上 下
103 / 160
絢爛!思いの丈!

こ っ ち

しおりを挟む

 軸泉市。
 ゴノモリリゾート旧館。
 古代の森インフォメーションセンター。

 先に到着した衣懐学園中等部二学年御一行様3クラスの生徒達は、既に護森を含めた旧館職員への挨拶を済ませ、記帳チェックインと休憩も兼ねて各グループに割り当てられたバンガローへの移動を開始している。
 護森は、あらかじめ予約されていた一部の生徒グループの取材に応じる為、インフォメーションセンターを離れ、隣のクラフトワーク体験館にて数人の生徒達と話をしていた。

「これが磨く前のものですか?」
 放送部であるという眼鏡の生徒は、まだ石に全体の大半が埋まっている加工前の琥珀原石を手に取って眺め、傍らの護森に質問した。もう一人の生徒は小型のビデオカメラで彼らを撮影し、もう一人の生徒はスマホ画面をタイプしながらメモを取っている。
「ええ、この後あちらで磨いてアクセサリー用の琥珀にしていきます」
 護森は掌をサッとかざして研磨機等が置いてあるブースを指し示す。
「あらかじめご連絡はしていましたが、今回の琥珀クラフト体験は抽選に対して応募者多数という事で、ご提供出来る琥珀には限りがありますので、惜しくも抽選に外れてしまった皆さんには貝殻アクセサリーを作って頂く事になるんです···いやぁ申し訳ない」

 護森が少し照れるように生徒達に告げている頃。軸泉市のとある海岸では、わんちィとパニぃが小砂利混じりの砂浜をすきでジャクジャクとほじくり返していた。



「ぬがっく!、じゃっく!、ふんがっく!」
 海水浴客が呆然と見つめる中、数本の作業中のぼりで作業エリアが区切られた海岸の波打ち際では、麦わら帽子にサングラス、タオルを首から下げ、裾を捲った赤ジャージ姿の彼女らによって砂のあぜが盛られていく。すると海岸沿いの道路脇にある駐車場代わりのフリースペースにパトカーが停車し、若い警官二人が降りて来た。
「なにやってんのー!砂浜が畑みたいになってんぞー!」
 少々ガラの悪そうな先輩らしきの方の警官が声を荒げる。確かに遠くから見れば、かなりの広範囲が畑のようになっていた。
 わんちィはサングラスを威圧感たっぷりに目元から引き剥がしながら警官を睨み返す。
「許可は取ってんのーー!貝殻取りィ!!それにちゃんと戻すってば!明日の生徒こども達が琥珀か貝殻待ってんだっつーの!どっかの誰かアンバーニオンさんのせいで琥珀が人気過ぎて足りないんだよ!どっかの誰かさんの小説と違ってな?!」
「うっ···!」
「それに明日は海組のコ達もいるからゴミ拾いもついでだ!文句あるかぁ!っていうか同級生だからってそんな口調でいいのかー!」
「···ん!あぁ!お客さんの都合か?なら···まぁ我々も海水浴客からの通報で一応来ただけだし、それなら···鮫田!確認取って?」
「はいっ!」
 ブルーシートに山盛りなった貝殻の脇に立った先輩警官が、後輩に指示しながら海岸の向こうに見える漁協施設を指差す。すると、波の中から鋤で何かを引き摺り上げたパニぃが嬉しそうな悲鳴を上げた。
「うわあああ!戻っ!戻ってきたドローン!」
 パニぃはすっかり海中で傷んだ見覚えのあるドローンを持ち上げた。パーツの隙間に絡んだ海水がバシャバシャと波打ち際に落ち、パニぃは服が濡れぬように若干及び腰になっている。
「もっ!戻ッ!戻って?戻って来たって、まさか不法投棄じゃアルマイネ?」
 先輩警官はわざとわんちィを煽るような口調でいぶかしむ。
「んな事ぁるかー!任務じゃ任務!任務関係で行方不明だったのじゃ!」
「っていうか、この貝殻こんなにどうやって二人で車まで運ぶんだよ?ざっと五十キロはあるぜ?」
「お巡りさん手伝ってぇ?」
 わんちィとパニぃは急に媚びるような口調になり、サングラスの表面を潤ませ、喉元で手を組んで先輩警官に運搬の補助を懇願した。
「な!助けが必要ならこんなに貯めんなー!」
 先輩警官はそう言いつつも、ブルーシートの周りを歩きながら持ち上げる為の工夫を探し始める。
「先輩!連絡取れました!」
「あちょ!鮫田も手伝って!」
あんたわんちィが俺の後輩に指図すな!」

「うお!足が沈むゥ!」
 四人は仕方なくブルーシートの四隅を持って、砂に足を取られながら護ノ森諸店の軽トラに向かって歩いた。


 
 
「ふ~~ん」
 護森にインタビューしていた放送部の生徒は、護森に手渡された見知らぬ虫入りの琥珀を照明に晒して眺めていた。
「この中に···」
「?」
「この中に、大昔の時間も一緒に入ってるんですねぇ?」
「?、え、ええ」
 窓から差し込む午後の日差しがインタビューの生徒の眼鏡を光らせる。護森が一瞬、その輝きに仄かな危うさを感じた時だった。
「すいません社長さん、彼はどうもロマンチストで···」
「ふふ」
 カメラの生徒がインタビューの生徒をいじり、メモの生徒が笑うと同時に、護森も社交辞令で笑顔になった。


 そんな護森の視界の隅に、白くうねる影が動いた。少し遅れていた宇留のクラスの観光バスがようやくエントランスへ到着したようだ。放送部の生徒達も、付き添いのスタッフも続けてそれに気付く。
「あ、!2ーB来た!」
「じゃ!社長!今はこのへんで···」
「あぁ!、うんそうだね?」
「···はい、ありがとうございました。社長さん、それではまた後でヨロシクオネガイシマス!···」

 スタッフに連れられ、バンガローへと向かう放送部と別れた護森は、宇留達二年B組を迎えにインフォメーションセンターへと再び歩みを進めた。



 時間に遅れた事で簡易的になってしまった入場式ではあったが、無事挨拶を済ませた二年B組。
 式の最中も、護森は優しげなアイコンタクトを時折宇留に送るだけで、声を直々に掛けたりなど宇留が悪目立ちするような事はしなかった。
 宇留が成り行きで遅めのチェックインを終えた頃。インフォメーションセンターを出た所で、恐らく宇留を待っていたのであろう磨瑠香が声を掛けてきた。
「宇留くん!宇留くん!」
「ぇへ?!」
 磨瑠香はソワソワしながら宇留に顔を近付ける。
「?!」
『女子こっち女子こっち女子こっち···』
「?」
 周囲を気にしながら小声でなにやら連呼する磨瑠香。
 宇留とヒメナはすぐに、磨瑠香は女子が使用する方のバンガローにヒメナを連れて行きたいのだろうと察した。思わず『ああ、成る程!』と口を開いた表情と頷きのみで宇留は答える。
 宇留はすぐさま、ヒメナとの想文チャットを開いた。

 (···だって、どうする?ヒメナ?)

 (うんいいよ?楽しみ!だってもう何かあっても“大丈夫„だもんね?)

 (!)

「···押忍!では···」
 宇留は磨瑠香が楽しそうにしている手前、ポーカーフェイスを貫いてそれを了承した。
 現在、ヒメナが担っていたアンバーニオンの制御系統の大半以上が宇留に委譲されている。“何かあっても„というのは、宇留一人でもアンバーニオンを動かせる。···そういう事だった。


「···」
 宇留は黙って磨瑠香の手を取る。
「!」
 磨瑠香の表情は紅潮に溢れたが、宇留は黙って握った手元に集中していた。
 そして宇留の首元でチャキリと鎖の外れる音がした。
 やがて宇留の半袖の下を潜って腕に沿うようにロルトノクの琥珀ヒメナが滑り出て磨瑠香の手に収まった。

「···」

「!!!」
 何かを諦めたような、しかし安心しているような。

 伏せ目がちに達観したような宇留の表情は磨瑠香にとって抗いようも無くとても綺麗で、もう戻れない程に彼をますます好きになっていた。










 
 
しおりを挟む

処理中です...