神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

文字の大きさ
上 下
59 / 202
絢爛!思いの丈!

感 謝

しおりを挟む

「あ!ちょっ!で、電話だ!少しごめん!」
「あ!お兄さん!俺も急用で!」
「え!」

 藍罠兄のスマホがコール音を響かせる中、照臣が帰ると申し出た。

「えー!」
「本当にご馳走様でした!また今度ゆっくり!じゃあまた来週!アリガとー!」
「あぁ!気をつけてね?」
「どーもーー!」
「えー!あー!···うん···」

 ワチャワチャとしたやりとりをしながら、藍罠兄と照臣は32号室から離れて行った。一瞬静かになる部屋。だがすぐに壁掛けになったディスプレイに映るプロモーションCMに対応した様々な音が、スピーカーから流れ始める。

 ♪···

「むぅ···どんなエライ人からの連絡にも動じなかったおニィがあんなに慌てて···怪しい···」
「しゅぐ偵察にゆったほうがイケ!ウリュはお母様達に動画撮るじぇら!がぁうお!」
「わかりました!」
「ウヒヒ!ちょっと見てくる···」
「わかりました!」
 イタズラっぽく32号室を抜け出す磨瑠香を、変な表情かおになった宇留は敬礼で見送った。



 カラオケ店を出た照臣は往来の左右を見渡した。
「ふぅ」
 宇留達の護衛をしている明らかに一般人では無いオーラのある大人達が数人、談笑するフリをしている。
 その中の一人が照臣に気付き、おお!という顔になった。
 顔見知りなのだろう。照臣も被っていた帽子のツバをつまんでクイッと引き上げ、微笑んで会釈する。
 そしてすぐさま反対側を振り向いた照臣。
 多くの歩行者の先からカラオケ店の様子を窺っていた視線の主が、目線を外して歩き去った。
 途端に照臣が駆け出す。
 磨瑠香との鬼ごっこの時とは比べ物にならない程の軽妙かつ迅速なフットワークで歩行者の合間を縫って走る照臣。
 やがて人気ひとけの無いビルの谷間に駆け込んだ照臣の帽子から、やや青い透明なバイザーが降りて目元を覆う。
 逃げている人物をマークしている標準サイト矢印ナビが、移動イメージを視覚化して照臣に伝えた。
 ビルの谷間を抜け、次の歩道に出て丁度青信号になった横断歩道を渡り、路地裏に走り込む。
「!」
 バイザーの標準サイトが示す先、路上に転がった安物のラジオのような小型の機械が照臣を待っていた。
「ダミー持ち!存在感系迷彩か!俺のリンクがバレてた?」
 照臣が小型の機械を見ていると、機械はポキュ!という音を立てて自爆炎上した。
「···」
 火は機械全体に燃え広がってすぐに消える。自爆用の燃料は最小限だったらしい。

 照臣は周囲を見渡し、何処か近くに居るであろう視線の人物を探していた。





 カラオケ店の廊下で観葉植物の陰に隠れた磨瑠香は、フリースペースの椅子に腰掛け楽しげに電話をする兄の様子をこっそり窺っていた。
 彼女の知らない兄の普通の若者的な一面と、仄かに周囲が明るく見える程のむず痒くなるようなハッピーオーラ。
「ま、ま···まさか···!」
 磨瑠香は、背後に誰かが近寄る事にも気付けない程に驚愕していた。
「いいですね?彼女さんと電話ですか?」
「!」
 磨瑠香の背後で江洲田がヒソヒソと呟いた。
 だが磨瑠香の内心は、背後を取られたどころの騒ぎでは無かった。江洲田から再びアハハと笑う藍罠兄に視線を戻す磨瑠香の目は大きく見開かれている。

「ま!まさか!お!お二ィィィィィイェアァ!」
「フフフフ···キミも頑張りなさい···」
「ェゃ?ありがと···ザいます···?」

 そう言って江洲田はゲームコーナーで使えるゲームカード五百円分を磨瑠香に渡し、磨瑠香の元を去った。

「エシュタガ、彼の電話!傍受出来なかった!なんでだろう?」
「いや、これ以上はもう止めておいた方がいいだろう···」
 隙を見て磨瑠香の手首からヨギセの琥珀アンバーを回収した江洲田エシュタガは、次の仕事へと向かった。
 




 テーブルの上にスマホを置き、動画撮影のアングルを吟味している宇留とヒメナ。
 ドアが開いたので藍罠兄妹が戻って来たと思った二人は、同時に「「おかえりなシャイ」」声を掛けて後悔した。
「ぬ!」
 ゴロゴロ果肉ピーチゼリーが載ったトレイを持った江洲田が、さも当然の如くソファーに座る。そしてポケットから取り出したポーションミルクをパキッと開けてゼリーにかけると、長い指先をピンと伸ばした手を合わせ、相変わらず美しきイタダキマスを披露して食べ始める。
「ぅわあ···」
「フ···そう引くもんじゃない···これは格安で天国のスイーツを入手する方法だと思っている。まぁ自己責任だがな?」
 江洲田のペースと回復しつつある酔いモドキのせいで、宇留は少し頭が痛かった。

「気付いているんだろう?」
「!」
 江洲田の一言で、宇留もヒメナもそれが藍罠兄ヨキトの事であると察した。
「にゃ、なんとにゃく···?」
「確かに!ドウリでお兄さんから宝甲の雰囲気においがすりゅと思ったのりゃ!」
 的確だが締まらない宇留達の解答に、今度は江洲田が困惑する。
「む、むぅ···そういう事だ。聞いていないのなら、実は···」
「あ!ちょっと!」
「?」
 解説に入ろうとした江洲田を宇留が止める。
藍罠ヨキトさんが後からのお楽しみって言ってたから、せっかくなりゃ楽しみにしてよぅよ?」
 ヒメナも江洲田も宇留の提案に微笑む。
「おお!うーん···!」
「······成る程な、それも一興か?···さて!ここの監視データは何とかさせるから、今日の所は好きに遊んでいくといい···」
「な?、何とかって?え?」
 宇留は部屋を見渡す。
「!、お前知らないのか!?カラオケにはメアリーさんとミミアリーさんが出るんだぞ!」
「メ、メア?ミ!ミミさん?ナニソレこわ!」
「ふう···気を付ける事だな···」
 そう言うと江洲田はテーブルの上に数枚の名刺を置いた。
「これは?」
「この度わたくし、転職いたしまして···それではまた···」

 空になったスイーツグラスの載ったトレイを持って立ち上がる江洲田。その時扉が開き、藍罠兄妹が32号室に戻って来た。
「いやぁ!宇留!ヒメサマ!待たせてスマン!ゲームコーナーに懐かしのケツダケパニックがあってさぁ!磨瑠香と遊んで来ちゃったよ!」
「くっくっくっ!」
 何故か藍罠兄の後ろに居る磨瑠香は、まだ笑いが収まっていない。

「あ!マルカ!お兄さん!この店員しゃんが一曲歌ってくれるってにょ?!」

「なッ!?」
 ヒメナが江洲田に無茶振りをかました。
「え!あぁ!イヤ!私は仕事がありますので!···これで!」
「誰がこのスイーツ代を払うんだい?まさか琥珀の戦士様とあろうお方が“また„食い逃げなんてする筈が無いよねぇ?アンちゃ~ん?」
 藍罠兄は江洲田の肩をガッと掴み、江洲田の牛乳瓶の底眼鏡と空のスイーツグラスを交互に見た。その上ガルンも一切の助け船を江洲田に出さない。
「き!気付いていたのか!?」
「↭?」「↭?」
 江洲田のボケに宇留と磨瑠香は見つめ合い、呆れた表情でやれやれのポーズを披露する。
「押し引きの極意!緒向流!未熟者メガ!。未熟者ギガ、未熟者テラもあるよ!」
「最近ペタも出来たって!」
「ひ!ひぃ!ウソ!」
 磨瑠香の言葉に、藍罠兄の表情が一気に寒々しくなる。


 結局逃げ場を失った江洲田は、マイクを持たされ一曲披露する事になった。
 しかしその歌は江洲田の高い歌唱力と相まって、ガルンの優秀なコーラスに支えられた情感のこもったリアルな女歌だった為に、全員が感動して号泣する羽目に陥ってしまったのだった。



 
 夕方。

 琥珀王アンバーニオン軍カラオケ大会は終了し、カラオケ店近くの立体駐車場の下において、走って帰るという宇留とヒメナ、車で帰る藍罠兄妹は和気藹々わきあいあいの解散となった。

 藍罠兄は三階に停めたレンタカーのエンジンを始動させ、エアコンを全開にする。
 そして磨瑠香が後部座席に手荷物を積んでいる間に、江洲田が配ったシンプルな名刺に目を通す。

 最終局面省

  江洲田 元三郎

 最終局面省

  マーベラス 強山ごうやま

 助手席に乗り込んだ磨瑠香は、微笑んで名刺を見つめる兄を横目で見てほっこりしながら、カチャカチャとシートベルトを装着した。



「うわ!」
 河沿いまでやって来た宇留とヒメナは、遠くにある巨大な入道雲に見惚れて足を止めた。
 入道雲の根元は暗く、その下の方はゲリラ豪雨なのか白く雲っている。その影響か、河の上を水に先駆けて涼しい風が滑って通り抜けて行く。
「ヒメナ、大丈夫?」
「!」
 宇留はヒメナの酩酊状態の心配をしていたのだが、ヒメナはそれで宇留に伝えなければならない事があった事を思い出した。

「う、うん!」

 心臓が跳ねる感覚。ヒメナは言葉に詰まる。だが···
「よかった!よーし!明日から頑張るぞー!ンーー!」
 宇留は一度背伸びをして入道雲を眺めながら続ける。
「···ねぇヒメナ、なんか不思議だね?ちょっと前までみんなあんなに困らせ合ってたのに、もう笑い合えてる」
「···ウリュ······」

「全部ヒメナとアンバーニオンに会えたおかげさまだね?···ありがとう!」

「!······」
 ヒメナの視界、夕方の太陽が涙で滲む。
 言葉はもう余計に出て来なかった。

「コ、コチラ···こそ、ありがと······」

 遠くでヒグラシが微かに鳴いた。


「!ー」
 微妙な間のせいで急速な照れに襲われた宇留は、ロルトノクの琥珀アンバーを手で押さえ、その場で走り出そうと足踏みをし始めた。
「さ、さー!ランニング!走って帰るよ!帰って明日の準備···」
「ウリュ!」
「?」
 宇留は足踏みを止めて手の中のヒメナを見た。
ボクもサボるから、ウリュもサボって?」
「へ?」
「楽しかったね······」
「···う、うん······」

 再び何処かでヒグラシがか細く鳴く。


 遠くから響く遠雷の音と、オレンジ色に変わっていく入道雲のある光景が、二人コンビの夕方を包んでいた。













しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神樹のアンバーニオン

芋多可 石行
SF
 不登校から立ち直りつつある少年、須舞 宇留は、旅行で訪れた祖父の住む街で琥珀の中に眠る小人の少女、ヒメナと出会う。  彼女を狙う謎の勢力からヒメナを守る為に、太陽から飛来した全身琥珀の巨神、アンバーニオンの操縦者に選ばれた宇留の普通の日々は、非日常へと変わって行く···  今、少年の非日常が、琥珀色に輝き始める。

神樹のアンバーニオン (2) 逆襲!神霧のガルンシュタエン!

芋多可 石行
SF
 琥珀の巨神、アンバーニオンと琥珀の小人、ヒメナと出会った主人公、須舞 宇留は、北東北での戦いを経て故郷の母校へと堂々復帰した。しかしそこで待っていたのは謎の転校生、月井度 現、そして現れる偽りの琥珀の魔神にして最凶の敵、ガルンシュタエンだった。  一方、重深隊の特殊潜水艦、鬼磯目の秘密に人々の心が揺れる中、迫り来る皇帝復活の時。そんな中、アンバーニオンに再び新たな力が宿る······  神樹のアンバーニオン  2  逆襲!神霧のガルンシュタエン  今、少年の非日常が琥珀色に輝き始める······

琥珀と二人の怪獣王 二大怪獣北海道の激闘

なべのすけ
SF
 海底の奥深くに眠っている、巨大怪獣が目覚め、中国海軍の原子力潜水艦を襲撃する大事件が勃発する!  自衛隊が潜水艦を捜索に行くと、巨大怪獣が現れ攻撃を受けて全滅する大事件が起こった!そんな最中に、好みも性格も全く対照的な幼馴染、宝田秀人と五島蘭の二人は学校にあった琥珀を調べていると、光出し、琥珀の中に封印されていた、もう一体の巨大怪獣に変身してしまう。自分達が人間であることを、理解してもらおうとするが、自衛隊から攻撃を受け、更に他の怪獣からも攻撃を受けてしまい、なし崩し的に戦う事になってしまう!  襲い掛かる怪獣の魔の手に、祖国を守ろうとする自衛隊の戦力、三つ巴の戦いが起こる中、蘭と秀人の二人は平和な生活を取り戻し、人間の姿に戻る事が出来るのか? (注意) この作品は2021年2月から同年3月31日まで連載した、「琥珀色の怪獣王」のリブートとなっております。 「琥珀色の怪獣王」はリブート版公開に伴い公開を停止しております。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。 再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた― これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。 史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。 不定期更新です。 SFとなっていますが、歴史物です。 小説家になろうでも掲載しています。

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

処理中です...