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Episode5
辿り着いた勇者
しおりを挟むそよ吹く風と五人の潜めた息遣いだけが夜の入り江に響いている。
五人の視線は自然とグリムの四つの足に集中していた。顔が見れない以上、足の動きでしかグリムの行動を把握できないからだ。それが余計に恐怖心を煽り、その恐怖心が怖いもの見たさでグリムの瞳を見るように誘惑してくる。
事情を知っているトマスでさえ必死の思いで堪えているのだ。何も知らされずただただトマスの命令で視線を外している四人は、訳も分からずこの不可解な怪物と対峙しているのだからストレスはそれ以上のものだ。
やがて視線を外している内は無害であると悟ったのか、ジェルデが恐る恐る声を出した。
「トマス…この異形の怪物は一体何なんだ?」
「こいつはグリムと呼ばれている怪物だ。私も詳しくは知らないが、魔王が作り出した心を食う怪物と囁かれていた。それと、目を見なければ基本は無害だ。今、心惹かれて視線を動かしたい衝動に駆られているだろうが、なんとか耐えろ。その内にいなくなるはずだ」
「うむ…」
トマスの言葉は全員に一抹の希望を与えた。しかしそれに水を差すようにトスクルが呟いた。
「その前に大変なことになるかもしれません」
「え?」
トスクルの言葉の真意を誰もが確かめようとした。だが突如として湖から冬を思わせるような冷たい強風が吹きすさび、それを阻止する。
グリムの気配が地を這うような絡みつくものだとすれば、自分たちの背後に迫ってくる気配は稲妻や火炎のように荒々しい。五人はこの威圧感を放つ男を知っている。炎より熱く、氷よりも冷たさを感じるようなグリムよりも不可解なオーラだった。幸いなのはそれの矛先が自分たちに向けられたものではなかったという事だろう。
砂浜を踏みしめる音が徐々にこちらに近づく。
振り向いて確かめることもできたのだが、五人は石のように固まることしかできなかった。
男は右手に魔力の籠った剣を持ち、左手には淡く光る幾何学模様の施された盾を携えている。そして男とグリムは対峙する。皆が咄嗟にグリムの眼を見てはいけないと注意を喚起しようとした。しかしやはり異常なプレッシャーに負けて声すら出せない。
それからしばらく無音の時間が流れる。
先に動いたのはグリムの方だった。だが決して攻撃や威嚇のためではない。男の心を食らって尚、その底知れぬ感情を食いつくすことができずに逃げる以外の行動ができなかったのである。
現れた時と同じようにのっそりと後ずさりをしながらグリムは森の中に消えていく。そうしてようやく平穏が訪れると、固まっていた五人はいつしか呼吸も忘れていたことを思い出し、まるで潜水からあがったばかりのように肩で息をしていた。
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