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復活!琥珀の闘神!

再出動

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 アルオスゴロノ帝国の居城、エガルカノル。

 エグジガン皇帝は、足元に跪く服がボロボロになったベデヘム3中枢活動体を見下ろしながら穏やな口調で呟いた。

「ゴーザンが逝ったか、短い夢だったな?またしても奴に···あのゼレクトロンに···驚くべきはアレを使いこなす者が現れたという事だ」

 すると何処からか小型のドローンが現れ、プーンとベデヘム3の隣に陣取った。
 それを脇目で見上げ睨むベデヘム3。

「来たか」
 エグジガンはしゃがみ込み、ドローンへとなるべくその巨大な顔を寄せた。

「呼んだのは他でもない。貴様らの直近の顧客情報、何を用意すれば買える?」

 ドローンのスピーカーは考えるように沈黙を続けている。ベデヘム3は無駄に頭を垂れている時間を惜しみ、下を向いて歯をくいしばっていた。









 目を覚ました瞬間。
 
 藍罠の意識は吹き上がる炭酸のように湧き踊った。
 やけに意識がハッキリとする。
 
 病室の雰囲気から、ここは何処かの国防隊の医務課棟だろうと察しは付いたが、今記憶にある夢のような断片的な記憶が藍罠を不安に落とし入れる。

 ···うわ!もう目ェ覚ましタ!
 ···もう一発打っとけ打っとけ!

 暗転

 ···また起きた?どーなっテんの?
 ···宝甲のバックアップだ、元気だぞ?アイツのは特にな?

 暗転

 ···これ?致···量···?
 ···大丈夫大丈夫!

 暗転···からの「戻れ!」と言われながらジャイアントスイングでお花畑から明るい方へと放り投げられる夢。

 フルル···!
 藍罠の背筋に悪寒が走る。

 致死量ってなんなんですか共上さん···!···オヤジも成人した息子をジャイアントスイングで放らんでくれよ···俺は一体······?

 そしてふと周囲を見渡すと、ベッドを囲うカーテンの隙間から見慣れた渋いオジサマがグワッとした顔で覗いていた。藍罠は昔こんな怖い映画あったな?と思いを巡らす。

「うわ!」
「わ!!」

 手慣れた冗談を言い合いながらカーテンを開けた礼装の茂坂は、藍罠のベッドのナースコールボタンを押す。
「目が覚めたか?」
「あ!ぅ!お!おはようございま···」
「寝ていろ寝ていろ!」
 茂坂は藍罠を制したが、藍罠はもう上半身だけ起き上がってしまっていた。
「隊長!」
「あぁ···!」
 微笑む茂坂の後ろで男性看護師が全てのカーテンを開け、看護師スタッフを引き連れ遅れてやって来た医官が藍罠のベッドを訪れた。



 三十分程の診察を終え、採血の注射針が一本折れる等のハプニングがあったものの、医官達を敬礼で送った藍罠は、再び個室へと入室してきた茂坂と顔を合わせる。

「大変な特殊出向アルバイトだったな?」
「···申し訳ありません!椎さん···ゴーザンは連れ去られてシマイマシタ!」
「(まぁ、そういう事にシトクカ)···で?勝ったのか?」
「勝ちました···けど···」
「最終報告は届いている。椎山ゴーザンを連れ去ったのはフェグマツォ牙の箱団?とかいう組織だ」
「?」
「犬神仮面のトレードマーク。最終局面省ファイナルフェイズがごく初期の実働期に解放した国で暗躍していた地下組織。それが今復活の兆しを見せているらしい」
「地下組織ですか?」

 藍罠は最後に目撃した犬神仮面のくノ一ブロンドヘアーには覚えがあったが、証拠が無いので黙っていた。

「噂によるとその組織は、首領の娘が当時の終局局長に入れ込んだ結果崩壊したらしい」
「は、はぁ···」

 未だに藍罠は非日常感を肯定出来ている。
 ゼレクトロンとの出会い、椎山に起こった事、琥珀の巨神アンバーニオン関連の事情を深く知る共上達の奇妙な存在感、そして······
 いつもの隠語会話ついでに、藍罠は茂坂に一つ聞いてみる事にした。

「隊長?なんなんでしょうね?最終局面省って?イメージ全然変わりましたよ」
「ふぅむ、そうだな、まあ、これは都市伝説的な話なんだがな?」
 茂坂は座っているパイプ椅子から腰を少し浮かべ、五センチだけ藍罠のベッドにギゴッと引き寄せて再度座り、話を続けた。

「こんな噂話がある。彼等は当初、国際同盟に食い込んで世界をペテンに掛けようとした悪党集団だったらしいんだが、ある時、偶然か否か本当に世界の危機を救ってしまった。何があったのか?どういう風の吹き回しだったかは知らんが、それ以来引っ込みが付かなくなったのか彼等は着々と真面目に惑星レベルの危機への対応を引き受ける組織へと成長したそうだ。現に彼等が居なければ、アノ帝国への対応力は現在の半分以下まで落ちるといったデータも存在する」
「······なるほど、そんな話が····」
「かと思えば、お前についての報告書に「彼はこれから時々変身ヒーローみたいにいきなり何処かへ行きますけど気にしないで下さいね?」とか中学生みたいな文面に超特典付きでウチのオエライさんを頷かせたり、俺にもよくわからん!だが···」
「?」
 茂坂は柔和な笑みを浮かべて続ける。

「こんな所で働くのも面白···悪くないのかもな?」
「!······はい!」

 椎山の行く末を察した茂坂に、藍罠も柔らかい笑顔で答えた。

 茂坂は白い手袋を着用した拳を藍罠に付き出してきたので、藍罠はそれに答え、コンと角ばった拳をポコンとかち合わせる。
「お前の復帰は来週頭だ、ゆっくり休め?百題ももだいがシュミレーション相手に張りが無いって嘆いてたぞ?」
「ハハハ···わっかりました!待ってろってお伝え下さい!」
 すぐに藍罠の目がいつも通り吊り上がる。

「わかったわかった!···じゃあまたな?」

 茂坂は珍しく目尻を下げながら藍罠の居る病室を後にした。


 ボフ!


 茂坂を見送った藍罠は勢い良く枕目掛けて後頭部を自由落下させた。
「?」
 枕の下に違和感。

 何かある。

 頭を若干浮かせ、右手を枕の下に差し入れる。
「!」
 出て来たのは産直で売っていそうな甘茶の紙小袋に、オレンジ色のリボンが結ばれたものだった。
 藍罠の心臓が一度跳ねる。

 どうして気付かなかったのか。“彼女„はさっきの看護師達に混ざってここに居たのだ。だが藍罠は、こういうイタズラは嫌いでは無かった。

 藍罠は少し恥ずかしそうにしばらくそのギフトを見つめ、それを枕の下に戻すと、布団でバッ!と自分の顔を覆った。


「藍罠!一つ言い忘れてたんだが······」

 茂坂が病室に戻って急に扉を開けると、藍罠は布団に潜って子供のように足をバタバタさせていた。
「ど!どうしたんだ!!」
「ハッ!」
 茂坂の声に、藍罠は驚いて布団から顔を出した。


「あ!コッ!コッ!これはその!何でも!何でもありません!」


「ニッヒッヒっひ!」


 廊下の角から藍罠の狼狽ぶりを伺っていた看護師服の音出オドデウスは、満足そうに笑いながら病棟を後にした。











 太平洋のどこか。

 ギリギリ青い光が届く海底に沈んでいる超巨大武装タンカー。

 朽ちた砲身には魚が出入りし、船体の表面は錆と堆積物、貝や定着性の生物に覆われているが、その内部の空洞では数機の水中ドローンが泳ぎ回り警備に当たっている。

 そのドローン達が護るもの。

 時折彼等のライトを照り返す黒いガラスのような外装。
 うつ伏せで横たわる直線的な冷たい人型のシルエットは、背中に黒い琥珀柱を一本背負っている。
 
 三本の角のふもとにある目は、ボオッと僅かな光を灯し、主の帰りを待っていた。











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