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絢爛!思いの丈!

遠いユメの先に

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 重翼隊の指揮支援機、SR-8のそばまで足早に戻って来た裂断は、明らかに垂直離陸機能V-TOLのリフトジェットなどを用いていない奇妙な逆噴射でピタリと横に付いた。

 出撃前とはまるでオーラの違う裂断の様子に、隊員達は総じて息を飲む。
 アンバーニオンとの間に起こった現象を、その老練な経験値をもってしても判断しかねていた隊長の八野もしかり、一皮剥けた様子の裂断なかまの覇気に戸惑っていた。

「···お、追佐和?あのな?」

 恐る恐る、インカムを通して鈴蘭に話し掛ける八野。

〔えへ!えへへへへ!〕

「あ!発作じゃ無い発作だ!」
 女性隊員の一人が、事務的な口調で予測を述べる。
「ありゃあ、またルイくんがイマジナリィに出たか?」
 ある男性隊員は鈴蘭の様子に何か心当たりがあるようで、こめかみを指でマッサージしつつ仕事を続けながらぼやいた。
「隊長···裂断のAIもやっぱり様子が変ですね?」
 八野は苦笑いでハァとため息をつきながら裂断を見つめた。

「オイオイぃ···まーたオーバーホールせにゃならんべぇ?もう!」

 八野は目頭を片手で揉みながら呆れている。

 機内の壁に括られた御札も、か細くニヒヒと笑って揺れていたが、それに気が付く者は居なかった。









陛下ウィトリル~~~!〕

 ボクモスの情けない悲鳴が響き渡るアルオスゴロノ帝国の居城、エガルカノルのメインモニタールーム。
 椅子のような巨大ロボット、エギデガイジュⅡに座した皇帝エグジガンの表情は、穏やかでも激しくも無かった。

「バカめ···早く帰って来い!」
〔モーシワケございませんデシタぁ!〕

 漫画に出てくる三流悪党のようなセリフの上、ガポガポと水音が混ざったボクモスの謝罪の声。そして通信終了を見計らい、上部のカプセルにクイスランを封入したウォーターサーバーのような自走ロボットがエグジガンの前に出る。
「ゥ!陛下ウィトリル?!これが···」
「む?」
 エギデガイジュIIはマニピュレーターの指先から細いコードを三本伸ばし、クイスランの自走ロボットの腕が差し出した封筒を受け取った。
 何故かクイスランの自走ロボットのカプセルの表面は汗のような雫が光っている。

 コードの先に付いたカメラが封筒に書かれた 辞表 という文字を読み取り、エグジガンの目線の先に拡大された立体映像が映し出された。

「······」
 エグジガンはエギデガイジュIIのコード群が封筒を開く立体映像をただ黙って見ている。
「!?」
 その中身を見たエグジガンは呆れのあまり目頭を片手で押さえた。ボワワと失望の感情が振り切れ尽くすような効果音が頭の中に響く。
「ぬ、う~ん···?」
 エグジガンはため息を堪える。
 封筒の中身は写真が一枚。
 恐らく数日前に良夢村で撮られたであろう写真。
 屈託の無い笑みを浮かべる坊っちゃん刈りのエシュタガのアップがそこには写っていた。
「···これバッフ···?···いや!···まさかな?···一瞬奴らの所に行ったのか··と思ったぞ?···」
「はい?」
 エグジガンが何やらブツブツと呟いていたので、クイスランは思わず素で尋ねてしまった。
「いや!何でも無い!こっちの話だ。所でこれは何処で?」
「は!我々しか知らない拠点に数時間前に投函された模様です。怪しい男が拠点の監視カメラに写っていました」
 クイスランはエギデガイジュIIの立体映像にアクセスして、監視カメラの映像をエグジガンに見せた。
 映像に映った中年男性は目を見開き、食い縛った口元を横に伸ばして焦っているように見えた。周囲をキョロキョロと見渡し、エシュタガの辞表を郵便受けに投函して走り去るまでが映像には記録されていた。
「フフフ···」
 エグジガンは思わず笑みをこぼす。
「ギリュジェサ···」
「こ!、この男が!?陛下ウィトリル!お分かりになったのですか?」
「ああ、ヤツはイタズラの仕掛けをする時こんな顔をする。ふむ···今は行動を共にしているという事か?···あいつらめ、飽きさせてくれなくて何よりだ」

 エギデガイジュIIのコードがエシュタガの写真を床面に放った。
 写真はヒラヒラと空気中を舞い、フワッと暗がりの方へと滑るように消えていった。






 アンバーキメラの力がリングの向こうにかえり、眩い輝きが治まったアンバーニオンの操玉コックピット
「お!ッッッと!」
 ソイガターは、フッと気を失った宇留を背中で受け止めた。
「ついにあっちのうどんパワーが切れたか!良い経験ご苦労様だぜ!?ゆっくり休みナ?」




「ああ···宇留が!」
 ヒメナと融合していた折子は、電池切れになった宇留を介抱しようとロルトノクの琥珀アンバーの精神世界から出ようとした。

「セツコさん!」
「!?」

 ヒメナは折子の事を珍しく名前で呼んだ。

 ロルトノクの琥珀アンバーの精神世界。

 美しい琥珀のモザイク模様の壁と、足元に広がる一面オレンジ色の樹液で薄く満たされた広大な床面。天井は光そのものであるかのようにその世界を照らしている。

 その空間の中心でヒメナは、なんとも言えない表情で折子を見つめていた。
「?」
 モザイクの壁の向こうにうっすらと見える巨大なソイガターと宇留の動きがヒメナの事情を考慮した折子の力で遅くなると同時に、折子は再びヒメナに向き合った。そしてただちにこの空間の時間がリアルタイムに加速する。
「ヒメナちゃん?」
 折子はヒメナに近寄り左手を取った。
「!」
 ヒメナは微かに指先を動かす。そして違和感。ヒメナの左手、小指と薬指付近が動いていない。
「は···っ!」
 いつも余裕そうな表情の折子の顔が心配に歪む。
「ヒメナちゃん!?」

「琥珀召喚のせいじゃないよ?元々と言うかなんと言うか···かなり長く眠ったからしばらくは大丈夫と思ったけど、やっぱり もう なのかもね?古くなったバッテリーみたい···」

 ヒメナは自分の左手を見て切な気に微笑む。
「まだまだまだ、先の話だろうけど、その時はセツコさん?宇留ウリュ達をよろしくお願いします!」
「ヒメナちゃん···」
 ヒメナを抱きしめた折子は優しくヒメナの後頭部を撫でる。

「永かったわね···?」

 お互いほぼデータのような存在の今の二人に、伝わる感触は無かった。
 しかし果てしなく強い友情は、実際の感触を上回る包容力やすらぎとなってヒメナを包む。

「最後にお祭りありがとう!···ウリュには、近い内にボクから言っておくから···」

 ヒメナも少々高い位置にある折子の後頭部を撫でる。

「ウリュの家にはボク送迎おくるよ?これから···これからはウリュとアンバーニオンなら!きっと大丈夫···!」

 体を離し、涙を流す折子と向き合ったヒメナは微笑んで見せた。



 
 軸泉市南東の外れにある海沿いの道路。
 奇岩に波が打ち寄せ白く砕け散る。
 覆道ロックシェードの手前にある路側帯に立った折子と巨大猫アッカは、南下して飛んで行くアンバーニオンの光を見送っていた。

「···どうしたンダ?」
 アンバーニオンが見えなくなっても視線を空から戻そうとしない折子に、アッカはスンと鼻を近付ける。
「!···なんでもない··さて!」
 折子の頭撫でにアッカは目を細める。

「飲みにでもいきましょうか!どっか知らない?」
「うおお!珍しい!イイのカヨ!んじゃねぇ···ハッピーシュでティキンナンヴァン!」
「じゃ、私は···」

 そう言いながら、折子とアッカは道路脇の岩盤にけるかのように普通に歩いて消えていく。


 切なイイ潮騒の音だけが、辺りにゆったりと響いていた。

























 

 
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