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Episode4

慌ただしい勇者

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 トスクルが上から見た景色によると、湖の色が変わっていたのだ。しかもオレ達の乗っている船の周囲だけが。



 数十メートルの長い長い影が湖面の下を揺蕩っていたのだ。それはまるで巨大な蛇のように身をよじらせて移動しているようだった。



 そしてオレはふと思った感想の中に出てきた『蛇』という単語に一つの心あたりを思い出した。それはかつての仲間と『螺旋の大地』を目指していた時からあった、この湖の怪談だ。怪談と言ってもまるで信憑性のない作り話ではなく、実際に存在していることは広く認知されている。ただし、二度の人生のすべての時間を湖の上で過ごしても出遭う事は出来ないと言われているほどに会う事自体が稀な生物…。



「レイク・サーペント…」



 オレはその怪談に出てくる怪物の名を呟いた。



 すると、丁度よいタイミングで甲板に顔を出したジェルデが驚きながら復唱してきた。



「レイク・サーペントだと!?」



「ああ。姿そのものを見た訳じゃないが、恐らくはそうだ。今この船の真下を泳いでいる」



「そうか…」



 その時、船の後方から轟音が鳴り響いた。慌てて全員で船尾に回って様子を見ると、先ほどトスクルのために作った足場が水面の下から何かに突き上げられたかのように吹っ飛んでいた。



 やがて空で砕け散った氷の礫が降り注いでくる。ほとんどが船には届かなかったものの、水面にバシャバシャと落ちる音がしばらく続いた。



「まずいな…」



「え?」



 言うが早いかオレはすぐにアーコが留守を預っているルプギラのある部屋へ急いだ。



 水中にいるレイク・サーペントが的確に氷を突き上げたということは何かしらの方法でこっちの位置情報を掴んでいるという事。一番簡単に思いつく方法はやはり「音」だろう。トスクルが跳ね上がった時の衝撃音が原因だとすれば、魔法で推進力を発揮しているルプギラの機械音は一刻も早く止めなければならない。



「アーコ! ルプギラを止めろっ!」



 乱暴にドアを開けると同時にオレは、そう叫んだ。



「あん!?」



 戸惑いつつもアーコはすぐに魔力供給を止めて、ルプギラから離れた。するとすぐにオレに手を触れ、慣れたように記憶を垣間見て状況を把握する。手っ取り早く事が済むからとても助かる。



「なんじゃこりゃ?」



「とにかく甲板に出るぞ。オレに一つ考えがある」



 オレはアーコを連れて走り、ルージュを握る手に力を込める。ルプギラを止めたのは単なる応急処置、未だにレイク・サーペントの脅威にさらされている事実は変わらない。一刻も早く打開策を打たなければ。
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