神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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月影の帰還

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 爆発音。

 キーヴィレイブ研究所内。
 あらゆる物品が白で統一された殺風景な病棟の一室。

 薄いグリーンの入院着を着たマユミコ委員長は、開かないと分かっていても曇りガラスの窓際に近づいた。
 当たり前だが外の様子は確認出来ない。
 続けて廊下から、キンコンと決して急かす程でもないリズムでベルの音がくぐもって聞こえる。
「?、なに?」
 漂う不穏な空気。マユミコ委員長が不安に駆られていると、部屋の扉がノックされ、根継桁の部下である女性スタッフが入って来た。
 マユミコ委員長は違和感を感じた。
 女性スタッフは、マスクはおろか防疫スーツのたぐいを着ていない。自分は現と同じく怪獣由来の感染症に罹患していると説明があった“ハズ„だった。
「?」
 そんなマユミコ委員長の疑問を押し潰すように、薄めの眉毛をした体格のいい女性スタッフは、やや下膨れの頬越しにマユミコ委員長をギョロッと見下ろす。

「···移動します!準備して?」
「え?」

 二人が廊下に出ると、根継桁も女性スタッフ同様になんの防疫対策もせずにマユミコ委員長を待っていた。
 根継桁はスマホをいじりながらマユミコ委員長と女性スタッフを無駄に待たせる。
 十数秒後。根継桁は焦った口調で、そしてまるで他人事のようにマユミコ委員長に告げる。
「ココぉ離れます!詳しくぁ、デ!」
 その口調にマユミコ委員長の疑問は不信へと変わる。
「あ、あの!」
 質問しようとしたマユミコ委員長の肩を女性スタッフが強めに掴み言葉を遮る。
「ヒ···!」
「移動ォ···構いませんね?危ないンデェ?今?早く元気になってお父さん達んトコカエリマショウね?ダイジョブですから」
 根継桁は嫌な笑みをマユミコ委員長に向け黙らせた。
 ···もう嘘がバレようがどうしようが、どうでもいいといった根継桁オトナ達の高圧的な雰囲気に、マユミコ委員長はただ押し黙る選択肢を取るしか無かった。






 一度静かになった護岸堤防地帯。
 黒い海鳥が海面スレスレを飛び抜け、煌めく水面に写ったその影は主に追随していく。


 キーヴィレイブ研究所。
 エントランス前広場周辺。

 現を狙撃した白い装甲車の車高が、アクチュエーターの駆動音と共にグッと上がる。


 四輪のタイヤの付け根からそれぞれアームがリフトアップして伸び、装甲車は四足歩行とタイヤの回転を半々で組み合わせながら、ガチャガチャとロボットのように歩いて広場の段差を乗り越え、現の落ちた水路へと向かう。
 その傍らには武装した職員が付きまとい、職員達は装甲車よりも先行して恐る恐る様子を伺いに水路の際へと近寄る。
 更に地下駐車場からもう2チーム。装甲車と武装職員のチームが涌き出してバックアップに入った。

「やれやれ、コドモ一人に恐竜でも仕留めようって勢いだな?」
「恐竜みたいなモンだろ?怪獣の脳ミソが人に化けて動いてるって所だ。そりゃウチラみたいなアトナシはぐれ研究機関的には願っても無い拾い時だよ?それにコドモって例えは油断に繋がるからヤメな?」
 武装した職員達はの口調は、まだこの時点では軽いものであった。



 ザッッッッッ!

「!!」

 水路を覗き込んだ職員が、突然水路から上がった水柱に驚いてけ反り、尻餅をついて倒れる。

 ガカンッ!

 水路から飛び出た影は体をひねって跳躍し、装甲車の上に片膝立ちで着地した。
「!」
 武装した職員達の視線がその影に一挙に押し寄せる。

 細長い板のような三本の触覚。
 さほど身長は高く無く、全身をやや透明度のある黒い結晶で覆われている。
 暗い緑色をした胸部の鎧が、呼吸に合わせて膨らむ。
 そして装甲車の運転席。無人自動制御用のシステムは、黒い怪人が持っている黒い剣に天井の上からピンポイントで貫かれ、ガクガクとタイヤアームを揺らして機能停止した。

「···な!何者だー!」

 武装職員達は怪人に向けて、容赦無くサブマシンガンを乱射する。
 だが怪人の半透明な黒い装甲は弾丸の雨をものともしない。
 そして怪人は細かな乱打の中にあっても、何事も無いように平然と黒い剣を装甲車から引き抜き、そのままドッと地面へと飛び降りた。

「!」
 一度攻撃の手を止めた職員達の後頭部にフッと黒い影が飛来する。
 大きめの拳大程の黒いガラスで出来たクラゲの置物オブジェのような物体が、職員達の首筋に触手側から取り付き、チクリと細い針を刺した。

 ほぼ同時にその場で気絶する職員達に目もくれずに。
 黒い怪人と化したゲルナイドこと、NOI Zノイズは、再度研究所ビルに向かって歩き出した。






「なんだと!」

 キーヴィレイブ研究所地下駐車場。

 スマホで通話していた根継桁の驚いた声に何かを察した女性職員は目の色を変え、ほぼ押し込めるようにしてマユミコ委員長を近くに停めた大型スポーツカーの後部座席に放り込み、自身も乗車した。
 続けて根継桁はスマホで報告の続きを聞きながら運転席に乗り込むと、すぐさまエンジンをスタートする。
 あらゆる末端が丸く、そして大きくしゃくれた外車だと思われる大型スポーツカーは、その個性がキツイ外見とはイメージの異なった控えめなエンジン音を車内に響かせた。

「いいですか?今から···

 ダドドドン!
「!」
 外から発砲の音。

 ···今から、安全な施設まであなたを移送します。しっかり掴まっていて下さぁい!···全部だ!全部出し惜しみせずに出して止めろぉ!」
「!?」

 根継桁はスマホを耳に当てながら、マユミコ委員長と職員達に同時に指示を出す。
 聞いているその間に、女性職員によってマユミコ委員長はシートベルトで座席に縛られた。

 根継桁はスマホを助手席に放り出し、すぐにキュッとタイヤを鳴らしてスポーツカーを乱暴に発進させる。

 駐車場の出入り口から差し込む光と車がすれ違う頃、宙に浮かんだ黒い影と車体がぶつかり合うカカン!ゴコン!という音が鳴った。
 スポーツカーは地下駐車場に侵入しようとしていた黒い浮遊クラゲを弾き飛ばし、ビルの裏手側道路を加速して行く。
「ッソぉー!キズついちまったじゃねーかァ!」
 根継桁は運転しながら一人でキレ散らかしている。マユミコ委員長はビクッと怯えてうつむいてしまったが、女性職員はそれをケアするという事も無く、窓を開け淡々と白灯と赤灯が交互に切り替わるパトランプを車体の上に張り付けていた。




 装甲車はNOI Zに向けて発砲を繰り返していた。
 しかしやや遠距離から到来する弾丸の軌道は、疑似黒宝甲ジェッティオンの並列思考ネットワークによって瞬時に計算し尽くされ、NOI Zは最小限の動きでその巨弾をかわし続ける。
 やがて周囲を飛び交い数を増やしつつあるクラゲ型ビットの一体が形を変え、装甲車に搭載された大口径銃の砲門の中に飛び込む。
 その大口径銃は破裂し、その装甲車は一瞬挙動不審になった。

 ジジジ···

 NOI Zの三本の触覚の合間で強力な電磁波がせめぎ合う。

 するとNOI Zにハッキングを受けたもう一機の装甲車の大口径銃が隣を向き、銃を破壊された方の装甲車に弾丸を叩き込んだ。

 ド!ドグァッ···!!

 爆発炎上する装甲車。
 続けてNOI Zは持っていた黒い剣をもう一機の装甲車に投擲とうてきする。

 カ!

 軽い音を立てて、黒い剣は装甲車のメインカメラがある部分に突き立った。

 ガ!ゴズッッッ!

 黒い剣の柄の部分目掛けクラゲ型ビットが高速で衝突し、黒い剣が更に深々と突き刺さる。
 装甲車は足の力が抜けてその場にうずくまり、NOI Zが数歩歩む間に装甲車は二台共行動不能に陥った。

「ヒ!ウワぁ!」
 ミサイルランチャーを持ち出して来て撃とうとしていた武装職員達だったが、NOI Zのその余裕めいた力に圧倒され、逃げ出す者も現れた。
 だがクラゲ型ビット達は、黙々と敵対する職員達を気絶させて回っている。

「······」

 改めて研究所ビルを見上げたNOI Zの視界に、根継桁のスポーツカーを追跡するクラゲ型ビットからリアルタイム映像が届いた。
「!」
 添付されていた連写画像の一枚には、後部座席に困った表情で座るマユミコ委員長が写っている。
「ーーー!」
 
 NOI Zは根継桁のスポーツカーを追って、そこそこのスピードで走り出した。

 研究所ビルの屋上。
 そんなNOI Zを見つめる大型獣の影。

 琥珀の虎、ソイガターが必死に走る黒い琥珀の戦士を見つめていた。












 
 
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