神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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絢爛!思いの丈!

し お か ぜ

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 ヒメナが琥珀の内部なかから凝視しているコンクリート片のようなものは、ウエハース状に層が重なった奇妙な造りをしていた。
 片眼を涙目にしながら膝をさする宇留は、当分の気まずさのかすがいになってくれたコンクリート片に感謝と共に痛みの恨みも送る。そしてヒメナ同様、どうも宇留の関心を引き付けてやまないその破片に、どこか暖かく遠く、そしてボンヤリとした曖昧な既知感も同時に感じていた。

「···これ!ちょっとだけ覚えてる!ボクがこの琥珀に入ってから、古いほうにある記憶、気付いたらここに居た記憶!こんな、変な細工のある壁の家の···!」
「え!?、ヒメ···ナ?過去ムカシの事?」

 宇留は一瞬ヒメナのたどたどしい口調にギクリとしたが、ヒメナは本人の記憶管理において、長期記憶の蓄積によって受けるダメージを防ぐ為、ムスアウによって忘却療法ストレスケアを受けている事実ことを思い出した。
 その療法を打ち破る程の記憶の並べ替えソート。その状態のヒメナの言動から、この砂浜の島やこの遺物とも言うべきコンクリート片は、ヒメナにとって相当な情動エモーションを引きだす程のものという事になる。
 だが色々あったとはいえ、ここまで心根がグラグラしているヒメナに対して、宇留に一抹の予感がフッとよぎる。ヒメナの身体は既に亡く、魂が琥珀に宿った存在。マネージャーのそんな言葉と、今までうっすらと感じていた予兆のようなものが繋がっていく。
「······」

「こ、ここ!ムスアウの家!」

「ええ!」
 ヒメナの驚く声に、宇留は勿論かつての昔、ここに家が建っていたのだと理解する。
 突如溢れる根拠の無い安心感に戸惑いながらも、宇留はすぐにコンクリート片に触れ、動かそうとするとギシリと重く動かない。
「!、基礎?」
 コンクリート片もとい、家の基礎らしき構造物は相当深く砂浜に埋まっているようで、地下で海水みずを吸った砂により強固に支えられている感触があった。
「···きっとそう!この造り懐かしい!思い出した!もう数えてないくらい前だけど。気が付いたらここにムスアウ達とボクは居たんだぁ!前はもう少し高い所にあった家なのに。今はもう波打ち際···すごいねぇ!縁だねぇ?···」
 白い砂に突き刺さったロルトノクの琥珀アンバーの中で、宇留にはしゃぐ子供のような笑顔を向けるヒメナ。
 本当にこの砂の島に辿り着いたのは縁だったのか?
 ヒメナ、宇留、アンバーニオンのいずれかが無意識に“覚えていた„のかもの知れないし、この場が彼らを“呼んだ„のかも知れない。そうでなければ、普段は満ち潮の下に沈んでいそうな程の、近い将来海に沈み行くであろう薄膜のような白い砂の島をピンポイントで、尚且つジャストなタイミングで探し当てるなど、偶然ではあり得ないと宇留は思った。
 ヒメナの笑顔の続きは、考え込む宇留を見てハッとした表情に搔き消され、涙がまだ滲む目尻がグッと広がる。
 恐らくヒメナは、宇留をムスアウとして認識しようおもおうとしているのだろう。
 ヒメナはしまったと思ったのだが、実際、あながち間違いではないので宇留はそんな事はどうでもよかった。だがそんな宇留の優しげな表情に見惚れたのも、ヒメナが会話を中断した理由の一つだった。

 心臓が高鳴り合う。
 最近ようやくこの変な感じに慣れたと思っていたのだが、慣れる事などまるで無かったという事を、このような状況になって改めて重い知らされる二人。
 また会話が途切れそうだったので、気まずさを紛らわせる為に宇留は、ロルトノクの琥珀アンバーを砂地からスッと引き抜き、指先でパッパッと砂を払い落とす。そして砂浜に胡座をかいて座ると、ロルトノクの琥珀アンバーの正面を海側に向けて両手で側面を包むように持った。相変わらず白浜に打ち寄せる波は、シャプシャプと控え目だった。
「······ウリュー ノ、かぁ?ノは要らなかったかな?」
 宇留のそんな些細な要望に、ヒメナは初めて会った時もそんな事を言っていたな?と思い出す。ヒメナが宇留をウリュと呼ぶのも、本名と理想の名、その両方の間をとっての決定ことだったとも思い出す。
 だが肉体からだは兎も角、宇留の魂の正体がムスアウのものと同じような存在である以上、初めて会った。と言っていいのかどうかヒメナは考えた。
「っはぁ~~~~~~···ンンンンーーーー!」
 宇留は長い長いため息の後、背筋を伸ばしながらヒメナの肩の力が抜ける言葉を言い放った。
「帰って来た!ってトコだねぇーー!おかえり!」
「!!」
 ヒメナの目から玉のような涙が次々と溢れる。ヒメナもおかえりと言い返したかったが、思いで息が詰まって言葉が出ない。対して宇留は淡々としながらも真剣な口調で続けた。

「ねぇ?ヒメナ、俺は宇留おれだから。宇留おれの中に俺はちゃんと居たんだ!···でも俺は、俺が先輩ムスアウである事も諦めたりしない!アンバーニオンと、ずっと一緒に、みんなの思いが込もったこの力を未来まで運んでいく···!」
「!、う、宇留ウリュぅ···!」
 宇留の手の中で、ロルトノクの琥珀アンバーはグルンと宇留の方に向き直る。ヒメナは一瞬俯いて呼吸を整え涙を振り落とすと、真剣な宇留の顔を真剣に見つめ返した。
「···覚えていないのに覚えていた。今までずっとそうだったんだね?色々」
 ヒメナの言葉に、宇留は様々な心当たりを辿る。
「···ウリュ?マネージャーの仕業によって、ボクのアンバーニオンを制御する機能の七割がウリュに委譲されています!」
「ええ!ウソ!!」
「誰かさんがマネージャーのモニターを中断しなかったら全部移植されてました」
「そ、そんな!それじゃ?!」
「···ボクはいずれ要らなくなります···」
「!ーーー」
 宇留の心が軋む。何かが、予感だった筈の何かが見えてくる。
「あの、ヒメナ?」
「ん?」
琥珀そうじゃなくてさ···」
「?」

「ヒメナは···ヒメナもいつか居なくなっちゃうの?」
「···」
 
 ヒメナは数秒黙っていたが、やがて自分に言い聞かせるように回答を述べ出した。

「···うん」

 正直。
 正直宇留の心の骨はボキンと折れた。だがそこそこ鍛えた心の筋肉が支えとなり、すぐに壊れる事はなくなっていた。
 大切なパートナーの為に、大切な会話の為に平静を装う。


 戦士になる覚悟はもう決めたのだから。














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