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第一話
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「聖女様! 聖女様だ!」
「あったかいなあ…!」
「どうか私めにも癒しを…聖女様…!」
ああ、今日も皆さんの声が聞こえる。
私の力を求めて、たくさんの方がこの聖堂にいらっしゃる。
「ソフィア様! どうかご慈悲を!」
「ソフィア様!!」
「聖女ソフィア様!」
傷ついている方、心が折れてしまった方、歩みを進めることができなくなってしまった方。
私の力が少しでもお役に立つのなら、喜んでこの身を差し出しましょう――
そこは街のはずれに建てられた聖堂。
建て付けの悪くなった扉を押し開けると視界に入ってくるのは、神の姿をかたどったレプリカだ。
その姿は誰も見たことがないはずだが、誰かがそうだと言ったのだろう、初老の男性に白鳥の羽をくくりつけたような見てくれの石像が鎮座している。
その石像を目印にして並ぶのは街の住民たち。
もちろん石像を眺めにきたわけではない。
目的はソフィアとの面会だ。
一仕事を終えたばかりの初老の農民夫婦、赤子の急な発熱に困り果てた母親、職を失い途方にくれる青年。
それぞれに事情を抱えた人々がソフィアの力に触れたい一心でやってくる。
ソフィアは両手を胸の前で合わせ、目を閉じ、祈った。
すると、彼女の全身からは、眩いながらも柔らかな光が発せられ、じんわりとした温もりとともに相談者の痛みを和らげていくのだった。
ソフィアは想う。
ああ、どうか、この方たちの苦しみが少しでも減りますように。
カイラ王国の貴族の長女として生まれたソフィアが、癒しの力に目覚めたのは10歳のころ。
崖から転げ落ちた妹エカテリーナを助けたいと必死に願った時に発現した力だ。
標高は低く見通しもよい、きれいな草花を摘むには最適な遊び場。しかし自然が人間にとって安全だったことはない。
母親が少し目を離した隙のできごとだった。
「お姉さま、ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝らないでエカテリーナ、きっと助けるわ、きっと…」
あちこちに擦り傷と打撲を作り、泣きべそをかく妹に駆け寄ったソフィアは、しかし自分の無力さにも気づいている。
「お母様! エカテリーナが大変なの、お母様!」
懸命に母を呼びながら、自分にもできることはないかと考える。
妹を助けたい、その一心がソフィアの力を呼び起こすことになった。
その両手から放たれる光が、少しずつ傷を治していったのだ。
その突然の奇跡にソフィアとエカテリーナは目を見合わせ、泣き笑いを浮かべ…ようやく母がたどり着くころには、2人は疲れて眠ってしまっていたのだった。
カイラ王国では、この地の祖先の血統が関係しているのか、こうした奇跡を起こす女性が時折り街に現れる。
その力を讃えるもの、訝しむもの、利用しようとするもの。
そうした誰かの身勝手な思いと行動によって、癒しの力を持つ女性は誰も彼も波瀾万丈な人生を送っていった。
ソフィアもその一人だ。
力の発現以来、特に自分から喧伝しなくても、自然と人は集まった。集まってしまった。
癒してほしい、力を分けてほしい。
それは最終目的が何であれ…純粋な、願いである。
その力を初めて目の当たりにした父親は、その奇跡を褒め称え、娘を誇りに思いながら、それでも一つの邪な考えを捨てることができなかった。
ソフィアを差し出せば家が助かる。
ソフィアの家は苦しい状況だった。
領内の小麦の不作で税が思うように取れず、治世に回せる資金は目減りする一方だ。
このままでは隣接する領主に借金をするか、国王の命令で領そのものを失うか…。
娘たちが成長していくにつれ、父親の心は薄暗く、黒くドロドロとしたものに変わっていく。
そしてソフィアが18歳を迎えた時。
父親はソフィアを国王に献上した。
「どうか、奇跡の力を持つ我が娘を国の聖女としてお迎えください…!」
「あったかいなあ…!」
「どうか私めにも癒しを…聖女様…!」
ああ、今日も皆さんの声が聞こえる。
私の力を求めて、たくさんの方がこの聖堂にいらっしゃる。
「ソフィア様! どうかご慈悲を!」
「ソフィア様!!」
「聖女ソフィア様!」
傷ついている方、心が折れてしまった方、歩みを進めることができなくなってしまった方。
私の力が少しでもお役に立つのなら、喜んでこの身を差し出しましょう――
そこは街のはずれに建てられた聖堂。
建て付けの悪くなった扉を押し開けると視界に入ってくるのは、神の姿をかたどったレプリカだ。
その姿は誰も見たことがないはずだが、誰かがそうだと言ったのだろう、初老の男性に白鳥の羽をくくりつけたような見てくれの石像が鎮座している。
その石像を目印にして並ぶのは街の住民たち。
もちろん石像を眺めにきたわけではない。
目的はソフィアとの面会だ。
一仕事を終えたばかりの初老の農民夫婦、赤子の急な発熱に困り果てた母親、職を失い途方にくれる青年。
それぞれに事情を抱えた人々がソフィアの力に触れたい一心でやってくる。
ソフィアは両手を胸の前で合わせ、目を閉じ、祈った。
すると、彼女の全身からは、眩いながらも柔らかな光が発せられ、じんわりとした温もりとともに相談者の痛みを和らげていくのだった。
ソフィアは想う。
ああ、どうか、この方たちの苦しみが少しでも減りますように。
カイラ王国の貴族の長女として生まれたソフィアが、癒しの力に目覚めたのは10歳のころ。
崖から転げ落ちた妹エカテリーナを助けたいと必死に願った時に発現した力だ。
標高は低く見通しもよい、きれいな草花を摘むには最適な遊び場。しかし自然が人間にとって安全だったことはない。
母親が少し目を離した隙のできごとだった。
「お姉さま、ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝らないでエカテリーナ、きっと助けるわ、きっと…」
あちこちに擦り傷と打撲を作り、泣きべそをかく妹に駆け寄ったソフィアは、しかし自分の無力さにも気づいている。
「お母様! エカテリーナが大変なの、お母様!」
懸命に母を呼びながら、自分にもできることはないかと考える。
妹を助けたい、その一心がソフィアの力を呼び起こすことになった。
その両手から放たれる光が、少しずつ傷を治していったのだ。
その突然の奇跡にソフィアとエカテリーナは目を見合わせ、泣き笑いを浮かべ…ようやく母がたどり着くころには、2人は疲れて眠ってしまっていたのだった。
カイラ王国では、この地の祖先の血統が関係しているのか、こうした奇跡を起こす女性が時折り街に現れる。
その力を讃えるもの、訝しむもの、利用しようとするもの。
そうした誰かの身勝手な思いと行動によって、癒しの力を持つ女性は誰も彼も波瀾万丈な人生を送っていった。
ソフィアもその一人だ。
力の発現以来、特に自分から喧伝しなくても、自然と人は集まった。集まってしまった。
癒してほしい、力を分けてほしい。
それは最終目的が何であれ…純粋な、願いである。
その力を初めて目の当たりにした父親は、その奇跡を褒め称え、娘を誇りに思いながら、それでも一つの邪な考えを捨てることができなかった。
ソフィアを差し出せば家が助かる。
ソフィアの家は苦しい状況だった。
領内の小麦の不作で税が思うように取れず、治世に回せる資金は目減りする一方だ。
このままでは隣接する領主に借金をするか、国王の命令で領そのものを失うか…。
娘たちが成長していくにつれ、父親の心は薄暗く、黒くドロドロとしたものに変わっていく。
そしてソフィアが18歳を迎えた時。
父親はソフィアを国王に献上した。
「どうか、奇跡の力を持つ我が娘を国の聖女としてお迎えください…!」
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