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絢爛!思いの丈!
過ぎ 去る
しおりを挟むこの先海。
そう看板が告げる防潮堤の立ち入り禁止エリア。
釣り糸を垂れる疾風川は、暇そうな表情でうねる海面を見ていた。
「すいませんね?遅れまして、電話とか出来れば一番いいんですが?」
疾風川はゆっくり、じっくりと首を回し、声がした方を向く。
数メートル離れたテトラポッドの上。
麦わら帽子を被りコートを着た人物がいつの間にか座っていた。
背を向けているその人物はまるでカカシのように微動だにしない。
「今日は御質問についてでしたが状況が変わりましてね?もう少しご猶予を頂きたく」
コートの人物の口調は極めて穏やかだった。
そしてエサを付けていない筈の釣り糸が何故か引いている。
「えーと、そちらで何か不都合な事でも?」
「そのように、受け止めて頂いて構いません」
コートの高い襟の上に乗っただけに見える麦わら帽子が、一度だけクッと揺れた。
ブーン
「!」
疾風川のスマホがポケットの中で振動する。疾風川はコートの人物から目を離さずにゆっくりとスマホを取り出した。
「どうぞ?恐らくもうそろそろ···」
コートの人物は振り返る事なく疾風川に通話を促す。
「···恐らく?」
苦い表情の疾風川は、そう言って通話ボタンをタップする。電話の相手は共上だった。
〔疾風川、NOI Zが動いた。王子様と学校だ。そっちは今大丈夫か?〕
「共上さん、例の怪獣少年ですか?」
疾風川はわざと少し大きな声で答える。コートの人物は若干疾風川の方を振り返ったが、まだ顔は見えない。
「!」
共上の乗った新しい偽装移動拠点内部。
疾風川がいきなり繰り出した話の筋道が見えない返答に何かを察した共上は、慣れた手つきで疾風川のセルフモニターカメラにアクセスし、個人目線の映像をメインのディスプレイに表示する。
画像は悪いが、確かにコートの人物が共上にも確認出来た。そしてその人物が語る声もはっきりと聞こえる。
疾風川同様、通話やモニター越しに責任者である共上に届くよう意識されたやや大きい声。
「···彼らは向かいましたか?そういう事です。彼らの純心があの方を止めてくれたのなら···きっと···。という訳で例の件、次回は再びご面倒なルートでのアポを経ての対面となります。ご了承下さい···では、私は急ぎますので···」
「!」
コートの人物は重なったテトラポッドの隙間にスルンと吸い込まれて消えた。
疾風川は駆け寄ったのだろう。バタバタとカメラが揺れ、テトラポッドの隙間に打ち付ける波を写し出す。
そこにはもう誰の姿も無い。
「止める?だと?」
眉間にシワを寄せた共上は別のモニターに顔を向ける。
日本列島の一部らしき衛星映像。
青い海には、周囲の陸地と比べても明らかに大きすぎる白い航跡が映っていた。
〔繰り返します。先程の地震、先程都内で、震度1の揺れを観測しました。この地震による津波の心配はありません。続きまして、アノ帝国関連です···〕
衣懐学園の職員室では、教師達が今起こった地震の情報をテレビで収集していた。
「アレ?おかしいな?」
「何ですか?」
「屋上の監視カメラが···?」
学園内の被害の有無を一応確認する為、監視カメラのチェックしていた教師の一人が、屋上の監視カメラに支障が出ている事に気付いた。
「ノーシグナルって!真っ暗じゃん!」
職員室内に設置されたモニターをガタガタと揺らすその教師を、他の教師はそんな事をしても良くならないんじゃ?という目で見つめる。
だがそれが功を奏したのか?暗転していたモニターは通常時の誰も居ない屋上を写し出す。
「ぉおー!よくなった!」
「地震のせいですかねぇ?」
「ほら、所詮、例のサンキュッパカメラですから、ハハハ」
「あぁ~」
しかし教師達は誰一人として気が付かなかった。
等間隔的にモニター上に走る奇妙なノイズに······
現が変身したNOI Zの周囲に黒いクラゲ型ビットが集結していく。
それらはNOI Zを球状に囲うようにパチパチと組み上がり、スモークグレーの半透明なカプセルを形成した。
その中で、NOI Zのシルエットが一度宇留達の方向を振り向く。
するとカプセルは浮かび上がり、東の方向へと超高速で飛んで行った。
「···ウリュ!」
「うん!頼まれちゃった!」
宇留はロルトノクの琥珀を服の中から取り出し、空に掲げた。
「「!」」
だがアンバーニオンを喚ぼうとした刹那。宇留とヒメナは違和感に苛まれた。
ザラザラとした違和感。その感覚の正体を拭えぬまま宇留はロルトノクの琥珀を握り締める。
そしてヒメナの耳には、クリスタルボウルのような音が微かに聞こえていた。
シパッ!
「ぁれ?」
磨瑠香は一瞬。
窓から見える学園の壁の一部がオレンジ色に光るのを見逃さなかった。
夢令達が記入した書類と琥珀のストラップを交換していた照臣も、同じく宇留の出撃に気が付く。
「また出動?戻って来たばっかりなのに、忙しーって!」
磨瑠香は窓ガラスに密着して空を見上げる。
ピコン!
「!」
宇留の席から聞こえる通知音。
「···あ!宇留スマホ忘れてってる!」
五雄が自分のスマホと宇留の席を交互に見る。
「戻って来るかな?もしアレだったら護衛のオッサン達に渡しとけばいいよ」
「ふええ!時々見るコワイ人達ってそーいう事だったんだ!」
照臣はサラッと宇留のネタバレを五雄に告げる。
磨瑠香はその話題を背中で聞きながら、物憂げに窓越しの空に視線を戻した。
「···疑似黒宝甲!フルビルドアップ!」
NOI Zを包んだカプセルを中心に集結を開始する黒いクラゲ型ビット達。
その集合体は飛行しながらみるみる内に巨大化し、体高五十メートル以上の人型へと変化してゆく。
その姿はアップスケールしたNOI Zそのものだった。
違いと言えば背中に巨大な黒い琥珀柱を一本背負っている事と、等身大の時よりも若干体型が人型を逸脱している事ぐらいであった。
少し暗く曇ったサングラスの視界のような全天方位モニター。その中心に浮かぶ黒い台座に立っている等身大のNOI Zこと現は、頭部の変身のみを解除して大きくため息を一つついた。
ついでに自身が駆る巨大NOI Zを減速させ、アンバーニオンが追い付いて来る余裕を持たせる。
「あ、あんなのでよかったのかッッッ!?」
現は赤面しながら統合AIに問う。
·はい!心拍数、微表情、瞳孔の動き、仕草、その他。明らか高確率でにマンザラオブマンザラデモナイ!と思われますw。
ね?我等のアドバイス通りで良かったでしょう?
現の気のせいなのかも知れないが、統合AIの語尾は笑みを含み、震えているような気がする。
モニターの向こうにゆっくりと並走して飛ぶアンバーニオンの横顔が追い付いて来た。だが現や統合AIは何故か気付かない。
「くっっ!須舞 宇留!さっきの俺の名乗りを普通に神回避した!」
·御愁傷様です···
モニターの向こうではアンバーニオンがNOI Zの方を向いた。だが現や統合AIは何故か気付かない。
「···なあ?今度はプレゼントでもしようかと思うんだが?どういうのがいいだろうか?」
「······」
モニターの向こうではアンバーニオンがNOI Zに向かって手を振る。
現は気付かなかったが、統合AIはアンバーニオンに気付いた。
しかし統合AIは現にそれを通達せずに回答する。
·学習で使う消耗品からはじめましょう!奇をてらってワカメェロンなどという手もあります。
「···」
モニターの向こうではアンバーニオンが自分の顔に両手を伸ばす。
仮面の宝甲が指でグニャリと歪み、見事な変顔がNOI Zに向く。
·プッ!フ···
統合AIは笑いを堪える。しかし現はまだ隣を飛ぶアンバーニオンに気付いておらず、統合AIもまだ現にそれを教えない。
「·········」
変顔を解除したアンバーニオンは、ヌッとNOI Zに近寄った。モニターいっぱいに広がるドアップのアンバーニオンの顔。しかしまだ現は気付かない。
「···そうか!あれは人間界では一個500万円の値が付いていたな!俺達はいつでもつまみ放題だった深海藻の果実!いいねぇ!」
ガゥ!オオオオオオオオッ!!
「うわっ!ビックリしたぁ!」
ボーッと飛行するNOI Zの肩を掴んだアンバーニオンが至近距離で吠えてやっと、現はアンバーニオンが自分に追い付いた事に気が付いた。
〔何があったの?教えてよ?後なにそのロボット?新しいの貰った?〕
(あ!想文通じるね?よろしく!)
「!ーー」
馴れ馴れしく現の都合に踏み入ってくる宇留とヒメナ。
現は心臓の鼓動を一定にしようとするのに一苦労した。
呼吸を整え、宇留達を呼んだ理由を伝える為に言葉を選ぶ現。
〔···ん!んん!···ま、まず、この機体はNOI Z。俺の新しい力···いや!新しくもないんだが···〕
〔新しくない?って?〕
〔······思い出したんだ···俺は、この機体は···約百年前に、アンバーニオンと宇宙で戦っているんだ···〕
ガッ!
「!」
アンバーニオンがNOI Zの肩を掴む手に力を入れる。
ミシリ!、とクリアブラックの宝甲が歪み、そのまま二体は空中でビタリと静止して止まった。
「!···ヒメナ?」
「はっ!!」
ヒメナは無意識にアンバーニオンの蒼い素体。アンバーニオン ニーの手に力を込め過ぎてしまっていた。
〔···須舞 宇宙、これまでの事象を整理すると、以前までのアンバーニオンパイロット。ムスアウ最後の敵が、俺かも知れないという事だ〕
「!···先輩、の?」
「!······」
驚く宇留とヒメナ。
NOI Zは空中に浮かぶアンバーニオンの影のように、その漆黒の機体を面と向かい合わせてその場に浮かんでいた。
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