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絢爛!思いの丈!

ホームルーム

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 薄曇りの空を朝日がゆっくりと照らし始め、桃色に染まった凪の洋上をふと一時、安堵感のある光景がフワリと包む。

 そんな精神的オアシスのポイントには、鬼磯目、だいしろ、国防隊の補給艦の姿があった。

 あーあ、許されるなら私も歌ってみたかったな?もしヒトの歌を覚えられたら···以前まえみたいにアキサ喜んでくれるかな?

 だいしろと共に海上で補給を受けていた鬼磯目は、次の移動任務の為の最終チェックを行っていた。
 重深隊はここ最近、日本列島の周辺海域を周回するように移動に次ぐ移動を重ねている。
 マーティアには事情の説明こそ無かったが、この任務が明らかに何者かから逃げ回っている、としか思えない節が彼女にはあった。

 いろんなトコ行けて楽しいけど···こんなままじゃ···

 鬼磯目は、手持ち無沙汰を散らすように潜望鏡をカシャカシャと伸縮させながら、あらゆる方向を見渡した。


「解体?!」
 だいしろ内の第四通信ブースで、コードを繋げたスマホで通話する環巣 晶叉は小声で叫んだ。
〔それも視野に入っているという話だ。このまま逃げ続けて無駄にコストを裂くのはどう考えても割に合わない〕
 通話の相手である晶叉の兄、束瀬はまるで他人事のような口調で語り晶叉を苛立たせた。
「しかしそれでは!」
〔俺も不本意さ、一応頭を痛めて造った子だ。だが、今まで手加減で済んでいた相手の予想外の憤りが、上陸事例本土決戦にまで発展する可能性になるというのらば、流石の俺にも原因となった鬼磯目をこのままにしておく責任の取り様が無いのもまた事実だ〕
「原因って···ハァ···兄さん···もしも···もし仮に解体して生体モンスターフレームを拾った場所に返したとして!彼らの敵対心が収まらなかったら?なにより機体から引き剥がされる事になるマーティアは!?」
〔···この間の極秘会議、いっその事彼女も含めて全部装備ひっくるめで差し出してやれという意見持ちが一人居てな?〕
 
 ダン!

 晶叉はデスクを叩いて八つ当たりをした。
 その音は微かにだいしろの鬼磯目管制ルームにも届いた。
 他のクルー同様、疲れた表情でモニターを見つめていた隊員の執間とりまは、自分の時計と管制ルームの時計を交互に確認しながら鬼磯目との通信を開き、マーティアに指示を出す。
「···嬢ちゃん出発。時間だ!」
〔了解!、あれ?トリマさんですか?アキ···チーフは?〕
「艦長もカエさんも今立て込んでる。通達だけなら今は俺でも問題ねぇよ?」
〔そう···ですか···〕
「んで!みんな疲れてて気合いが足らねんだよな?いっそ嬢ちゃんが気合い一発ビシッと号令頼むぜ!」

〔ぅえー!わ!分かりました!···ヨーーーシ!ヤロウドモ!よく聞けぇぃ!···〕

 動き出すだいしろと鬼磯目。
 しかめっ面の晶叉が管制ルームの前に戻って来ると、扉の向こうからワハハと笑いが聞こえて来た。
「?」

〔···続きまして!私がオススメの暇潰しコンテンツをご紹介ィ~!···まず始めは!真獣のサンサーストン!アクアマリンメモリー!南部台場検証ー!···夏だ!海だ!あのシルヒトゾシルロボットアニメ!真獣のサンサーストンの個性的な美麗ヒロイン達がコノ夏!······〕
「おおおお!」
 男性クルー達の目が輝き、中にはグッとガッツポーズする者も居た。
〔···ゴッッッつい耐圧潜水服に身を包み!海底散歩をしながら失われた砲台跡の秘密に迫るよ!う~ん!海洋ロマン!〕
「あぁ~···」
 男性クルー達の期待も束の間、メインモニターの隅に表示された広告欄バナーのような帯に映った激シブ動画を見たクルー達はすっかり落胆した。
 疲れた顔にモニターの照り返しで顔面蒼白になるクルー達に対し、マーティアは低い声で脅すように更なる追い討ちをかける。
「水着なんてナマッチョロイもんはぇ!海底をナメるな!あ!巷で噂の潜水艦女子とのコラボもあるよ?ピコーン ピコーン 
 動画には斜めローアングルで海中を猛進する鬼磯目のような潜水艦のCGが効果音付きで写し出される。

「「ハァ~ぁ···!」」

「···」
 クルー達の気持ちが一つになったため息を聞いた晶叉の表情は、彼本人も気付かない内に笑顔になっていた。
「全く···キミにはかなわないなぁ?」
 晶叉は一言呟くと、パスを扉脇のセンサーにかざして管制ルームに入って行った。







 T都、馬瀬間区の朝。
 
 衣懐学園の駐車場に停まった一台の高級車から、お嬢様風の美少女が降り立った。
 短めの髪を後ろで無理矢理まとめ、見た目はほぼオールバックになるように厳しくき撫でられている。

 お嬢様は校舎内を真っ直ぐ二年B組まで歩むと前の扉を開けた。
「!」
 デジタル黒板の前で、日直の欄に名前をタッチペンで書き込んでいた男子生徒、九尾炭 夢令くおすみ むれいがお嬢様に驚いてその手を止めた。
 そして途端にキラキラ笑顔が表情に纏わり付いたかと思うと、お嬢様に向かって下手に格好を付けた歯の浮くようなセリフがスラスラと出てきた。

 「へィベィベァ!キミ転校生?朝活はまだだから先生とまた出直してキナ?そして席はボクの隣だょ?ビュリフォガァル?!」
「······クオスミクン···あたしだよ!谷泉あたし!」
「い!い!!委員長ォ!???」

「「「わーーー!」」」
 ドン!
「うわ!」
 女子の殆どと、磨瑠香を含め宇留の元に集まっていた生徒達が、お嬢様···もといマユミコ委員長の近くにスライド移動した。
 殺到する女子達の突進力に撥ね飛ばされた夢令は、黒板に頬をしたたかにぶつける。
「うぬぅ!」
 人間違いの恥で真っ赤になった夢令の顔には、何故か普通のチョークの粉が付いている。

 囲まれていた宇留は息苦しかったのか、プハーと一呼吸してからマユミコ委員長の方に注目した。
 誘拐未遂にあっていた。と早朝の職員室で担任のアルキ先生に聞いていた宇留も思わず立ちあがり、生徒団子の隙間からマユミコ委員長を探す。
「落ち着いて!大丈夫だから!」
 マユミコ委員長は全方位から迫る質問や心配の言葉を、一人づつ的確に捌いてシンプルに返していた。そして折を見て、磨瑠香に顔を近付けてそっと耳打ちした。
「!」
 しまったという表情を宇留に向ける磨瑠香と、その後ろでアルカイックスマイルを浮かべるマユミコ委員長。
 ギクリとする宇留。


 以下の皆さんは放課後残って下さい。


 その日の内に、教室の連絡用黒板には宇留や磨瑠香をはじめ十数名の生徒の名が連なり、臨時学級会が催される事になった。








 つい数時間前まで、重深隊が補給を行っていた海上はゲリラ豪雨に包まれ白く曇り、無数の雨の波紋が波の上に模様をばら蒔いていた。
 そこへ海中から盛り上がった超巨大な波。
 準帝ゴライゴが小島のような大きさの顔を出した。
 薄暗いせいか目元は陰り、ただ黙って視線の先を見つめている。しかし不気味な程普段の彼のような心の躍動感が無い。

 ゴゴゴゴゴゴッッッッコティアー···シュ······

 ゴライゴの目の上の外骨格の表面を滑った豪雨が、滝のように何本もの白糸を編み視界を遮る。
 ゴライゴは一声唸り、再び顔を海下に沈めていった。












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