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Episode3
懇願する勇者
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恥ずかしいことだが、その事にオレが気が付いたのは指摘されてからだった。
『あの…ルージュさんの声が聞こえなくなっていませんか?』
『何!?』
一瞬出かけた焦りと動揺を押し殺すと、オレは頭の中で何度もルージュの名を呼んでみた。しかしいくら待てども応答が返ってくる事はなかった。
次にオレはアーコの顔を見た。それだけで言いたい事は伝わった。この状況下でのトラブルに対応し得るのはアーコを除いて他にいない。しかし、その前にナハメウが声を変えてきたのだった。
「では、お連れしたいところがありますので、いらして頂けますか?」
「…ああ。わかった」
「こちらです」
言うが早いかナハメウは廊下を歩き始めた。うかうかしている時間すらない。着いていかなければ確実に怪しまれてしまう。足取り重く後ろをついていくと、階段を降りた辺りでアーコがオレに告げてきた。
『ここだ』
一体何の事を言っているのか分からなかった。そしてアーコの次の言葉にハッとした。
『ここの壁の向こうに通路がある。多分、そこに連れていかれたんだ』
『本当か?』
『ああ。だが足を止めるのはマズイ。一先ずはあいつに付いていこう』
アーコと共に平静さを保ちながら次の手を考え出した。ところが、それを遮るように声が頭に響き、そして一番先頭に立ってナハメウについて行っていたオレの脇を二つの影がすり抜けた。
『もう一つ方法があります』
それはトスクルの声だった。
オレは反射的に意図を尋ねようとしていた。が、結果としてその必要は無くなった。返事よりも先にトスクルとピオンスコが行動に移っていたからだ。
トスクルは一瞬のうちにイナゴを放ち、周囲に誰もいない事を確認する。安全を確かめた合図の目配せをピオンスコに送ると獲物を狩るのと同じ要領で、毒の尻尾をナハメウの背中へと突き刺していた。
ピオンスコの毒針の威力はよく知っている。案の定、ナハメウは痛みを感じる間も声を上げる隙もなく絶命してしまった。
オレもアーコも何が起こったのか理解するのに数秒を要した。オレは漏れだしそうになった声を抑え、二人に真意を聞いたのだった。
「何を…?」
「ルージュさんとの交信が途絶えたのが緊急事態だと思いましたので。ですが、場所が分かっている以上、追いかけた方が得策なのではないですか?」
「けどお前ら…こいつを殺しちまったら、後の事をどうすんだよ。こいつがいなくなったとなれば一気に事があやしくなっちまう」
「大丈夫ですよ。彼には攪乱係をしてもらいます」
「してもらいますって…死んでんだぞ。一体どうやって」
アーコはそう言ったが、オレはトスクルの考えが分かった。こちらには死体だからこそ自由に操ることのできる術師がいた。オレはそいつの名前を呼びながら向き直った。
「そうか! ラスキャブの術を使うのか」
オレがそう言うとトスクルは満足げに頷く。反面、ラスキャブは急に名前を呼ばれたことに動転した様子を見せた。アーコの魔術のせいで少し大人びた格好になっているせいで、いつにも増して頼りなさが目立っている。
「え? ええ?」
こちらの考えが伝わったのかどうなのかは分からないが、とにかくラスキャブは目に見えて慌てていた。けれどもトスクルが諭すような声音でラスキャブを宥めた。
「大丈夫。記憶がないかもしれないけど、ラスキャブならできるから。ね?」
「そうそう。アタシが仕留めた怪物をラスキャブが動かして遊んでたりしてたんだから!」
二人の説得に続き、オレも懇願に似た様子でラスキャブに話しかける。
「どの道、ナハメウを殺してしまったから隠蔽はしなけりゃならない。けれどルージュを追うために長い時間はかけられないんだ。ラスキャブ、頼む」
『あの…ルージュさんの声が聞こえなくなっていませんか?』
『何!?』
一瞬出かけた焦りと動揺を押し殺すと、オレは頭の中で何度もルージュの名を呼んでみた。しかしいくら待てども応答が返ってくる事はなかった。
次にオレはアーコの顔を見た。それだけで言いたい事は伝わった。この状況下でのトラブルに対応し得るのはアーコを除いて他にいない。しかし、その前にナハメウが声を変えてきたのだった。
「では、お連れしたいところがありますので、いらして頂けますか?」
「…ああ。わかった」
「こちらです」
言うが早いかナハメウは廊下を歩き始めた。うかうかしている時間すらない。着いていかなければ確実に怪しまれてしまう。足取り重く後ろをついていくと、階段を降りた辺りでアーコがオレに告げてきた。
『ここだ』
一体何の事を言っているのか分からなかった。そしてアーコの次の言葉にハッとした。
『ここの壁の向こうに通路がある。多分、そこに連れていかれたんだ』
『本当か?』
『ああ。だが足を止めるのはマズイ。一先ずはあいつに付いていこう』
アーコと共に平静さを保ちながら次の手を考え出した。ところが、それを遮るように声が頭に響き、そして一番先頭に立ってナハメウについて行っていたオレの脇を二つの影がすり抜けた。
『もう一つ方法があります』
それはトスクルの声だった。
オレは反射的に意図を尋ねようとしていた。が、結果としてその必要は無くなった。返事よりも先にトスクルとピオンスコが行動に移っていたからだ。
トスクルは一瞬のうちにイナゴを放ち、周囲に誰もいない事を確認する。安全を確かめた合図の目配せをピオンスコに送ると獲物を狩るのと同じ要領で、毒の尻尾をナハメウの背中へと突き刺していた。
ピオンスコの毒針の威力はよく知っている。案の定、ナハメウは痛みを感じる間も声を上げる隙もなく絶命してしまった。
オレもアーコも何が起こったのか理解するのに数秒を要した。オレは漏れだしそうになった声を抑え、二人に真意を聞いたのだった。
「何を…?」
「ルージュさんとの交信が途絶えたのが緊急事態だと思いましたので。ですが、場所が分かっている以上、追いかけた方が得策なのではないですか?」
「けどお前ら…こいつを殺しちまったら、後の事をどうすんだよ。こいつがいなくなったとなれば一気に事があやしくなっちまう」
「大丈夫ですよ。彼には攪乱係をしてもらいます」
「してもらいますって…死んでんだぞ。一体どうやって」
アーコはそう言ったが、オレはトスクルの考えが分かった。こちらには死体だからこそ自由に操ることのできる術師がいた。オレはそいつの名前を呼びながら向き直った。
「そうか! ラスキャブの術を使うのか」
オレがそう言うとトスクルは満足げに頷く。反面、ラスキャブは急に名前を呼ばれたことに動転した様子を見せた。アーコの魔術のせいで少し大人びた格好になっているせいで、いつにも増して頼りなさが目立っている。
「え? ええ?」
こちらの考えが伝わったのかどうなのかは分からないが、とにかくラスキャブは目に見えて慌てていた。けれどもトスクルが諭すような声音でラスキャブを宥めた。
「大丈夫。記憶がないかもしれないけど、ラスキャブならできるから。ね?」
「そうそう。アタシが仕留めた怪物をラスキャブが動かして遊んでたりしてたんだから!」
二人の説得に続き、オレも懇願に似た様子でラスキャブに話しかける。
「どの道、ナハメウを殺してしまったから隠蔽はしなけりゃならない。けれどルージュを追うために長い時間はかけられないんだ。ラスキャブ、頼む」
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