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絢爛!思いの丈!

写 真

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「もしかッ!···アッカ?!」
「(アッカ!)」
「!?、ネコチャ···はッッ!」
 バスガイドの正体が巨大猫アッカソイガターが化けた姿である事に気付いた宇留とヒメナ、そして驚いて口元に手を添える磨瑠香。だが磨瑠香は、考え無しにバスガイドを猫呼ばわりしてしまった事に対して挙動不審に陥り、慌てて周囲を見渡した。
「あ!いやいいのか、ネコチャンでいいのか···」
 磨瑠香は落ち着こうと無理矢理納得して、今度は秘密保持に移る。アルキ先生とマユミコ委員長はまだ打ち合わせをしているし、バスの窓からは多数の無表情男子の顔が心霊写真のようにこちらを見下ろして···見下ろし?···?「?」···三度見してしまった磨瑠香が四度見をする頃、男子達の顔はヌルッと奥へと消えた。どうやら全員宇留とじゃれ合うバスガイドアッカさんを凝視していたようである。

「···ん!エホン!"ッッ!」
「あ!」
 磨瑠香が咳払いで二人を牽制する。
 驚いたアッカさんは、「ニャああ""!」と叫んで嫌がる宇留の背後から平手の側面で両側頭部を挟み込み、猫耳ロックを仕掛けている最中だった。

「お!アイやすまねーナお嬢さん!時間無かったんだっけ?えと!ホレ?セツコやオミユの間でオレだけ人間体がオッサンってのもテイストが合ってニャいニャろってナ?」

 完全にネコモードの時とは違う女性の声で喋るアッカさんは、自身のバスガイド制服のあちらこちらに視線を泳がせながらはしゃぎ過ぎた事を誤魔化す。
 そのタイミングで打ち合わせを終えたであろうアルキ先生とマユミコ委員長が宇留達に目配せをしたので、アッカさんは「あ!さささ!行こ行こ!出発しますよ!」と二人の背中を押してバスの乗降口に宇留達を急かした。





 一方その頃。
 K県、海上国防隊、朝香透あさかすか基地。第二食堂。
 
 第二食堂と言っても、お洒落な造りのメインの食堂に比べ、ほぼ休憩室扱いになっている殺風景な部屋に集合している重深隊の隊員メンバー達は、それぞれ暇潰しをする事もせず誰かを待っていた。
 ゴライゴやガーファル達との邂逅から一週間以上。重深隊の待機任務と一部の隊員にとっての休暇は、まだ引き続いていた。勿論、使用出来る艦艇の問題もあったのだが、軽傷者のみで終わった先の作戦から休養日を挟んだとしても、それは全員が腐る不安に陥るまでの時間としてはかなり充分なものだった。
 そんな朝香透基地に、当日明朝抜き打ち的にもたらされた情報。
【偉い人】が本日やって来る。···という事で基地内は総毛立ち、現在隊内の重役達は呼び出されている真っ最中である。

 重深隊のメンバーの食休みが済む頃、正装の胡桃下と晶叉が扉を開けて戻って来た。
「あ!、ど、どうでした?!」
 全員が立ち上がり、執間がどちらにという訳でもなく声を掛ける。
「ふっふっ!」
「?」
 胡桃下は困ったように笑みを晶叉に向ける。艦長のその代わり、とばかりに晶叉が執間に返答する。
「ちゃんと真っ向から会話したのは、今日が初めてだったかな?やっぱりイメージと違うかただったよ!やっぱり何か、上の方で打ち合わせ?があったらしい」
 晶叉はそう告げながら、立てた人差し指を上へツンツンと上下させた。
「そ!それでっ!?」
「うーん、まだ出向先も不明で正式な辞令も後日なんだけど···?艦長、なんでしたっけ?特殊·出向·特務·臨時のぉ·副なんとかの·代理代理···?」
 晶叉は指を折りながら胡桃下に確認する。晶叉が区切る度、全員がコクンコクンと頷いて頭を上下させる。
「···いや違いますね?臨時·特殊·代理·出向·特務副長官の、アレ?何でしたっけ?艦長?」
 晶叉にフられた胡桃下は何も声に出さず、隊員達に口パクで何事か呟いた。
「!ーーーーーーー」
 ヒュバッ!
 その瞬間、執間をはじめとする隊員達は圧倒的精緻さを発揮して迅速に整列し晶叉に敬礼を向けていた。
「え!!ちょ!そ、そんなに?!ま、待ってよみんな!」
「···そういう事です、代々殿だいだいどの?」
 胡桃下もゆっくりと全員の前に出ると晶叉に向かい直って敬礼をした。
「ちょ!か、艦長まで!」
「まぁまぁ···練習ですから···それはそうと、こんな食堂ところではありますが·········全員なおれ!」
 胡桃下は戸惑う晶叉にかまう事無く、敬礼をしたまま第二食堂を隅々まで見渡す。持ち込み専用の食堂で厨房は無く、給湯コーナーと自販機が一台のみ。彼らの他に人影も無し。胡桃下はそれを確認すると総員に手を下ろすよう指示を出した。
「いやぁ···ですが艦長!いきなりこんな訳のワカラン階級を拝命するのも···」
「いえいえ、“彼„と直接対談した経歴を持つ隊員は代々殿、貴官を含めてほぼごく僅か。これは長年の防衛の歴史上、希に見る快挙であります。何卒ご自覚頂きたいものですなぁ?」
「「ハハハハハハ」」
「ぬぅぅ、参ったな?」
 重深隊全員が歯を見せて笑い合う。ぎこちない大人の乾いた笑いではあったが、今も何処かで頑張っている彼らの“妹分„の為。全員が同じ方向性に向かって意欲を燃やしていた。

 カラタタン!!!

「!」「うわ!」
 その時、数人が驚く程唐突に自販機の商品取り出し口に何かが落ちるような軽い音が響いた。自販機から一番近くに居た隊員がゆっくりと取り出し口に近付き身を屈める。恐る恐る隊員が取り出したのは、おそらく空のペットボトルを加工した透明なカプセルだった。その中に折り畳まれた紙が入っている。

 !、に、束瀬にいさんか?

 晶叉はそれを見ただけで、カプセルの差出人の見当を付けていた。





 陽陸ようりく自動車道上り、A県とI県の県境付近。衣懐学園御一行様二号車バス車内では···
 
「ヘェイ!ボーイザングァー!みんな!ノってるか~~い?!「ぃえーーい」···とまぁネ?全員みんな乗ってるから出発してるんですけどもね?「ワハハハ!」」
 アッカさんの少々古臭い鉄板ネタパフォーマンスも、今時の少年少女には逆に新鮮に感じたようである。
 まだ真新しい高速道路は長い距離をゆったりと高台へと伸ばし、大きな橋梁を挟んで小高い山の中腹に延々と道を切り開いている。いつの間にか車窓には、青い海と水平線がまるで迫るように張り付いていた。
 その紺碧ブルーを背景に、やや逆光気味になっている窓際に座る宇留の横顔。
 アッカさんによって暖められている陽気な雰囲気の車内、反対側の通路側座席に座る磨瑠香の目には、たとえ笑顔であっても宇留のその横顔がどうも寒々しく、切なく感じてならなかった。

 になる。

 文化部系の趣味は既に以前からセンスが無いと諦めていた。
 しかしそれは磨瑠香の神経なのか、今日まで研ぎ澄ました直感なのか、それらは彼女にスマホのカメラを勝手に構えさせる。

「宇留くーん」

「え?」
 宇留の隣に座る五雄が靴紐を結び直しているタイミングで、カシャリと音を立ててカメラは撮影を終えた。
 
 わー撮っちゃった!どーしよー!

「い、ぃ今オクるね、ね···?」
 撮影出来た写真は決してクオリティの高いものでは無かったが、美しい背景も相まって磨瑠香が自己満足するには充分な出来映えだった。磨瑠香は恥ずかし紛れにビッと一瞬サムズアップを宇留に向け、宇留のスマホに送付しよおくろうと操作に集中するフリをした。当の宇留も、そうだった!と言わんばかりに目を見開きスマホを取り出す。


 互いの写真が届いたのは、ほぼ同時だった。宇留は磨瑠香の写真を見て微笑み、磨瑠香は思いがけない宇留からの返信に驚きつつ写真を眺めた。
 飛行機の窓越しにアンバーニオンを見つめる笑顔の磨瑠香。
 画質もハイクオリティでそのままポスターにでも使えそうな情感溢れる構図。いつの間に···?。すぐに大喜びしそうになった磨瑠香を違和感が襲う。
「ん?んんん?」
 画面に目を近付ける磨瑠香。画面の輝きが瞳孔に反射する。一方宇留はイタズラっぽい笑みを押し殺していた。

「あ!かわいぃ···って、ん?ん?」
 磨瑠香の隣に座り、何事かと写真を覗き見た真矢実も違和感に固まった。
 正解は飛行機の窓と写真のプロパティに示された時間帯、窓に薄く反射した雲だったのだが、彼女達がそれに気付くのは夜もふけてからである。


 磨瑠香が画面と睨めっこしていると、オカルトマニアの最がアッカさんに質問した。
バスガイドおねえさん!軸泉って今でもガタゴンベェが出ますか?」
 アッカさんはウグぅッ!と一瞬口元を歪めたがすぐに笑顔に立ち返り、適当な解説を始める。
「あ!ああ!ガタゴンベェね?昔有名になった足跡だけ残して消えた未確認生物ユーマね?最近は大ヒット中の未確認生命体ガールにも登場チョイスされたヤツだよね?ん~今はヨクシランデスケド、アイツはねぇ、同じ軸泉市でも一山越えた所の地区に出たヤツなんだけど~、ひょっとしたら何かのきっかけでみんなを迎えに来るかもヨ~~~イッヒッヒぃぃ!」
「「ひ!ひぃやあーー!!」」

 目を猫のような弓なりに歪めて嗤うアッカさん。
 生徒達の悲鳴を置き去りにしてバスは一路、ゴノモリゾート、いやゴノモリリゾートへと向かった。













 
 

 
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