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36 この心はきっと
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サザントリアの広場に立つ聖堂の鐘が鳴り響いた。
その軽やかな音色は穏やかな街並みを包み込むように広がり、やがて青い空に吸い込まれていく。
ついに今日、ミリアとアーサーの結婚式を迎えた。
神父様の前で行われる、二人だけの誓い。ここに至るまでの日々に想いを馳せて。
真白いドレスに身を包み、キラキラと光を弾くレースのベールを身につけたミリアは、本当に、本当に美しい。
ふふふ、不思議ね。今朝も一緒に朝食をとって、そのドレスに着替えるところも一緒にいたのに。式が始まった瞬間、あなたはまるで、私の知らない別のあなたになったみたい。
腕を組み、はにかみながら広場の道を歩く2人に、親族や使用人、駆けつけた街の人たちからの祝福の声や歌が途切れない。私はマリアンヌとともに道端に立ち、用意したフラワーシャワーで二人にありったけの感謝と祝福を贈った。
「エレナ…!」
こちらに気づいたミリアが駆け寄ってくる。そのまま、私たちは抱き合って…少しだけ涙をこぼして。
ああ、どうか、幸せに。幸せになってね、ミリア。
アーサーとも目が合う。言葉はないけど、ただ頷き合う。それだけで、願いは通じたのだと思う。
これからの日々を、どうか、よろしく。
忘れたくても忘れられない、嵐のような数日間から3年という月日を経て実現した二人の結婚。
あれからほどなくして、父は亡くなった。その知らせはランバート領に知れ渡っただけでなく、国のあちこちの領地に届いたのでしょう。
悲しみに暮れる私たちの前に真っ先に現れたのは、テベリ伯父様だった。肩で大きく息をして、何度も父の名を呼びながら、止めどなく涙を流して。私もミリアも、マリアンヌはじめ使用人たちも、あの騒ぎを知っている人はみんな身構えたし、どんなふうに声をかければいいかもわからなかった。それは、今でも。
ただ、父の手を取って泣き続ける伯父を見て、その時だけは一緒に泣こうと思えた。心の奥底にどんな想いが残っていたとしても。
父を追悼する多くの書簡をいただいて…その中には、ロバート殿下から賜ったものもあった。
デイビットと私の一件で、大公領からは謝罪の意として結果的に多くの支援をいただくことになったのだけど、領地を守り、繁栄させていくには、私たちだけの力では足りなかったのが実情だ。
結婚式の日をもってランバート侯爵家は爵位を失い、新たにレギウス家が爵位を戴くことになった。これからは、ミリアとアーサーが力を合わせて進んでいってくれると、そう願っている。
そんな幸せな時間から、さらに数日。つまり、今日の、今。
私は、履き慣れたブーツで地面を一歩一歩踏みしめながら、いつか歩いた道を辿っていた。
今は日差しも暖かい時間で、あの夕刻とはずいぶん印象が違うけれど…ここで、本当に捨てられるように馬車から降りて。そう、あの巨木に囲まれた屋敷の灯りを目指したのだ。
道なりに進みながら、思い出す。あの時の感情を思い出す。私はどちらかといえばあの嵐の中にいて、妹やアーサーを巻き込んだ側だ。戸惑いと、悲しみと、きっと怒りや憎しみもあったのだと思う。でも、それらはすべて…彼に最初の一歩を助けてもらったからこそ持てた感情なのだと思う。
「はあ…っ」
一気に歩ききって、門の前にたどり着いた。数日間寝泊まりさせてもらったことを思い出しながら、夕暮れ屋敷を見上げる。その姿は、記憶の中のそれと何も変わっていない。
玄関の扉に進み、ノックする。しばらく待ってみるが、返事がない。
「…留守かしら」
ノブに手をかけると、扉は何の抵抗もなく開いてしまった。中にいるのだろうか…名前を呼んでみたが、やはり返事はない。
「 」
ふいに、誰かに呼ばれた気がした。意を決して、ギギギと音を立てる扉を押し開け、中へと進む。バルコニーから階段を登り、2階の廊下へ。
誰かに手を引かれるように、私は奥の部屋に入る。やっぱり、鍵は開いていた。
そこに…彼は、いた。
「リッド」
その名を、呼ぶ。ずっと心の奥に浮かんだままの名前を呼んだ。
私の声に気づき、彼はゆっくりと振り向く。もう、顔を隠してはいなかった。目が合ったその表情は、あの別れの日から、ずいぶん大人びたように見えて…。
「エレナ…! どうしてここに!」
「ふふ、ようやく会いにこれたわ。突然でごめんなさい。でも私、もう一度あなたと一緒に旅ができたら、生活ができたら、って…」
次の瞬間、私たちは強く、強く抱き合った。
声が出ない。言いたいことが、伝えたい言葉が、たくさん浮かんでいたはずなのに。
抱き合うだけで、想いがすべて伝わった気がした。この想いが。この恋心が、きっと。
夕暮れにはまだまだ早いその時間、部屋の窓から真っ直ぐに光が差し込んでいた。
(終)
その軽やかな音色は穏やかな街並みを包み込むように広がり、やがて青い空に吸い込まれていく。
ついに今日、ミリアとアーサーの結婚式を迎えた。
神父様の前で行われる、二人だけの誓い。ここに至るまでの日々に想いを馳せて。
真白いドレスに身を包み、キラキラと光を弾くレースのベールを身につけたミリアは、本当に、本当に美しい。
ふふふ、不思議ね。今朝も一緒に朝食をとって、そのドレスに着替えるところも一緒にいたのに。式が始まった瞬間、あなたはまるで、私の知らない別のあなたになったみたい。
腕を組み、はにかみながら広場の道を歩く2人に、親族や使用人、駆けつけた街の人たちからの祝福の声や歌が途切れない。私はマリアンヌとともに道端に立ち、用意したフラワーシャワーで二人にありったけの感謝と祝福を贈った。
「エレナ…!」
こちらに気づいたミリアが駆け寄ってくる。そのまま、私たちは抱き合って…少しだけ涙をこぼして。
ああ、どうか、幸せに。幸せになってね、ミリア。
アーサーとも目が合う。言葉はないけど、ただ頷き合う。それだけで、願いは通じたのだと思う。
これからの日々を、どうか、よろしく。
忘れたくても忘れられない、嵐のような数日間から3年という月日を経て実現した二人の結婚。
あれからほどなくして、父は亡くなった。その知らせはランバート領に知れ渡っただけでなく、国のあちこちの領地に届いたのでしょう。
悲しみに暮れる私たちの前に真っ先に現れたのは、テベリ伯父様だった。肩で大きく息をして、何度も父の名を呼びながら、止めどなく涙を流して。私もミリアも、マリアンヌはじめ使用人たちも、あの騒ぎを知っている人はみんな身構えたし、どんなふうに声をかければいいかもわからなかった。それは、今でも。
ただ、父の手を取って泣き続ける伯父を見て、その時だけは一緒に泣こうと思えた。心の奥底にどんな想いが残っていたとしても。
父を追悼する多くの書簡をいただいて…その中には、ロバート殿下から賜ったものもあった。
デイビットと私の一件で、大公領からは謝罪の意として結果的に多くの支援をいただくことになったのだけど、領地を守り、繁栄させていくには、私たちだけの力では足りなかったのが実情だ。
結婚式の日をもってランバート侯爵家は爵位を失い、新たにレギウス家が爵位を戴くことになった。これからは、ミリアとアーサーが力を合わせて進んでいってくれると、そう願っている。
そんな幸せな時間から、さらに数日。つまり、今日の、今。
私は、履き慣れたブーツで地面を一歩一歩踏みしめながら、いつか歩いた道を辿っていた。
今は日差しも暖かい時間で、あの夕刻とはずいぶん印象が違うけれど…ここで、本当に捨てられるように馬車から降りて。そう、あの巨木に囲まれた屋敷の灯りを目指したのだ。
道なりに進みながら、思い出す。あの時の感情を思い出す。私はどちらかといえばあの嵐の中にいて、妹やアーサーを巻き込んだ側だ。戸惑いと、悲しみと、きっと怒りや憎しみもあったのだと思う。でも、それらはすべて…彼に最初の一歩を助けてもらったからこそ持てた感情なのだと思う。
「はあ…っ」
一気に歩ききって、門の前にたどり着いた。数日間寝泊まりさせてもらったことを思い出しながら、夕暮れ屋敷を見上げる。その姿は、記憶の中のそれと何も変わっていない。
玄関の扉に進み、ノックする。しばらく待ってみるが、返事がない。
「…留守かしら」
ノブに手をかけると、扉は何の抵抗もなく開いてしまった。中にいるのだろうか…名前を呼んでみたが、やはり返事はない。
「 」
ふいに、誰かに呼ばれた気がした。意を決して、ギギギと音を立てる扉を押し開け、中へと進む。バルコニーから階段を登り、2階の廊下へ。
誰かに手を引かれるように、私は奥の部屋に入る。やっぱり、鍵は開いていた。
そこに…彼は、いた。
「リッド」
その名を、呼ぶ。ずっと心の奥に浮かんだままの名前を呼んだ。
私の声に気づき、彼はゆっくりと振り向く。もう、顔を隠してはいなかった。目が合ったその表情は、あの別れの日から、ずいぶん大人びたように見えて…。
「エレナ…! どうしてここに!」
「ふふ、ようやく会いにこれたわ。突然でごめんなさい。でも私、もう一度あなたと一緒に旅ができたら、生活ができたら、って…」
次の瞬間、私たちは強く、強く抱き合った。
声が出ない。言いたいことが、伝えたい言葉が、たくさん浮かんでいたはずなのに。
抱き合うだけで、想いがすべて伝わった気がした。この想いが。この恋心が、きっと。
夕暮れにはまだまだ早いその時間、部屋の窓から真っ直ぐに光が差し込んでいた。
(終)
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