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月影の帰還
猛り進む
しおりを挟む「まだ飛べないのか?」
道路を走るNOI Zは、周囲を常に飛び回り、自身に付き従うクラゲ型ビット達の様子から、てっきり自分も飛べるものだと思い違いをしていた。
飛び込んだ水路の中でいきなり無数に出現し、現の体に纏わり付いたクラゲ型ビット達はスライムのように形を変え、瞬時にこの黒い結晶の鎧を構築した。
この形態は本来のNOI Zとして機能するものでは無いようで、形態維持に殆どのエネルギーを割いており、多機能性を期待するには不十分な状態だった。
模索すれば他に機能の補いようはあるのだろうが、現はシンプルかつ小回りが利く今の状態を選んだ。
それに練習の時間、そして判明した自分の正体に関して考える時間すら今は惜しい。
「俺のせいだ···!」
走る···と言っても、NOI Zは余裕で往来の車を追い抜き、視界に表示されたオレンジ色のターゲットマークに向かって爆走を続けた。
「···いつもの埠頭にお願いしました。直接乗り込めるよう準備しておくとの事です」
なにやら外国語で交渉していた女性スタッフは、古い通話端末での会話を終え根継桁に無感情に報告した。
「はいはーい!」
根継桁の返事と共に、車は高速道路に入るゲートを通過する。
聞き慣れない乱暴な外国の言葉での会話を恐れたマユミコ委員長の焦燥感はピークに達していた。
もう二人からは、うつむいて明らかに不安感を募らせるマユミコ委員長をケアする言葉の一つも、状況の説明も何も無い。
家族の事、友達の事、思い出の事。
マユミコ委員長の感情は無意識に明るい思考へと逃避する。
助けて······
マユミコ委員長は自分が完全に騙されていたと確信していた。
「はい、そうですね?紅白のパトランプの、緊急車両扱いで良かったんですよね?」
高速道路料金所の事務所で、一人の職員が責任者に確認の電話をしていた。
〔うん!っと、珍しいね?それは緊急生物系運搬のだな···あれ?届け出、届け出···そのナンバーのは······〕
電話の向こうで情報を検索する責任者の言葉を待つ職員は、超高速でゲートを駆け抜けて行く人影を窓越しに見た。
「ちょっ!なんだぁレーー!」
驚いた職員は思わず窓に頬を押し当ててまで走るNOI Zを確認しようした。
小刻みな筈の一歩が数メートルに感じる。
ろくに動けなかった頃の鬱憤を晴らすように、NOI Zは疲れも知らず益々加速する。
追い抜かれた車のドライバーは驚き、そのスピードを緩めたり、少々蛇行運転をしたりしていた。
やがて前後に車が途切れた頃、NOI Zの脇に何かが追い付いて来た。
「?」
大きさからバイク?と思った現だったが、路面を砕かんばかりの自分の足音に混ざって聞こえるのはエンジン音では無く、四足走行特有の足音だった。
「ヨゥ!オモシレー事やってんナ?」
「!」
NOI Zの横に付いた琥珀の虎、ソイガターは、走りながらも一切息せきを切る事も無く、気さくに話し掛けて来た。
「!···その声!虎のアンバーニオン!」
「おお!やっぱりあん時の怪獣か!久しぶりだな?生きてたんだナ?」
「そうでも無い!何の用だ!」
「マァ何かとね?で?どーだボーズ?乗らんかネ?学割もキクぜ?」
「ボーズじゃ無い!ゲルナイドだ!」
なんだかんだ言いながらNOI Zはソイガターの背に股がった。そして少しスピードが落ちる。
「グノノッ!重ェ!その体ドーナッテんだ!ゲルナイドぉ!」
「自分で乗れと言っておきながら年頃の少年に向かって失敬だな?じゃあ降りるか?」
「なんんんの!コレシキィィーー!」
NOI Zを乗せたソイガターはジャガジャガとアスファルトを蹴って更に加速した。
クラクションとサイレンで先行する車を威嚇しながら、根継桁の車は通常では違法な速度で他の車を追い抜いて行く。
だがそんな時、サイドミラーにオレンジ色の光が映り、根継桁の目の色が変わった。
「おい!」
「!」
根継桁の叫びに、女性スタッフが振り返る。
後方三百メートル程の所でジグザグに車を追い抜いて走る異様な物体。
女性スタッフはシートの下からバイオハザードマークのついた小型のアタッシュケースを取り出しロックを解除した。
中にはグレーのクッションスポンジに包まれた筒型の手榴弾が二つ。
女性スタッフは窓を開け、無表情でピンを抜いた手榴弾を車外にポイ捨てする。
「ダァーーーブネーー!」
路面を跳ね、自分達に向かって来た手榴弾に気付いたソイガターは、鼻先でそれを上空に跳ね飛ばす。
ドグァーー!
「くッ!」
爆風を潜り、減速したソイガターの視線の先で、根継桁の車は鬼加速して緩いコーナーの先に消えた。
「アレだ!」
「ニャあ!しかし速ェ!何馬力だアノ車!因みにネー?俺は百虎力!···だがあんナモンスターマシンじゃさすがの俺でも骨が折れるゼェ···?」
「······」
現は心中でため息をついた。
すると走るソイガターの横に、クラゲ型ビットが集結して二ヶ所に留まって癒着し、転がるように自走するタイヤのような物体が二つ形成された。
「!、なんこじゃりゃ?」
「こいつを使え!ソイガター!」
「···オモシレェ!」
ソイガターはヒョイと疑似黒宝甲のタイヤの上に飛び移り、前足と後足でタイヤの両サイド中心軸を挟み込んで固定する。
キャリキャリと音を立てていたタイヤは、加速するに従ってキーーンと高い駆動音に変化する。
歪な形の虎バイクと化したソイガター。ジェットラマイガーは、明らかに足で走っていた時よりも速いスピードで根継桁の車を追った。
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