神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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絢爛!思いの丈!

宿泊物資運搬作戦

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 都内に比べ、七月後半の軸泉の気候は比較的涼やかだった。
 日向はまだしも、日陰に入ると春か秋の好天時を思わせる夏らしくない空気が肌を撫でる。
 成る程。しおりの持ち物リストにあった長袖の上着一枚。そして、バスガイドアッカさんが車内で説明していたこの地方の夏特有だという冷涼な特殊気候。それらが見事線で繋がった。
 南国育ちが夏の東北に旅をすると風邪をひく。という都市伝説もあながち間違いではなかったようだ。
 主に女子達が心配していた虫の多さも今の所大丈夫そう。
 磨瑠香は再び髪を撫でた涼しい東風こちに呼び止められた気がして、巨大な落葉樹の隙間から見える夕方の青空を見上げて立ち止まった。


 夕食前の施設案内。
 先行、女子の部。

 バンガローに荷物を置き、休憩を挟んで班ごとに集合した衣懐学園の生徒達は、男子と女子に別れて行動を開始した。
 女子は先行して施設案内。男子はイベントや宿泊用物資の準備搬入や整理整頓等という名目の力仕事。

 すっかり木立の隙間に気を取られていた磨瑠香は、いつの間にか自分達“二人„だけが遊歩道にポツンと取り残されている事に気が付いた。
 あ!待っ···!  慌てた磨瑠香が列に追い付こうとした瞬間。磨瑠香の胸元でヒメナが小声で叫ぶ。
「誰?」
「?!」
 ジャリ、と地面を踏み締める音が聞こえた。彼女らから一番近くの太い木の幹のその裏。誰かが居る。
「···にゅふふぅ···結婚式の指輪交換みたいでしたねぇ?琥珀を渡すトコ。いやはや尊かったねぇ~?」
「!ーーーーーーーー」
 少々ふざけているが芯の通った少女の声。
 ロルトノクの琥珀アンバーを宇留に手渡された所を誰かに見られていた?という焦りと、結婚式のようというキーワードがごちゃ混ぜになり、磨瑠香のパニックが一瞬にしてバーストする。顔が真っ赤になり、視線がグルグルと泳ぎ、終いには耳から蒸気でも吹き出すのではないか?という程に磨瑠香はフラつきながら混乱した。
「ぅ!わじゃぢゃだだ!ケッ!ケッコ!!ぁやや!ち、ちしがッ!そ、ソソそんな!本人ヒメナちゃんの前で?どぅえでぇでーー!!」
「ふぇ!!!」
 誰にも気付かれなかったが、ヒメナも紅潮した顔を下に向けた。

 その時突風が吹き、枝葉がサラサラと音を立てる。そして木の幹からフワッと緑色のスカートの裾が見えた。
 磨瑠香は空かさず先日の不審者少女騒動を思い出す。そして声の主は、意外と堂々と木の幹から姿を現した。
「は!」
 まず磨瑠香の視線に飛び込んで来たのは、少女が首から下げている大きめの琥珀細工のペンダントだった。着ている緑色の学生服はやはり不審者少女のものに似ている。全体的にフワッと浮き気味の長い髪にアイドルレベルのルックス。そして半端ではない場違い感と共に奇妙な既知感。それは以前騒動があった時に見ているからというものではなく、もっとずっと前から知っているような不思議な感覚だった。
「誰?」
 ヒメナが今一度問う。そして不審者少女はガックリと肩を落とす。
「!あゥ~!ショック~!やっぱりこうなっちゃってるとわかんないか~?」

「えっ?」
「ど!どういうコト?」
 不審者少女に向かって一歩踏み出す磨瑠香達。項垂うなだれた不審者少女の肩の前に、髪がサラサラと落ちる。
 
 磨瑠香ー?

「!」
 背後から磨瑠香を呼ぶマユミコ委員長の声。
 すると不審者少女は二人に背を向けた。
「あ!」
「私はすぐ近くにテントを張り、陣取り、根を張っている!困った事があれば私の印象をヨビタマエ!それではまた!」
 不審者少女は言い終わるや否や、斜面を凄まじいスピードで登っていく。それは彼女が斜面を駆け登る際に、手を掛けた木々がグイと手を連続で引き上げているかのようなスピードだった。
「はーー···」
 磨瑠香が呆然としていると、マユミコ委員長が優しく磨瑠香の手の甲を横からポンポンと叩く。
「どうしたの?」
「あ、えっと···」
 左斜め後ろに立ったマユミコ委員長に磨瑠香が答えようとした瞬間。ヒメナが磨瑠香の声色で喋る。

「···テンが居たの!山の上に登っていったよ!」

「!!」
「へーー!あのイタチっぽい動物でしょ?可愛かった?さすがI県!みんなにも言おうよ!」
 パッと笑顔になったマユミコ委員長は、磨瑠香の腕を引いて女子の列に戻ろうと招く。するとすぐにヒメナからの想文が届いた。

 (ごめんねマルカ!取り敢えずみんなには心配かけないでおこうと思って!)
 (そ、それもそうだね?成る程グッジョブヒメナちゃん!)
 (それにしてもあのコ···うーん、林間学校ミステリアス···)
 (ふふふ。ヒメナちゃん楽しんでる?)
 (ふふ、まぁ···ね?)

 磨瑠香とヒメナは笑うのを堪えながら列に戻る。だがヒメナは、また一波乱あるのではないかという予感に、ひたすら打ちひしがれていた。



 一方、男子組。

 彼らは、手分けしてケース入りの無料水ペットボトル二十四本入りなどの物資を配り続けていた。カートや一輪運搬車ネコを使い女子用バンガローの玄関口に配る生徒や、一人一ケースを持って自室に運ぶ生徒。
 他には大食堂のスタンバイやレクリエーション用道具のまとめ等、黙々だがどうも気だるさが全体に蔓延している。
 宇留、五雄、夢令、宿里と他四人。他四人は他の作業に駆り出されているので、宇留達四人はそれぞれペットボトルを一ケースずつ持って自分達のバンガローと倉庫を行ったり来たりしていた。
「ぃよいしょ!」
 一往復した夢令がケースを床にズンと置く。玄関から見える簡易キッチンでは、宿里が奥にある冷蔵庫にペットボトルを放り込んでいた。
「おかえりィ!そこ置いといてイイヨ!俺全部詰めるから」
「あれ?宿里、宇留達は?先に来たでしょ?」
「うーん、なんかもうひとケースずつ持って来るって。五雄も行ったよ?」
「やったー!おれスゲー水飲むから助かるー!」
「じゃあもっと持ってくれば?在庫凄かったし飲み放題だし余ってもいいっていうし···」
「そうするー!」
 夢令は靴の踵をパタパタと鳴らしながら再び倉庫まで走り出した。

 シャッターが男子生徒達の平均身長分中途半端に開いている物資倉庫。
 大方必要な物の搬出が終わったのか、外に生徒達の姿は無い。
 五雄は、なんとはなしに静かになった倉庫に無言で近寄った。
「!」
 薄暗い倉庫内部では、宇留がフラフラしながら物資を吟味しているように見えた。
 途端にイタズラ心が芽生えた五雄は、宇留を驚かせようと忍び足を始めた。

「グスッ···」
「?」

 宇留が鼻を啜った。今度は続けて手の甲で顔を拭いながらスンと息を吸う。すぐに察した五雄は動けなくなってしまった。

 な、泣いてる??

 そしてすぐに五雄の肩が誰かに掴まれ後ろに引き寄せられる。既にその犯人の目星をつけていた五雄は、最小限音を立てないように足を捌き、その引力に身を任せつつ倉庫の外で振り向いた。
 五雄の肩を掴んだ夢令が珍しく真剣な顔で五雄を見つめている。そしてそのまま二人は、音を立てず気配を消して、爪先走りで舗装の上を走って倉庫から十メートル以上離れた。

「!ーーーー」
「!ーーーー」
 五雄も夢令もあんぐりと口を開けて呼吸を整えている。そしてバンガローへと元来た道を戻りながら、どちらからとでもいう訳でも無く小声での会話が始まった。
「泣いてた···どうしたんだよ宇留···」
「いや、須舞だって色々あるってェ、男泣きだぜ?そっとしとこう?」
「ま、まぁ、季節外れの花粉症かもしんないしな!」
「······」

 焦燥感に溢れたままの二人がバンガローに戻ると、宿里と他四人中の内一人が玄関で立ち話をしていた。
 宿里は顎に指先を当て瞼を半開きにし、彼らにはお馴染みの探偵モードになっていた。
「どうしたの宝来ホギー?事件?」
 夢令は彼らに気付いた男子生徒、宝来ほぎくんに声を掛けた。
「ああ!夢令!俺、ここのスタッフさん達のコソコソ話聞いちゃって!···」
 事情を語り出す宝来くん。そしていつの間にか彼らの気付かない内に、バンガローの玄関天井には黒い監視カメラのような装置が取り付いていた。
 黒い監視カメラの表面に浮かんだキャラクターのようなジト目は、彼らを見下ろしながら会話も聞いていた。




「大変質者!?」
 宝来くんの話を事細かに聞いた夢令は、彼がこっそり聞いてしまったという聞き慣れないキーワードを復唱した。
「大変質者って本当に言ってたんだよ!なんか出たとか、廃線跡に居たとか!警戒を強化するとかも!」
 それを聞いた監視カメラのジト目が、ギョッと見開かれる。
「でもあれだな?ただの変質者は絶対イヤだけども、大とかのパワーワードが付くとちょっと興味があるってゆーかなんとかイイマスかッ、まぁったく!イヤだねぇ?人間の役得根性ってのは?ヤレヤレ···」
「···」「···」「···」「···」
 名台詞を言った気になっている探偵モードの宿里を、全員が少しウザいと思ってしまった。
「うーん、でもこのままでは林間学校生人いきじん事件に発展するかもな?」
「なんだよ宿里!生人事件って!特に何にも事件起こってねーじゃねーか!」
「いや!···もう楽しく終わらせようよ」
「!」「!」「!」「!」
 全員が五雄らしからぬ信念の込もった一言に注目する。
「俺達が出来る事は普段頑張ってる友達みんなの為に楽しくこの林間学校を終わらせる事なんだよ!」
「「「オオオ!」」」
 宿里と宝来くんは拍手を叩き、夢令は笑顔で五雄の肩を掴んでガシガシ揺らし、それに続き宿里達は五雄と固い握手を交わしている。

 そこへ丁度段ボールケースを抱えて戻って来た宇留は、熱く健闘を称えあう友人達を不思議そうな目で見ていた。












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