神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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絢爛!思いの丈!

依 頼

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 ······

 アンバーファントムのコックピットで、立体映像マップを眺めていたアレックスにも奇妙な感覚が押し寄せていた。
 直接耳に届いた訳ではないが、潜水艦が放つ探信音ピンのようでいて、優しげな吐息のような空耳。

 ヴァォォォォォ···!

 アレックスが戸惑っていると、足下から“彼女„の唸り声が響き、モニターに映るバドキャプタン ジニカを示すアイコンが黄色い点滅を繰り返した。
 それまで黒無地だったバドキャプタン ジニカの天面に並んだパネルが次々と開き、無数のミサイル発射口が露になっていく。
「くっっ!こいつァヤバい!ルイスー!」
 アレックスは想文を送るのも忘れて叫んでいた。


「ッッッッセェッ!」

 ザキャンッ!

 ズシャーーーーーー!
 琥珀のキャノピーサーフボードに乗って海上を爆走するワイアーラに対し、奇襲的に水面から飛び出して掴みかかろうとしたディープトゥースがすれ違い様に二枚おろしにされて海面に墜落する。
「(全砲門開いてるってぇ?)」
 (気をつけろルイス、通常弾頭か魚雷かその他かトンデモか···)
「(マァ何かしら全部来るよね?おりゃ!)」
 アレックスはルイスが駆るワイアーラがもう一体ディープトゥースを撃破したのをモニターで確認した。
 ワイアーラはキャノピーの上に身を低くかがめる。三叉槍トライデントを傍らに置き、胸元がキャノピーに接する寸前まで更に姿勢を低くすると、琥珀のキャノピーは速度を保ったまま沈降を始めた。
 海中に潜ってすぐにほぼ垂直に下降していくワイアーラを追うディープトゥース達。バドキャプタン ジニカがこれから放つ武器がたとえ水中兵器であったとしても、ルイスには海上よりかは水中でそれらを回避する自信があった。勿論兄達の腕前、回避や防御技術を過小評価しているつもりもない。
 そしてそれは再び、ルイスの感覚にいきなり飛び込んで来た。

 ハ·········ッ···
 オ·········ォ···

「!、聞こえた···」
 清々しい女性コーラスの発声のような声と、それに応える男性コーラスのような低い声。ディープトゥース達にも聞こえたのか、一瞬たじろいで動きを止めた彼らに、アニサキスアローの群れが追い付き群がった。
 そしてズズズと海水みずが下から盛り上がり掻き混ざる。海中の浮遊物がその流動を如実に示していた。
「!」
 ルイスの視線の先、巨大な琥珀の獣を思わせる頭部を先頭にした琥珀の柱が海底からせり上がって来た。
 頭部が海面に迫ると同時に、太陽の光が染み込むように柱全体に行き渡り、その全貌がやや明らかになる。
 琥珀の怪獣のような頭部、柱のような胴体、そしてその背には逆さまになった男神のレリーフを背負っている。
 
 オォーーーーーンン!

 男神のレリーフが霧笛のような声で吠えて更に垂直上昇する。胴体の下方には延々と長い胴体が更に続いているようだが、海中の暗さがその先を目視する事を阻んでいた。
 ワイアーラは呆気にとられたように水中に立ち尽くす。右手に三叉槍トライデント、左手に巨大なキャノピーをシールドのように持ちディープトゥース達を警戒するも、かれらの脅威判定は既にこの琥珀の柱怪獣に移ったようだ。


 ···ベゴォォォォンンン···!

「!!!···」
 “男神柱„はそのままバドキャプタン ジニカの右舷直下まで迫り、顔の前方に向かって尖る牙を押し当てるように追突させた。バドキャプタン ジニカの右舷は持ち上がり、船体は大いに傾いた。粗方ディープトゥース達を打倒したアンバーファントム内の二人も固唾を飲んでその光景に見入る。
 すると今度はバドキャプタン ジニカの左舷側に、もう一体の琥珀柱が海から生えるように現れた。
「!」
 アレックスはその背に、仰け反る女神の横顔を垣間見た。
 上を向いていた“女神柱„の頭部は、こちらも左右に巨大な牙を備えた琥珀の怪獣のようなデザインだった。その頭部は下方を覗き見るように前傾し、バドキャプタン ジニカの無数のミサイルサイロを睨む。

 ギャキ!
 プァ!ハァァァァーーーーーーーーーーーーーーーー!
 その牙が左右に開いた瞬間、女神のレリーフが唄う。
 すると頭部にある牙の合間の空気が薄い虹色に歪み、その下方にあるミサイルサイロがメギギギと嫌な音を立てる。

 ドォゴンンンン!!!!

 バドキャプタン ジニカの船体が内部から膨らむように歪んだ。不気味さに頼っていた威圧感は完全に薄れ、その姿は割れた風呂桶か、年代物の発酵食品缶詰を思わせる。発射される手筈だったミサイルは女神柱の攻撃によって全て内部で破壊されたのだろう。先程までワイアーラをからかっていた特殊な攻撃も同じく停止している。

「な!なんだコイツラは!?」

 目の前で海中から飛び出しているのは、琥珀の巨神の類であるとアレックス達にも理解出来た。
 だがアレックスの足下の“彼女„から帰ってきた返答は、「わ か ら な い」という答えだった。
「アレは、君にもわからないのか?」
「(オイオイ!長い事生きてる女王サマにもアレがなんなのか分かんねーのかよ!)」
 アレックスの翻訳を含んだ問いにアレンも驚愕し、思わず悪態のような口調になってしまった。

 するとバドキャプタン ジニカは右舷側から沈み始めた。海中では男神柱の琥珀怪獣が船体を海中に引き摺り込んでいる。
「ヤツらの方が若干小ぶりなのになんて力だ。一体どこから伸びて来てるんだ?」
 アンバーファントムの水中センサーの探知結果が迅速に想文となってアレックスに着想ちゃくしんする。
 男神柱も女神柱も無数の体節で連結された物体のようだが、現在アンバーファントムが知覚し得る探知範囲を越えても、彼らの【根元】は見えない。
「長い···何処から来てるんだ?しかしこれ程多量の宝甲体を持った存在が居たとは···?」

「······」
 女神柱はバドキャプタン ジニカが八割沈むまで見守った後、一度アンバーファントムとアレックス達にに目配せを行い、自身もそのまま海中に没する。
 アレックスはバンダナを眉の上まで引き上げながら、それをただ見送っていた。
 





 日本。その日の夕方。
 スーパーマイス、お惣菜売り場。

「うぬぅ!ふむむむ···」
 買い物客に混じって一人の体格のいい少年が、出来立てのお惣菜を睨みながら大いに悩んでいる。
「お好み焼き棒にすっか?!···ウズラタマゴ付き塩ツクネ串にすッか!?ふぉぉぉ!お小遣ぃ前ナんだよなぁ?···ぬぅう!」
 少年が吐き出す溜め息は丹田より抜け出る達人の呼吸が如し。その威圧感は、歴戦の最強奥様方以外の客をお惣菜売り場から遠ざける程だった。
 お惣菜売り場が見える奥の厨房からは、糸垂れ目が特徴の女性従業員が孫でも見るような優しい眼差しを少年に向けている。だが女性従業員のその眼差しは、少年の背後に忍び寄る見知った顔により更に綻ぶ事となった。
「あ!お坊ッちゃんだ!!」

「お疲れ様です!!」
「うわっ!」
 少年の背後に立った宇留は、わざと少年を驚かせようと大声で挨拶した。
「いらっしゃいませ!ゼレ先輩!」
「ぜ、ゼレ先輩?」
 大柄な少年。琥珀の闘神ゼレクトロンの意思を機体外で活動させる為の体である“ヴァエト„ことゼレクトロンそのものである少年は、ひどくハキハキした宇留のテンションに物怖じした。
「今日はこちらに来てたんですね?」
 宇留はゼレクトロンヴァエトの横に並んで今日のお惣菜のラインナップをチェックし始める。
「おお、ちょぃと時間をもらてな?久しぶりにココ来てみょうと···アイワ···じゃなかった!まだ紹介まだったっけ?」
「エヘヘ···そうですね?なんか食べます?奢りますよ?」
「!!」
「ビクッ!?」
 ヴァエトはキラキラした目で宇留を見つめていたので、今度は宇留の方が物怖じしてしまった。
「い、いいのか?」
 ヴァエトは宇留の両肩を掴み、更に嬉しそうな顔をした。温湿布のように熱い掌。宇留に溜まった今日の疲れが溶けて消えそうな程好い熱さだった。
「ま、任してください!···所でゼレ先輩!その代わり、お願いがあるんですけど···」
「んん?」

 頭を下げる宇留を、ヴァエトは不思議そうに見つめていた。










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