献身聖女が癒したものは

朝雨

文字の大きさ
上 下
7 / 9

第七話

しおりを挟む
戦争というものをいくら想像しても、その痛みまで実感することはできない。
あまりその点ばかり考えていても仕方ない…。

でも、もしその時が来たら、私は誰かを助けたい。傷ついた人を癒したい。

ソフィアは改めて自分の考えを確認し、手のひらを見た。
癒しの力が続く限り。

再び本に目を向けて整理する。
内容についてはリゲルの言ったとおりだ。結界がどういうものかは何となく想像がついたが、聖女という言葉はどこにも出てこない。

「これはきっと、私が授かった力とは違うものだわ」

ふうっと息を吐いて、「どうやってカインス様に報告しようかしら」と考えながら、ふと、ページの端に目をやると、掠れた文字が目についた。

「説明の続きかしら? ええと、」

その一文は慌ててとられたメモのような走り書きだった。

『魅入られた女、まるで、そのために…。
『魅入られた。まるで悪魔に。
『魔女。

「え…?」


・・・・・

翌日の朝。
カインスの執務室を訪れたソフィアは、結界についての記述内容を伝えた。

報告を黙って聞いていたカインスだったが、いつものようにふんと鼻を鳴らしてから口を開いた。

「文献に埋もれた説話集にそのような記述がされていたか。聖女という言葉はなく、書かれていたのは魔女の力だと」
「はい、そういうことなのだと思います」
「やれやれ…」

カインスは苛立ちを滲ませながら、独り言のように続けた。

「聖女を囲ったはいいが、本当に必要なのは魔女だと?
実にふざけた話だ。あの部屋にその本があったのなら、管理人に一冊残らず読み解かせるべきだったか。まあ、その一冊だけを手掛かりにするのも危うい話ではあるが…」
「あの、カインス様。結界というものはどうしても必要なのでしょうか」

 ソフィアは勇気を出して一歩踏み込むことにした。
カインスの真意の一端だけでも知っておきたいと思ったからだ。
その問いにカインスは苛立った表情のまま答える。

「すでに西の帝国では、火薬を利用して弓矢よりも速く飛ぶ遠隔攻撃の道具が開発されたと聞いている。そのようなものが大量に使われれば、攻め込まれた時に太刀打ちできん」
「火薬を使った道具…」
「我が国にそのような開発能力はないが、君をはじめとして聖女の存在がある。この強みを活かす戦略を立てることこそ次の繁栄につながる一歩なのだ」

ソフィアの意識を刺し貫くかのようなカインスの視線にソフィアは思わず一歩後ずさった。

「…ふん、まあいい。君は君で、聖女としての務めを全うしたまえ。下がっていいぞ」
「はい…」

促されるまま、ソフィアは部屋を後にする。

何だろう、これは胸騒ぎだろうか。ただ漠然とカインスが恐ろしく見えただけだろうか。
いずれにしろ強ばったままの表情がすぐには戻りそうもなかった。


「聖女の次は魔女、ね。…まったく面倒な限りだ。おい、図書室のリゲルを呼べ!」
「はっ、かしこまりました!」

兵士に指示を出し、カインスは再び虚空を睨みつけ思案に耽る。

「聖女だけでなく魔女の存在…正直言って、それこそおとぎ話で出てくる悪役しか知らんぞ。そんな存在がこの国にいたのか? そもそも図書室の資料を集めたのは父上だ。何かご存知なのかもしれんな」

程なくして扉がノックされ、怯えた様子のリゲルがカインスの前に現れた。

「あの、お呼びでしょうか?」
「手短に言おう。君はこれから、図書室中の本をすべて読破し、魔女についての情報を精査せよ」
「魔女って、そうか、ソフィアさん…」
「…? 君、すでに何か知っているのか?」
「いえ、私はソフィアさんにお渡しした本のことくらいしか、他には何も」
「そうか。では早速作業に取り掛かってくれ。期限は10日だ。給金ははずもう」
「あ、ありがとうございます! 頑張ります…!」

返事をして、リゲルはそそくさと部屋を出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

愛しているのは王女でなくて幼馴染

岡暁舟
恋愛
下級貴族出身のロビンソンは国境の治安維持・警備を仕事としていた。そんなロビンソンの幼馴染であるメリーはロビンソンに淡い恋心を抱いていた。ある日、視察に訪れていた王女アンナが盗賊に襲われる事件が発生、駆け付けたロビンソンによって事件はすぐに解決した。アンナは命を救ってくれたロビンソンを婚約者と宣言して…メリーは突如として行方不明になってしまい…。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

処理中です...