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Episode5

雄叫ぶ勇者

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《主よ、早まるな》
《先走るんじゃねーぜ、ザートレ》
《気持ちは分かりますが抑えてください》

 俺の感情の昂りを感じ取った内、特に聡い三人が宥めてくる。血が滾ったのは事実だが同時に頭の中は冷静だ。これもきっと狼の姿を取っていたせいだろう。

 距離を保ちつつ俺たちは止まった。

 セムヘノの街で見た変わり果てたフェトネックを筆頭にルーノズアにて覗き込んだ暗殺部隊の記憶の中にいたバトンとレコットの姿もある。ということは消去法的に隣に立っているデカ女がシュローナと見て間違いないだろう。

 蛇の面影は腕に少しだけ鱗を残すばかりですっかりと変わり果てた姿になっている。

 改めて見た他の三人も大概だが、面白いのは俺も人の事をとやかく言える立場じゃないってところだな。むしろ変化の度合いじゃ俺が一番強烈かも知れない。

 四人はまじまじとラスキャブ、ピオンスコ、トスクルの三人を見た。流石に狼の俺や装飾品となっているルージュとアーコには警戒をしてはいない。

 するとバトンが極めて残念そうなため息をついた。

「魔族…しかも子供か」

 そして落胆の色のままに言う。

「念の為確認するけど送り忘れじゃないよな? 『囲む大地』から戻ってきた訳?」

 俺は居座りながらトスクルに指示を飛ばす。現状、受け答えをして一番ボロを出さない可能性が高いのはトスクルだ。

「はい、戻ってきました。魔王に復讐するためにね」

 俺達の心情を代弁したトスクルの冷たい言葉にバトン達は思わず吹き出す。しかし目が一切笑っていない事に気が付いた。魔王を心酔している事に変わりはないようで安心した。

「あ、そう。わざわざ御苦労さん」
「こっちに侵入者の気配を察知したから慌てて戻ってみれば…しかも洗脳が解けてんじゃん」
「あれだけの人数に、しかも矢継ぎ早に術をかけたんだ。何かの拍子に解ける奴がいたとしても不思議はない。むしろそうなる事も想定してたよ、魔王様に反感を抱いてここに戻ってくる奴が出ることもね。保険をかけておいて正解だ」

 なるほど。送れるなら戻ることも可能ということか。尤もそれは俺達も想定済みのことだが。

「まあ、流石にこんな子供とは思ってもみませんでしたけど」
「あなた達。遺恨はあるでしょうけれど、落ち着いて話をしませんか?」
「お断りします。そう言ってもう一度洗脳を施すつもりでしょう?」
「洗脳を解いて、しかもここまで辿り着くような実力者にそんな事はしませんよ。魔王様の計画について詳細を教えます。その上でそれなりの立場をお約束しますし…」
「懐柔は無意味です。有無を言わさずにあんな理不尽な事を強いた魔王に今も尚従う訳がないでしょう。少しは物を考えてから発言なさっては?」

 トスクルはお手本のように煽りを入れた。心の中でアーコの笑い声が聞こえたような気がする。

「アナタたちこそモノを考えてから発言すべきでした。私達の前で魔王様を侮辱するということは、どうなるかは分かっているんでしょう?」
「はあ…ですから私たちは最初からそのつもりです。もう少し察しの良い方はいないんですか?」

 その言葉を最後に連中から最後の柔和な気配が消えた。情け無用の冷酷な戦士の顔の出来上がりだ。

 こうなることを分かっていたトスクルさえ、ぶるっと身震いをした。

「…下手に出てりゃつけあがりやがって」
「楽に死ねるとは思わないことね」
「ここに戻って来たことを後悔しながら死ね」
「…」

 最早言葉は無用の長物と判断したトスクルは能力を発動して大量のイナゴを発生させた。

 トスクル本人の顔などは既に忘れていたバトン達だったが、その能力に心当たりを思い出したようだ。

「イナゴ…?」
「ああ、君か。どっかで見たことあると思ったが、ダブデチカを襲撃させる時にどこぞの雑魚に貸したんだった。その後音沙汰がないから逃げ出したか、くたばったのかと思っていたが…」
「貸しただの、借りただの…私達はは道具じゃありません」
「そりゃそうだ。道具ってのは逆らわない奴の事を言うんだよ。未だに『囲む大地』で僕らの為にこき使われているような奴らさ」

 その言葉に皆の心がざわついた。少なからず『囲む大地』を旅し、多くの出会いを経験した俺達には侮辱的な発言だ。

 よく分からない勝手な計画のせいでどれだけの『囲む大地の者』や魔族が辛酸を苦労していると思っていやがる。

 かつての面影すら残さない昔の仲間たちに情けなどは一欠片も生まれない。ここにいるのは魔王討伐に際しての四つの障害物だ。

 薙ぎ倒して、進む。

 俺のそんな感情の爆発に呼応するようにトスクルがイナゴを展開する。縦横無尽に飛び交うイナゴは攻撃は勿論、生きた目眩ましに使える。このイナゴの群れに対処しながら尚且つピオンスコの迷彩を見破るのは至難の業。

 …だが。

 ミラーコート程度で誤魔化せる奴らではない事は俺が一番良く知っている。姿こそは見えていないが、ピオンスコの存在にも間違いなく気が付いているはずだ。

 イナゴを囮にミラーコートで隠れた誰かが攻撃をしてくる。

そう思わせる事が俺の作戦だ。


大量のイナゴによって赤の試練の部屋が覆い尽くされるのを見届けると俺は真っ向に駆け出す。大量の羽音を隠れ蓑にして姿をフォルポス族のそれに戻す。視覚も聴覚も潰された今、奴らに悟られることは万に一つもない。逸る感情を必死にならしながら俺はルージュを握る手に力を込めた。

 そして考えうる中で最もベストなタイミングでラスキャブに指示を飛ばす。

 ルージュとアーコが彼女に新たな武器を授け、その能力が明らかになった時から考えていた事だ。

 あの四人は大量のイナゴに身を隠し、魔族の子供が浅知恵で考えた特攻をしてくると思い込んでいる。

そのイナゴが突如、原因不明の理由で消滅したら?
 そして霧消したイナゴの影からこの俺、フォルポスのザートレが現れたとしたら?

 混乱に次ぐ混乱でまともな思考はできなくなるに決まっている。

 突如として視界が拓かれる。俺の姿を見定めるや否や、想定通りに狼狽する四人の顔が瞳に映る。

 それだよ。

「その顔が見たかったぜぇっっ!!」

 気合いの代わりにそう叫んだ俺は鈍く光る刃をレコットへと振り下ろした。
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