神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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月影の帰還

抜き足

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こいつを引っ込めろ!委員長がびっくりしてるだろ!」


 NOI Zは自身よりも大きな体を持つロウズレオウに臆する事無く、互いに剣の切っ先を向け合ったままで叫ぶ。

「つ!月···井度く···ん?!!」
 マユミコ委員長の表情が控えめな感激にほぐれた。

 悪党の魔の手から自分を救いに来てくれた変な虎バイクに乗った黒い騎士ナイトの正体。
 その声はかつてクラスメートだったミステリアスな少年ひと
 まさかのフィクション的な展開に、急上昇したマユミコ委員長の女子冥利に尽きるとも言える感情は高まり、悪い大人達に冷やされた心は、短い時間で満遍まんべんなく暖まった気がする。


「その声、スマイ ウルの護衛をしていたあの時の紳士とお見受けする!」

〔え!ええー!、し、し、紳士ぃ?、い、いやあ参ったなぁ~?し、紳士、紳士なんて初めて言われちゃったヨォ!いやあ···ウレシ···オゴッ!〕
 NOI Zの問いに、ロウズレオウから共上の満更でもない嬉しそうな声が聞こえ、そして脇腹を肘で小突かれたような声でセリフは止まる。
〔···そ、そりゃそうだな?〕
 ロウズレオウの剣の切っ先は、少しだけ向こうにスッとずれた。どうやら警戒は完全に解かれた訳では無いらしい。

「···委員長、大丈夫?」
 ロウズレオウが剣を引くのを確認したNOI Zは、マユミコ委員長の方へ振り返った。
「うん!···でも···」



 ロウズレオウのコックピット。
 パイロットスーツの共上の頭上からスフィの声が響く。

「集まって来てる」

「ああ!何だこの数は···目に見えない場所にも居るぞ···?!」
 ロウズレオウの感覚センサーは、NOI Zを中心に集結しつつある多数のクラゲ型ビット達の気配を捉えていた。
 コックピットのディスプレイには、マユミコ委員長と向き合うNOI Zが映っている。



「病気?」
 NOI Zは握っていた黒い剣をクラゲ型ビットに戻し、宙に解き放ちながらマユミコ委員長に聞き返した。
「うん、月井度くんがあの怪獣に食べられちゃったせいで移っちゃった病気に、月井度くんから今度は私に感染してますよって?」
 NOI Zは車の中で気絶している根継桁を睨んでから呟く。
「おかしいな?俺達· ·の病気には人と共通の病気なんて無いって一応聞いてるんだけど?」
「え···え?」
 マユミコ委員長は、気絶している根継桁を一度睨み、まだ素顔を晒さないNOI Zの仮面の中の現の顔を二度見する。
「そうだぞ?お嬢さんからは病気っぽい匂いなんてしねーぞナ?」
「ひあ!」
 マユミコ委員長はいつの間にか背後で自分の背中に鼻を近付けていたソイガターに驚いた。
「あー!大丈夫大丈夫!俺もスマイやマルカのトモダチだ!」
「え!え?磨瑠香?須舞くん?···の?」

 〔虎センセェよ!ひょっとしたらそれ秘密だったんじゃねーの?〕

 ロウズレオウの呆れたような視線がソイガターに降り注ぐ。
「え、マジで?」
「虎さん?月井度くんも···一体これって?須舞くんも、って?」
 マユミコ委員長はソイガターとNOI Zを交互に見た。

「ニューん?、まぁそれはオイオイ分かってもらうとしてだなナお嬢さん。君を心配してる声が多方からボチボチ。マルカからも俺のトモダチを通してリクエストがあったし、ご両親の所にも今頃そのトモダチが駆け付けてる。それにゲル···じゃなかったボーズ!お前の事はヌシサマに頼まれた!ったく心配させやがって!」

「!···ヌシサマ!」
 NOI Zゲルナイドは遠く、鍋子市の方を眺める。そして再び視線をマユミコ委員長の方へ戻し、片膝を地面に突いてマユミコ委員長と目線の高さを合わせた。
「!」
「···委員長!ごめん!全部俺のせいだったんだ!本当にごめん。迷惑をかけてしまった······」
「月井度くん···」

「俺、本当は人間じゃ無いんだ。怪獣···なんと言うかあの怪獣も俺の体で······みんなにもいつか謝らないと···でも本当は怪獣でもなかった。分かっちゃったんだ。この体···俺は···」

 うつむいてどんどんと口数が減っていくNOI Zの肩アーマーに、マユミコ委員長がポンと手を乗せた。
「!」
「分かった!今はもう大丈夫だよ!···ありがとう!助けてくれて!···また、また学校にきてね?」
 マユミコ委員長はフワッとNOI Zの肩口に抱きついた。
「······」
 NOI Zは黙ってその抱擁を受け入れた。
 黒い鎧の中で、人間の遺伝子をほぼ完全に再現した体が安心感に包まれる。

 その更に奥。
 ゲルナイドの深奥に座する意思インテリジェンスは、その現象に深い敬意を表した。

「委員長······」
 自身から体を離したマユミコ委員長を見つめるNOI Z。
 遠くからサイレンの音が聞こえ始める。

「ん?右ハン?オートマ?外車っぽいのに外車じゃナサソーだナ?変ナ車!」
 ソイガターは割れた助手席側の窓から頭を突っ込み、根継桁の車を覗き込んでいた。それは二人の邪魔をしないようにと、間を持たせる為の気遣いだった。
 根継桁は意識を取り戻していたが狸寝入りを決め込み、ソイガターを刺激しないようにしている。しかしそれは既にバレており、根継桁はグコルル···とイタズラっぽく唸るソイガターにビクッとする体を押さえ込もうと、必死で耐えていた。

「ソイツがエシュ···カギムラアガトのアニキ?」

「!」
 高速道路上に向けられたロウズレオウの毒恋丸の切っ先の影から、片言の日本語で喋るブロンドの美女。スフィが歩いて来た。
「?」

〔キーヴィレイブ研究所元副所長、根継桁 程九部長···旧姓、鍵村 程九。エシュ···鍵村 跑斗の兄。これまで色々あったようで?お察しするよゴクローサン?。ねぇスフィさん?そこで寝てる女、多分アイツじゃね?なんだっけ!?アレ!ホラ!?〕

「ハイハイ···」

 ロウズレオウを通して共上がコメントする。
「え?コイツがヤツのアニキぃ?オーラ無ェ~!匂いも違うぞ?」

「え!!」

「うわ!起きてやがった!」
 匂いが違う。という言葉に驚いて狸寝入りを解除する根継桁。どうやら彼自身のある長年の疑問にソイガターのせいでメスが入ったようだ。
「虎チャン?家庭の事情家庭の事情···」
 ソイガター達に近寄ったスフィが、今度は流暢な日本語で素のツッコミをした。
「あ!ヤベ!なんかゴメンナ?」

〔フッフッフッ、どうやら鍵村家はまた大変な事になりそうですなぁ?〕

 ロウズレオウから聞こえた共上の声に、立ち上がったNOI Zが視線を返す。

〔ん?〕

「···今の俺には、誰かに危害を加える目的も行動目的は何も無いし、俺は逃げない。居場所ならスマイ ウルかこのヒトに聞いてくれ!」

〔······ふぅ!···信じて···良いんだな?〕

 ヴワッ!

 ロウズレオウは毒恋丸を持ち上げ、背中の鞘に納刀する。
「さ!アッチの非常扉へ行きましょうカ?私達は大丈夫よ?」
 スフィがマユミコ委員長の肩に触れた。

「!、月井度くん!」
「···委員長、俺、しばらくあの港で海を見てるから。また······それに、俺の本当の名前は···ゲルナイドだ···」
「···私も!マユミコでいいよ?···」

 徐々にこちらに向かって来るパトカーのサイレン音が大きくなってくる。
「じゃあ琥珀の虎ソイガター!ありが···とう」
「グォウ!!元気でナ!」
 NOI Zは名残惜しそうに二~三歩後退すると、数機のクラゲ型ビットを引き連れ高く跳躍し、高架橋の下へと消えて行った。

〔じゃスフィさん!その子よろしく!〕

 フッと宙に浮かんだロウズレオウに、スフィはビッ!と親指を立てた。
 ロウズレオウはオレンジ色のマフラーを翻して垂直上昇し、まるで今までそこ居たのが夢だったかのように一瞬にして見えなくなる。

 その間にソイガターも姿を消し、マユミコ委員長とスフィも非常扉から下に降りて行った。


「······」
 まだまだサイレンの音は遠い。
 根継桁がコソッと車を抜け出そうとした時、ボン!とエンジンルームが軽度の爆発を起こしてフロントガラスが割れた。
「ヒ!ヒィ···!」

 結局、根継桁は駆け付けた警察の対テロ部隊に確保されるまで、車の中で腰を抜かしていた。






 キーヴィレイブ研究所。
 資機材保管庫ルーム。

 階下の広場前からはサイレンがうっすらと響き、人気ひとけの無くなった研究所。

 倉岸は、無遠慮に細かい機材を物色していた。

 ヴァンン!

 保管庫ルームの扉が乱暴に開かれ、大男、ベデヘム3中枢活動体が侵入して来た。
 そしてそのままゴツゴツとリノリウムの床にブーツの底を当てて歩き、倉岸の居る薄暗いブースに近寄った。
 ゴソッ!
「!、ヌ?」
 ベデヘム3が“掴んだ„と“思った„のは倉岸の肩では無く、ラックに立て掛けられた段ボールを紐で括って纏めたものだった。
 ベデヘム3の背後を影が平行移動で通り過ぎる。
「!ーー」
 その影を追うベデヘム3。しかし誰も“居ない„。
「オマエベデヘム三号か?懐かしいな?」
「どこだ!」
 ベデヘム3は周囲を見渡しているが、すぐ近くで機材をリュックに放り込む倉岸の姿が見えないらしい。
「なんだ?今の帝国は零存在感迷彩の対策もしてないのか?こんなのぁガキが作った急造品だぜ?」
 倉岸はリュックのチャックを閉める。
「!」
 ベデヘム3は音、匂いも頼りに保管庫を歩き回るも、いつまでも倉岸を捕まえられない。
 やがて扉が閉まる音がした。
 部屋を出たのか?出て居ないのか?ベデヘム3は潔く諦めた。これ以上はもうそれすらもわからないのだろう。
 ベデヘム3は廊下に出た。誰も“居ない„。

「やはり、エブブゲガ···様···なのか?」


 廊下の壁に背中を預けて立っている倉岸の横を素通りし、ベデヘム3は保管庫を後にした。

 それを見送った倉岸は液晶懐中時計のような機械をポケットから取り出し、89%と表示されている画面を満足そうに眺めた。


「ヘヘハァ!いいぞNOI Z!お前は···戻って来たんだ!」
 









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