上 下
85 / 160
絢爛!思いの丈!

景の色

しおりを挟む

 時間と空間が一極集中して砕けたかのような激しい衝撃が目前で弾け、途端に宇留の意識がクリアになった。だがそれを可能にしていたのは絶望的な光景だった。

 アンバニティのアサルトブラッシュによる一撃を背に受け、アンバーニオンにもたれ掛かるNOI Z。だが支えようと伸ばしたアンバーニオンの腕を、NOI Zは逆に掴んで自らを支えた。
「あ!ああぁ!!···」
〔···!···須舞···宇留ッ!〕

 ーーージャジャラゴロロロッッ!

「!!!」
 顎を引き視線を伏せたNOI Zから響く、現が宇留の名を呼ぶ声。
 そして袈裟斬りにされた傷を中心にNOI Zの背中が細やかに泡立ち、大小様々な大きさの球体に分離してほどけると、NOI Zの機体はアンバーニオンの懐の中で上半身と下半身にボロッと別れてしまった。

「!!ーー」

 相手てきの牙は油断の合間を呆気なく通り抜けて予告もなく友を貫く。
 動く事さえ出来なかった自分への失望で、宇留はどうにかなってしまいそうだった。
 だがNOI Zはそんな状態にも関わらず、顔を上げて遠慮無く視線をアンバーニオンの目に突き入れてくる。
「あ···!」
 NOI Zの目は死んでいない。未だに闘志を秘め、先程までアンバーニオンと戦っていたままの輝きに満ち溢れている。その視線に宇留は不思議と、雨上がりの空に青空の切れ端を見付けた時のような、慎ましくも壮大な爽快感を感じた。



〔す···ま···い、宇留!!···あの時ムスアウは最後に···すまねぇな、と言ってくれたんだ!〕
〔!、ア、アラワルくん?〕
〔俺は、確かにムスアウの限界の一部を、最後の力を奪ったかもしれない!···だけど彼は!そんなてきも···案じてくれたおとこだ!···お前のようにな?···彼は!こんなヘリクツヤローとは違う!···何が試験だ!··こんな奴の納得の為にお前達が苦しむ義務も、理由も、決まりも責任も意味も何も無いんだ!〕

〔?、いつから目が覚めていたか知らないが、宇留のこれからの為、憎まれっ子になる責任は持ったと言ったぞ?···それにこの試験、オレの一存は、太陽の樹やムスアウの品位を悪意を持ってけなす意図は全く無い···〕
 そう言って立ち尽くすアンバニティが見下ろす先で、NOI Zの体の節々は砂時計の絞り口を通り抜ける砂のようにザラザラと黒い粒が地面に向かって崩れていく。
〔···お前も、俺も、ムスアウも、誰が誰だっていいんだ!···迷わず!イイ方を選べ!〕
「!!」
〔お前は!、巨獣達おれたちの心を照らしてくれたヤツだ!···だから···!お前も···信じろ!···お前の大切な···もの···〕

 NOI Zの上半身は現の声を残し、無数の黒いビー玉に分解されて崩壊した。アンバーニオンの手の中をジャラジャラと滑り転がっていく大小様々な疑似黒宝甲ジェッティオンの塊。
 NOI Zは最後まで目の輝きを失わず、その輝きは涙をたたえる宇留の目に焼けとなって白く残る程だった。そしてその時現が囁いた言葉は、全て宇留の心に届いた。



 スマイ ウル。みんなのあの笑顔を思い出せ。




 ガゴォウッッッッ!ンンンンン!
 
 胸の中で龍神エンジンが吠える。
 アンバーニオンは掌に残った黒い琥珀をグッと握り締めた。
 少年の脳裏に灯った大切な人々の笑顔の記憶は、輝きとなって炎風のように白く逆巻き、心に巨大な火を灯す。
 目に光が戻り、全身の宝甲が琥珀色の光沢を取り戻し、
 アンバーニオンは立ち上がった。
「······」

〔ーーーーーー!〕
 バシッ!
 アンバニティはいきなり目の前に飛んで来たアサルトブラッシュを手で受け止めた。
 それはアンバーニオンに渡していた筈のアサルトブラッシュの片割れだった。
 マネージャーが見ていた所、確かにアンバーニオンは借りていたアサルトブラッシュを投げ返している。だが腕の動きが速すぎる。アンバーニオンの中で何か変化があったようだが、マネージャーはそれを確認出来ないと知ると、ニヤリと微笑みながら宇留の様子を窺う。
〔ようやく火が点いたな?、これは?使わないのか?〕

「マネージャーのモニタリングを遮断ブロック···」

〔ふふ、宇留!ようやく気付いたか?、別にそれは強制じゃあない。そしてオレは、それでも構わない〕
 そう凄むマネージャーの視線の先。アンバーニオンの鳩尾みぞおちには、アサルトブラッシュとすれ違いに既に投擲とうてきされていた琥珀の剣が深々と突き刺さっていた。

 !、ガッ!ガウォォオオオオオオ!

 苦しそうに吠えるアンバーニオンの咆哮に答えるように、琥珀の剣はズグズグとアンバーニオンの機体表面に吸収され、右肩アーマーの上に琥珀柱が軽めのアーチを描いて再構成されていく。

〔その元AIらしからぬお友達、紛い物コピーアンバーニオンの安否なら気にしなくていい。ご存知、宝甲停止信号を打ち込んだだけだ。後々機能は回復するだろう。で?······再 開···って事でいいかな?宇留?〕
 アンバニティは再びアサルトブラッシュ二刀流の構えをとる。
「······」
 アンバーニオンもそれに答え、背中から溢れんばかりのオーラを吹き上げながら腰を落として構えた。




 その一瞬、宇留の意識は見覚えのある場所に居た。
 宇留が普段、夢現ゆめうつつの片手間にイメージトレーニングをしているリアルな仮想精神世界。
 今となってはそれが夢などではなく。宝甲が持つ能力が為せる正式なシュミレーター機能であったと改めて理解出来る。
 そして目の前にはいつものスパーリング相手だった等身大のアンバーニオンが両膝立ちで自身の腕を抱き、うつむいて動かない姿でそこに居た。
 だがその体の色は透明なオレンジ色のみであり、装飾等も溶け合ってさながら一体成形されたアンバーニオンのシルエットのみを再現したオブジェに見えた。
 その琥珀のオブジェの胴体の中で同じポーズをとっている人影。もう一人の宇留がそこに立っている。
「······」
 宇留がアンバーニオンのオブジェに触れると、それを形作っていた琥珀は線維状にほぐれてこぼれ、鏡面の大地に結び映って消えていく。そしてそこにはもう一人の宇留が残された。そのもう一人の宇留は大事そうにモノクロになったロルトノクの琥珀アンバーを両手で抱き締めている。宇留はその手に触れ、琥珀の中で瞳を閉じている灰色のヒメナを見つめた。目元や頬を伝う涙が光って見える。

「ヒメナ······」
 宇留はこの涙が流れきってしまったら何かが終わる予感がした。今度はうつむいているもう一人の自分の顔を見る。

 瞳を閉じて、泣いているようだったが、まるでゲームやアニメの演出のように影がかかり、表情は良く見えなかった。
「ごめん!、この涙がこれ以上零れなかったら、なんかイイ感じだよな?」
 宇留はガバッともう一人の自分の肩に手を回して抱き締める。

「安心した。俺も宇留おまえ自分ここに居た。意外と信じきれてなくてごめん!」

         !!

 宇留の世界の光が増し、周囲の景色が鮮やかに白く輝いた。





思重合想シンクロスコラボイド!  俺   !」





 キェギン!
「!」
 次の瞬間、アンバニティを護るように現れた真鍮色のリングの縁に、アンバーニオンは貫手を突き立てていた。
 そのアンバーニオンの姿。全身の琥珀宝甲が眩い光を放ち、赤い瞳だけがリングの向こうのアンバニティの目を見ている。
二つの太陽ジェムオンノサニア?、太陽航路?いや!これは!?〕
 そう言い残し、アンバニティは背後に出現したもうひとつのリングに吸い込まれて消えた。
〔見える!これがアンバニティのスピードの正体!〕
 輝くアンバーニオンから直接、宇留の声が響く。
 ガシャギッッッ!
〔!!〕
〔見えたらどうだって?〕
 アンバーニオンの背後に出現した二つのリング。一方のリングから現れたアンバニティは通り抜けざまにアンバーニオンの背中から琥珀柱の無い肩アーマーにかけて、アサルトブラッシュの一撃を跳ね上げる。そしてもう一方のリングに飛び込み、アンバーニオンの間合いから一瞬にして離脱して消え、今度はアンバーニオンの後方、様子を見れる距離に地面から飛び上がるように出現した。その際にも真鍮色のリングが僅かな時間ではあるが地面に横たわっていた。
〔ぬ!〕
 今の一撃に対しアンバーニオンが開始した宝甲の再構成。それを支えるように、無数の黒い霧が集い、傷口を宝甲と共に埋めていく。
 そして修復箇所と同時に、鬼磯目に持たせた事で失われていた琥珀柱の代わりと言わんばかりに、左肩アーマーに黒い琥珀柱が急激に形成されていった。
〔こ···、これは!?早い、奴はもう機能を回復しつつあるのか?〕
 驚きを口にするマネージャー。
 その現象はNOI Zを構成する疑似黒宝甲ジェッティオンがもう既に停止信号を克服し始めている事を示唆していた。
 振り返りアンバニティを見つめるアンバーニオン。その両肩には輝きの白と真摯な黒。陰陽の琥珀柱がそびえ立っている。傷口を塞いだ黒い鎧は、まるでアンバーニオンに肩を貸して支えているようなイメージをマネージャーに与えた。
〔アラワルくん···ありがとう!〕
 アンバーニオンは形成装着された疑似黒宝甲を見つめ、謝意を示し尽くす。

〔アルオスゴロノのシステムを無警戒に取り込むとは···愚かな!〕
 マネージャーの口調に焦りとも怒りとも取れない感情が滲む。

 ムホホ、大袈裟じゃのう?トモダチんでゲームをするのがそんなにいかん事かぃの?了見の狭いこっちゃ!

〔!〕
 マネージャーは、モノクロ色になってフリーズしている筈のゴライゴ·リパレギレムからの唐突な想文に驚いた。
〔ゴライゴ殿、あなたの仕業か?〕

 ワシャちょい手伝っただけだもんね?あの子はもうそろそろ一人前じゃ!そりゃそうとほれ!宇留アンバーニオンが来るぞ?


〔!!〕
 マネージャーが気が付くと、アンバーニオンはアンバニティに向かって歩き出していた。堂々と胸を張り、迷いの無さは体幹のブレをも消し去っている。

〔マネージャー!〕
〔?〕
〔俺達は紛い物じゃない!それはマネージャー!あなたもだ!〕
〔!ーー〕

 マネージャーは少々驚いていたが、口元をニヤリと歪めると、輝くアンバーニオンを真似るようにアンバニティの歩を進めた。



 引き寄せまで押して100···引いてあと99······











 
しおりを挟む

処理中です...