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絢爛!思いの丈!
無 感
しおりを挟むその怒りは自分でも驚く程静かなものだった。
琥珀の中で揺らめく炎。
その一瞬を静止画で切り取ったような心のそんな熱さだけが、間違い無くこの暗い夜道を進む為の灯火だった。
現に体内の宝甲は、闇夜の中で宇留にオレンジ色の暗視能力を発現させている。
だがその研ぎ澄まされた感覚を試すように風はなく、夏虫の声は止み、周囲の暗闇はまるで全ての現実を貪り尽くしたように五感へのアプローチを控えめにしていた。
宇留が進む道路沿い。木々やアスファルトの凹凸の表面に積もった夏の湿度だけが跳ね返す僅かな街灯の灯りは、宇留の五十メートル先を歩く少女のシルエットと相まって、まるで悪夢のワンシーンのようだ。
─────
シルエットは相変わらずか細い声で宇留を呼んでいる。
外したヘッドホンから漏れ聞こえる電子音のような呼び声。
最初こそ磨瑠香の声と思ったものの、聞き慣れた今となってはただの効果音程度にしか聞こえない単調な声。バカにされているのは明らかな事。それが今歩む理由。
自信を持て!暗闇なら何度か抜けた。そしてもっと暗いトンネルが先にある事もわかってる。このくらい···このくらいの事で···!
一方的にこちらを監視し、釣り餌を手繰り寄せているであろう存在の表情を想像する宇留の足にはより一層、一歩一歩に力が込められていく······。
バンガローの周囲を数機の小型怪ドローンが飛び回っている。何らかの改造のせいか音も無く飛び、強制快眠周波数を発しているそれらは衣懐学園の生徒達を深い眠りに誘い込んでいた。
その内一機の機体表面がスパークし、一瞬墜落しそうになった。だがその怪ドローンはすぐに持ち直し浮上すると、今まで直進していたルートを離れ、何処かへと戻って行った。
様子を見ながら管理棟に向かおうとしていたアンバーニオン軍女子部のメンバーは、同じくソロソロと向かい側からやって来た男子部メンバー全員を発見した。
「あ!お────い!」
夢令の掛け声で互いに駆け寄って合流するメンバー達。丁度バンガローの配置案内看板の前に集合した彼らは、何から話を切りだそうか言葉を選ぶ。
カシャ!
「バンガロー棟エリアのマップを手に入れた!」
案内看板をスマホのカメラで撮影した宿里は、淡々とした口調で満足そうにスマホの画面を眺めている。
「ちょっとぉ!こんな時になに?ゲームじゃあるまいし!」
薪梨が不安げに指摘していると、五雄が真剣な口調で女子部に告げた。
「宇留が居ないんだ。女子も、みんな起きない感じ?」
「うん!そうなの!なんか変なの!」
イサヤは動揺で背骨をグネグネさせながら肩を揺らしている。同時に女子部メンバー達は、男子達の異変も周知したようだ。
「男先生達も?」
「うん···!」
マユミコ委員長の質問に、男性教師の部屋を直接訪ねて確認した最が即答する。
「ぐぅもぉ!大体、女子がお泊まりDE恋バナ夜更かししないなんて異常事態にも程があるのよね!」
「ラーヤちゃん、今は···」
マユミコ委員長が怒るラーヤを宥めるが、その表情にはおおいに納得が含まれている。
「男子だって、航空博物館のお姉さんのお話とかどうせするんでしょ?」
、と真矢実は急に鼻息を荒くした。どうやら場を和ませたいらしい事は全員に伝わった。
「ええ!「いや!それ」はぁその···ん!」
「あ!オレ受付の人の方が···エホ!」
オドオドとボヤく男子達は、軽く咳払いをしながら話題が問題の議論に戻るまで耐えるしか無かった。
「けどなんで俺達だけ···?」
「······」
そんな時トノハルは、全員に視線と疑問をばら蒔いた。するとそう長くない沈黙を破って、夢令が珍しく真剣みを込めた眼差しを全員に向ける。五雄は、またか?と思ったが、夢令にも演出したいテンションがあるのだろうと察して、ただ黙って彼の意見を頂戴しておく事にした。
「山石に貰った琥珀のストラップ。これ本物のアンバーニオンのお守りじゃね?」
夢令が掲げた生徒手帳のストラップホルダーに結わえられた琥珀のアクセサリーがカランと揺れる。それを見た全員が明らかに、合点がいったという表情を見せる。
「今日虫に刺されたひと?!」
続けて夢令は全員に是非を問う。その場の全員が手を上げる事は無かった。
「そういえばそう!隣のベッドのもとちゃんは痒い痒いって言ってたのに!そういうのからも守ってくれるの?」
そう問いながらラーヤは目を見開いてスマホケースに付けた琥珀ストラップを眺める。マユミコ委員長はギュッと拳を握ると音頭を取る。
「すごい!じゃ私達でみんな助けよぉか?!とりあえずみんなで管理棟に行こう行こう!」
「「「「オッケー!」」」」
「五雄!もっかい須舞に連絡だ!」
「うん!」
「よっしゃ!アンバーニオン軍出撃開始!」
意気揚々と夜のゴノモリリゾートを進むアンバーニオン軍の少年少女達。
しかし彼らは、磨瑠香がチームの輪に居ない事に気付いていない。
バグを起こした怪ドローンによって、何故かピンポイントで磨璃香に関する認識障害が引き起こされていた。
それは琥珀のストラップの護りも、疑似黒宝甲のクラゲ型ビットの機能をも上回る強力な障害であった。
古代の森から五百メートルは離れただろうか。
薄い夜霧の舞う向こうにある街路灯の光に溶かされるように、少女のシルエットがボヤけて消える。
宇留はそのスポットライトのように煌々と照らされる方に向かって、正面を睨みながら歩いて行く。
車の通りが無いのはただ深夜だから、という理由だけでは無さそうな林の中の車道。街路灯に照らされたその道路は両脇が大きく脹らみ、消えかけたセンターラインが無ければ広場と見紛うばかりのスペースだった。
「!」
フッ、と背後に空気が下がったような錯覚が宇留を襲う。
「!、テリトリーが変わった?」
振り返った宇留に若干の焦りが湧いたが、まだ闘志のほうが上回る。
再び前に向き直った宇留が見たものは、道路の上にあった何かを掴み上げ、ゆっくりとポケットにそれを放り込む誰かの姿だった。
「!!!」
「女の子に呼ばれてノコノコ此処まで来ちゃったかぁ?須舞?」
その声を聞いてほんの少し目を据わらせる宇留。知らない奴よりは余程良かった。宇留は安心したように全くたじろがずに応えた。
「お前は勘違いしてるよ。もう少し調べろって···磨瑠香さんは俺の事を下の名前で呼ぶんだよ?」
「···へぇ?それはそれは仲のヨロシー事で?でも、そんな事はどうでもイイ。アンバーニオンの琥珀···ロルトノクの琥珀を俺に寄越せ。それがこの愛のキューピッド様に対する最高のお礼だとでも思わんかね?」
「言ってて恥ずかしくないのかよ?倉岸···」
言葉に全く物怖じを乗せず語る宇留に返礼するように、人影は街路灯の前に歩み出た。
その光の下に浮かび上がったのは、口角を全開まで引き上げて嗤う倉岸 騰。転生したエブブゲガの嫌な笑顔だった。
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