!」
「やめろ!」
「動くなって言ったろ!」
「そうじゃなくて!···」
お前の方が···と言いかけた宇留だったが、磨瑠香は諦めたように顎を引き、俯いて脱力を体の芯に込め始める。宇留がヤバい、お約束だ···と心配していると、眉毛をハの字に歪めた倉岸が宇留に訊ねた。
「まさか?持ってないのか?」
倉岸は現在の自分にとって都合の悪い予想をしていた。
以前の記憶。ムスアウが制御の琥珀を使用せずにアンバーニオンを扱うという予測を立てていた事を思い出す。まさか···と思っていると、俯いて脱力したように見える磨瑠香のうなじに細い鎖が見えた。
たちまち先程までの予測が、この新たな予測で彼の脳裏を埋め尽くした。
「成る程ぉ、ここかぁ?!」
倉岸の手が磨瑠香の襟元、ロルトノクの琥珀の鎖に伸びる······
スパァァ────────ン!
閃光が音に変わったような、見事な一本背負いが綺麗に倉岸へ炸裂した。
「!────────」
路面に仰向けに寝伏した倉岸は憑き物が落ちたような表情を浮かべ、街灯に群がる虫を見上げている。
「アレ?」
そして待てども痛みがやってこない。どうやら路面がアスファルトだという事も相まって、充分な手加減もされているらしい。
「だから言わんこっちゃない」
宇留は肩を落として気を抜いている。
「な!なんで?空手部だったんじゃ!?」
もうすでに見当違いのセリフを絞り出すほど上の空になった倉岸。だが次の磨瑠香のセリフは、宇留達を驚愕させるものだった。
「黙れ、キューピッド···」
その口調は普段の磨瑠香のものではなかった。低く据わり、氷の上を刃物で撫でるようなクールな口調。
「マルカ···?」
磨瑠香の胸元で、ヒメナは心配そうに彼女の名前を呼んだ。
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