神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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月影の帰還

研 究 所

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 ゲルナイドと倉岸は、馬瀬間区からいくつか電車を乗り継ぎ、北関東方面へと北上していた。
 電車は市街地を離れ、午後の少し疲れた青空の中を進む。
「アレだ!」
「?」
 車窓の風景に倉岸が指し示した建物。
 田園風景が混じる景色の奥に見える紅白の煙突が並ぶ工場地帯を、はたから遠巻きに眺めるように立つ二十階建て程のビル。
 上空に沿岸の雰囲気を纏うビルの側面には、蛍光グリーンのラインが一筋、張り付くように塗られている。
「アレが、キーヴィレイブ研究所。お姫様はあそこにいるのさ、お前のせいでな?」
「!」
 現は、丁度蛍光グリーンのラインを睨んだ所で倉岸の言葉に虚を突かれる。動揺こそしたが、今はそんな事はどうでもよかった。

 倉岸は、ほぼ無視を通した現の横顔をニコリと眺めると、この時代では珍しくなった有線式のヘッドフォンを耳に掛けた。






 キーヴィレイブ研究所。
 根継桁のオフィス。

 広いオフィスの中心にデスクが一つだけ、氷の溶けた飲みかけのコンビニアイスコーヒー、パソコンのディスプレイが三つとタッチパッド付きキーボードと纏まっていない配線、その他のスペースには様々な資料が乱雑に山積みされ、ゴミ箱は押し込まれたもので溢れている。
 根継桁は左サイドの縦置きディスプレイを凝視し、ギャンブルゲームに勤しんでいた。

 シンプルなようでいて汚一点。

 デザイナーのこだわりだったであろうアーティスティックな内装がそれだけで台無しになっている。

 ギリリリリン!

「?」
 根継桁のスマホで黒電話の着信音が鳴る。着信音量は最大で、甲高い音は彼の耳に詰まった。

 公衆電話着信。
根継桁は声も出さず応答する。相手も少し黙っていたが、やがて口を開いた。
〔···やぁ!兄貴〕
「···お前か!?」
 根継桁はあからさまに嫌そうな顔をした。
〔奥さんは元気?〕
「なんの用だ?」
〔転職したんだ。“みんな„によろしく言っといて?そっちはどう?〕
「誰かさんのおかげで散々だよ。このテヘペロリストが!通報するからな?」
〔出来るモンならどうぞ?ごめんねオムコさん?こっちもあんたら守ってやる事ァ無いって判断だったからさ?〕
「チッ!」
〔色々ナリフリかまってないらしいじゃない?〕
「お前には関係無い!無駄話なら切るぞ?」
〔アに····〕
 根継桁は通話を切ってスマホをデスクの上に乱暴に放った。
「!」 その時、根継桁は右サイドのディスプレイに赤いメールマークが点滅しているのを見つけた。
 根継桁は早速カーソルでマークをクリックする。
 最寄りの駅に仕掛けられた五分前の監視カメラ映像。
 そこには電車を降りる現の姿が映っていた。
「!···食い付いたか!」
 現の動向を目にした根継桁は嫌な笑みを浮かべ、放ったばかりのスマホに手を伸ばす。
「!」「?」
 根継桁は一瞬、スマホの画面に反射して映る自分の背後に、不気味な少年か少女の影を認めて画面を二度見した。しかしすぐに気のせいと判断して部下の実行部隊に連絡を入れる。

 ディスプレイの監視カメラ映像には、現に続いて電車を降り、後に続く少年がノイズ交じりに映っていたが、根継桁は何故かどうでもいいと判断していた。



「本気か?」
「やましい事は無しと言った。正面から行く」
 キーヴィレイブ研究所を目前に、現は正面突破を宣言しビルを睨む。
「やれやれ···ブッ壊す勢いだなぁ?」
 倉岸は無感情にコメントした。
「出来ればそうしてる。···ありがとう、案内してくれて」
 口元に笑みを浮かべた現に、倉岸は微妙な表情を返す。
「れ···礼には及ばんさ、でもお前は人間を知らな過ぎる。せいぜい気を付けるんだな?こっちは勝手にやらせてもらうぜ?」
「?」
 倉岸はそう告げると、道の脇にある設備通路へと降りて行った。

「······」

 近所のコンビナートの稼働音が微かに響くキーヴィレイブ研究所のエントランスに続く広場の中心を、現はそのまま真っ直ぐに進んで行く。

 まだ日が高い週末ラストスパートの企業ビルの前にしては人の気配が無い。
 それは怪獣の中枢活動体である現であっても、違和感を覚えずにはいられなかった。

「!」

 やがて植え込みの物陰から、やる気の無さそうなスーツ姿の男達が姿を現した。
 十人程の男達は、一定の距離を保ち現を取り囲む。
 
「···お忙しい所失礼します。見学したいんですけど?」

 現が臆する事も無く正面に立つ優男に声を掛けた時、乾いた破裂音と共に現の背中にバチッと何かが当たった。
「!」
 先端に粘着ジェルトリモチの付いた電線が伸びる電撃銃から、現の体に向かって電流が流れる。
 銃からカチカチと音が響き、男達の表情は嫌なドヤ顔に歪んだ。
 しかし······
 現は何事も無いように立ちすくんでいる。男達の表情はすぐに疑問へと変わる。
 現は微笑んでいた。
「ごちそうさまです。でも、バッテリーのヤツってイマイチなんですよね?俺まだガキなんで」
 現は電撃銃の電線を素手で掴み、背後の男から電撃銃を奪った。
「!」「!」「!」
 男達はようやく懐から本物の銃を抜き取り現に向け、発砲を始めた。

 俺の捕獲に生死は問わないって事か?

 現は飛来する弾丸を避けつつ電線を振り回し、先端の電撃銃で男達が持っている銃や飛んで来る弾丸まで丁寧にはたき落とす。
 そして一人一人、頭部周辺の急所に当てては男達を気絶させていった。

 残った男達が後退を始める。

 すると両脇に避けた男達の中央。少し遠くに見える研究所ビルの前に、白い装甲車のようなゴツい車が姿を現した。
「!」

 バゴンッッ!

 咄嗟に飛び退く現の居た場所のアスファルトが砕け散る。
 赤いバイオハザードマークが大きくペイントされた装甲車は、車体右サイドに装備した大口径砲から容赦無く弾丸を放っていた。
「く!」
 現は近くにあった植え込み花壇に一度身を伏せようとした。
 だがそれは、いきなり現れたコートの人物に阻まれる。
「!」
 コートの人物は伏せようとした現の小脇を抱えるように支え、近くの水路までダッシュした。テチテチ···!と妙な足音が響く。
「なっっ!」

 コートの人物は中身が無かった。

 一瞬だがコートの人物の体表がぬめったように光り、何らかの透明化能力を持った人物だと現は直感する。
 だがしかしそれではコートを着ている意味がわからない。

 そうこうしている間に、二人は共に水路の中に落ちた。

 海が近いせいか、コンクリート製の水路の縁には貝やフジツボがひしめき、焦げた緑色の藻が底を覆っている。
 水深は深いが水の透明度は高かった。
「何をするんだ!」
 現は言い掛けてコートの人物を見る。
「!」

 コートの人物は、いつの間にか現の右手中指に指輪のようなものを見えない手ではめていた。

 黒い半透明な大きめの石が付いた指輪。

「こ!これは!」

 コートの人物のコートだけが体幹を失って水中で揺らぐ。
 コートの人物はどうやらコートを脱ぎ捨てたらしいと現は思った。

 そのコートが水中で遠ざかると共に、まるで入れ替わるように黒い影が増え始める。
 現はいつの間にか半透明な拳大の黒いクラゲの群れに囲まれていた。
「こ、こいつらは!?」

 マスタープログラムの質問に回答。
 停止中のシステムを外部から解凍。
 疑似黒宝甲ジェッティオン、リスタートします。

「!?!?」

 その時、ゲルナイドの記憶の奥底から、膨大な情報が溢れ返った。








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