神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!

芋多可 石行

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復活!琥珀の闘神!

秘 境

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 ダム堤体上の通路を対岸側へと歩む。

 藍罠は何故か振り返ってはいけない気がして、前を向いたままで進み続けていた。

 見て確認した訳では無かったが、音出はまだ立ち去らずに駐車場に居る気がする。そして自分を見送ってくれているという安心感めいたものがグイグイと背中を押していた。

 普通に考えれば、藍罠が今から挑もうとしている任務内容は眉唾物の極みでしかないのだろう。しかしいつの間にか、現実的な任務が不思議な役割へと変わりつつある。
 今、自分が歩いているこの場所は、それらが階調グラデーションになっている場所だ。
 向こう岸へと渡ってしまえば、その変化は事実になる。以前の自分であれば“不思議„など、と頭ごなしに否定していたであろう。
 空手で強くなる事も、部隊のエースとして奮闘する事も、現実を見据え、それを痛い程自分の全てに擦り込まなければ解決する事が出来なかったこれまでの日常。

 全ては両親に代わってたった一人の妹を守る為に。

 だが、アンバーニオンを取り巻く不思議な力の一端に触れた藍罠は、自分にもそんな不思議に支えられたある記憶が心の根幹を支えている事を思い出しつつあった。
 今すぐにでも自分の中の現実主義ありえないを押し退け、その答えを探しに行きたいという激しい予感。
 だがそれは現実主義だけで無く、永い時の揺らぎに阻まれ良く見えない。

 そうだ。
 あの日もこんな夏遊びに丁度いい暑い日和だった。
 まだ磨瑠香も生まれてなくて、家族三人で······それから······

「まさか···な?」

 藍罠が“いつかのあのひと„について思うのは、これで二度目である。
 今度も音出の笑顔がきっかけだった。


 これから先に進むにあたり、躊躇ためらいは既に無い。
 藍罠は疑いを捨て、不思議な任務に対する覚悟を決めた。
 自分の中に増え過ぎたかけがえのないものの為に·····




 遊歩道の登り口に到着した藍罠は、腕時計のカウントダウンを十三分後に設定し遊歩道を登る。
 焦げ茶色のステップで土留めされた階段を一段抜かしで踏み出す足取りは快調だった。
「疲れてたのにいい感じだな?甘茶が効いてんのかな?」
 八十段程の階段ゾーンを登り切ると、一度ゆっくりと山頂に向かって傾斜する歩道が現れた。
 最後のステップに飛び乗り、クーッと息を吐き出し、新しい空気を肺に取り込む。そして次の小休止は百歩後と決め、深呼吸を繰り返し再び歩き出す。遊歩道の特徴に合わせ、体が行軍に慣れるまで、時間と体力のペース配分を考えながら歩き続ける。
 すると足は事の他滑らかに回転して、階段のストレスを発散するようにほぼ平地の歩道を上へと滑った。

「!」

 東屋も兼ねた簡単な造りの第一展望台が藍罠の目に入った一瞬、ホームセンターの匂いのような獣臭が鼻腔を掠める。
 クマを警戒した藍罠は、じっくりと展望台の付近を見渡しながら東屋に歩み寄った。だが藍罠の経験則にあったある匂いと先程の獣臭が合致して、警告が思考の中に浮かび上がる。
 匂いは良夢村で遭遇した姿を消す能力を持った怪獣、ベデヘムのものに似ていた。
 クマよりもあの大男達の気配が漂う遊歩道で、藍罠はピシリと音がするのではないかと思う位に警戒心を研ぎ澄ませた。
 いきなり東北の大自然の中で練磨を始めた新入隊員時代の感覚が戻って来る。
 音出の安否にも気を向けた藍罠は、展望台からダムの駐車場付近を確認した。
 遠目に音出の姿はもう見えないが、車はまだそこにある。
「ヤバイか?丁度イイ!すぐ逃げてもらうか?」
 約束とは異なるが、藍罠はスマホを取り出して音出に連絡しようとした。

 ジャリ!

「!」

 藍罠の背後で足音。

 振り返るが誰も居ない。

 見られている?
 藍罠が視線と共に感じたのは、空手の試合の際に何度も味わった感覚だった。
 殺気を押さえるゲートが解き放たれ、自分に向かって相手の全身全霊が突き立つ、あの踏み込まれる感覚。
 だが踏み込んできたのは、そんな藍罠の内省をも許さない攻撃ものだった。


 ダガンッッ !

「!ーーーーー」

 二メートルも無い至近距離から、藍罠は銃撃を受けた。
 一発目は藍罠の腹部を貫通し、空かさず二発目が放たれる。

 キンッ!ガキッ

「!」
 二発目は偶然か否か、藍罠のポケットに入っていた琥珀に当たって跳ね返り、見えない銃撃犯の銃を弾き飛ばした。
「ぐぁっ!」
 銃撃犯の手からこぼれた拳銃は地面を跳ねて傾斜地を転がっていく。
 藍罠の腹部に熱さと冷たさが両方広がる。よく見えなかったが銃はそこそこの大口径だったように見えた。
 見えない銃撃犯は手首から先の激痛に身をよじり、見えないコートのフードが振れて顔が露になった。

「し···ゴ、ゴーザン!!!」

 うずくまった藍罠が、脂汗をかいてニヤつく椎山ゴーザンの顔を見上げた。ゴーザンがコートの襟部分をグッと開くと透明化能力が解除され、ゴーザンは右手首を押さえながらドヤ顔で藍罠を見下ろし、肩口を蹴って転倒させる。
 ドカッ!
「ぐ!」
 ゴーザンが更に追撃を仕掛けて来ないよう、起きがけの藍罠は左手で傷口を押さえ右手で自分の拳銃を引き抜きゴーザンに向ける。その対処にピタッと動きを止めたゴーザンは、目を見開いて藍罠を煽る。

「撃てるのか?俺を?」

「くぐ!」

 藍罠の傷口から血が溢れた。予想すらしていたありきたりな言葉にさえ、心臓が跳ねて傷口に障った。
 痛みと悔しさに藍罠の眉間が潰れる。
「椎さんに···」
「あぁ?」
「椎さんの体に···そんな事させやがってェ···!」
「だからさぁ!分かってたんだろ?こっちはれっきとした人質のつもりなんだよ?卑怯も何もあるか?んん?ああ!手ェイテーなチクショ!」
 ガッ!
 ゴーザンは藍罠が向けていた銃を蹴り飛ばした。銃は展望台の柵を越え、ダム湖の方へ落ちて行った。
「撃つ気も無しに向けてんじゃねぇよ!」
「な、なんでここが···ぐ!」
「ゼレクトロン」
「!?···ゼレ···クトロン···?」
「冥土の土産に教えてやる!前世いぜんの俺を炎で消し飛ばしやがった琥珀の巨人だ。ここいらにはそいつが眠っている場所があるらしい。土地神の術のせいでなかなか辿り着けなかったが、この間同僚のテリトリーにそいつの情報が偶然か何かで紛れ込んだ。“奴の琥珀の腕„の報告を受け、まさかと思って紆余曲折調べていたら、お前の行動と、この場所の情報に辿り着いてハイ!こんにちワって訳だ!それにな?」

琥珀の···巨人ゼレクトロン?、土地神?琥珀の···腕···?」

 様々な情報がグルグルと頭の中を暴れ回る。藍罠は共上がここに自分を呼んだ理由を考えていた。これが只の任務では無いという事は、完全に明白だった。

 いつの間にか展望台の柵に背を預けるまで引き下がってしまっていた。地面にこぼれた血が藍罠に向かって帯状に伸びている。
 ゴーザンの後ろには数名の大男。ベデヘム中枢活動体達がゾロゾロと集まり始めていた。

「似た者同士ってのは引かれ合うんだってよ?イイ物差しになってくれて助かるぜ?アイワナビーくん?ギャーハハハ!!?、、が!ぐ!」

「?」
 ゴーザンはいきなり額を押さえて苦しみ出した。藍罠に注目していた大男達もゴーザンの異変に戸惑っているようだった。
「ぬ!ぐぁ!引っ込んでろ!イサクぁが!」
「!!!椎さん?!」
「ルッセぇ!おぃヤレ?」
 ゴーザンは苦しみながらも大男達に指示を出す。藍罠に向かってヤケクソにピンピンと指を指す椎山ゴーザンの姿は、藍罠にとってあまりにも悲しい姿だった。
「!ー」
 まず一体の大男が藍罠に向かって一歩を踏み出した時、展望台の周囲がオレンジ色に眩しく染まった。
「······カッ?」
 変な声で驚いたゴーザンの目に写ったのは、全身オレンジ色に輝く翼長二~三メートルの猛禽類のような巨大怪鳥だった。
 その輝く鳥は翼を広げ、その場で羽ばたきながら怒りの眼差しでゴーザン達を睨んでいる。
「なんだコイツは!?」
 輝く鳥はフワッと前に出る。ゴーザン達は怯んで後退りした。

 ゴッ!

「ガッ!」
 何かで鼻筋を殴られ、ゴーザン達全員が反射的に目を閉じた一瞬。血痕をその場に残して藍罠は消えていた。
「な!んにっ?!」
 そして輝く鳥がブワッと翼を一度はためかせると、巻き起こった突風によりゴーザン達は遊歩道の山際に叩き付けられた。

 ピフォォォォォオオオオッ!

 一度甲高く鳴いた輝く鳥は、もう一度羽ばたいただけで一瞬にしてその場を跳び去った。

 呆気に取られたゴーザンが、輝く鳥が去った方を確認しに戻ったが、既にその姿は何処にも無かった。
「な、なんだあれは?」
「ご無事ですか?ゴーザン?」
 大男の一人がゴーザンを労る。
「女だ」
「?」
「あの感じ、女の拳だ。···藍罠ぁ···?!」


 ゴーザンは痛む鼻筋を痛む手でさすりながら空を睨んだ。















 
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