159 / 347
Episode3
走る勇者
しおりを挟む
荷馬車を打ち壊し、馬をダブデチカの方に向けて離してやると、何とも言えない表情を浮かべて夜の草原に溶けていった。その足で再び森の中へ移動すると、月明かりを頼りに周囲の気配を伺った。
しんっ、という音が響き渡った夜の森は風が大分賑やかしい。
俺は一度肺に空気を送り込むと、そのまま狼に変身した。
「へえ。本当にどこからみても立派な狼ですね。姿形を変えられるというのは便利そう…」
「実際に便利だと思うぞ。感覚や感性が変わるから、色々と発見がある」
そんな風な事を言うと、すかさずルージュのボヤキが聞こえてきたのだった。
「私はフォルポスの時の姿だけで十分だと思うがな」
「そうか? 俺は狼の時のが一番生き生きしてると思うがな」
アーコの弁にルージュは心底面白くなさそうな顔をした。会った時はそうでもなかったのに、どんどんと色んな表情を見せるようになってきている。ルージュ本人は不服だろうが、オレとしてはそっちの方がいいと思っていた。と、そんな事を思ったり考えたりすると筒抜けになってしまうので控えなければなるまい。
「なんであれ移動するのにはこの姿がもってこいだ。アーコ、頼むぞ」
「おうよ。たらふく飲んだから頗る好調だぜ」
頼もしい応答と共に徐々に俺の視線がどんどんと高くなる。やがて森の木々をさして大きいとは思えぬほどの背丈になると、そこで巨大化が止まった。すると今度は足の裏から頭の天辺まで血が煮えるように熱くなった。何とか気を静めようと、オレは大きな鼻息を一つついた。
トスクルを除いては二度目だったこともあり、慣れたようにオレの毛を掴んでは背中によじ登ってきた。
「馬とも違う、不思議な乗り心地と景色ですね…」
「でもね、こうなったザートレさんはすっごい速いんだよ。トスクル、振り落とされないでね」
「ワタシよりラスキャブの方が心配」
「わ、私は二回目だから…大丈夫、だと思う」
と、弱々しい返事が聞こえた。するとそれを聞いたトスクルだけでなくピオンスコやルージュたちまで何かを憂いたような顔になった。
「ラスキャブ、何かあったら気が付けるように前の方にいろ」
「そ、そんなに心配しないでください」
などと言いつつも、ずいずいと前ににじり寄ってくる感触が伝わってきた。だが、いよいよジッとしているのも限界だ。オレは背中に乗っている連中に有無も言わさぬように告げた。
「何でもいいから、もう出るぞ。しっかりと捕まっていろ!」
そして返事を聞くのもそこそこに足に力を込めると、景色を置き去りにせんばかりの速度で駆けだした。本能の赴くままに、それでも何とか理性を働かせて街道筋から見えないように木々の間をすり抜けるように進んでいく。セムヘノからダブデチカを目指した時と違い、今回の目的地であるルーノズアは歩いても一日程度の距離。この速さなら三時間もあれば到着できるだろう。
あとはルーノズアから『螺旋の大地』への渡航手段が残っていてくれることを祈るばかりだった。
しんっ、という音が響き渡った夜の森は風が大分賑やかしい。
俺は一度肺に空気を送り込むと、そのまま狼に変身した。
「へえ。本当にどこからみても立派な狼ですね。姿形を変えられるというのは便利そう…」
「実際に便利だと思うぞ。感覚や感性が変わるから、色々と発見がある」
そんな風な事を言うと、すかさずルージュのボヤキが聞こえてきたのだった。
「私はフォルポスの時の姿だけで十分だと思うがな」
「そうか? 俺は狼の時のが一番生き生きしてると思うがな」
アーコの弁にルージュは心底面白くなさそうな顔をした。会った時はそうでもなかったのに、どんどんと色んな表情を見せるようになってきている。ルージュ本人は不服だろうが、オレとしてはそっちの方がいいと思っていた。と、そんな事を思ったり考えたりすると筒抜けになってしまうので控えなければなるまい。
「なんであれ移動するのにはこの姿がもってこいだ。アーコ、頼むぞ」
「おうよ。たらふく飲んだから頗る好調だぜ」
頼もしい応答と共に徐々に俺の視線がどんどんと高くなる。やがて森の木々をさして大きいとは思えぬほどの背丈になると、そこで巨大化が止まった。すると今度は足の裏から頭の天辺まで血が煮えるように熱くなった。何とか気を静めようと、オレは大きな鼻息を一つついた。
トスクルを除いては二度目だったこともあり、慣れたようにオレの毛を掴んでは背中によじ登ってきた。
「馬とも違う、不思議な乗り心地と景色ですね…」
「でもね、こうなったザートレさんはすっごい速いんだよ。トスクル、振り落とされないでね」
「ワタシよりラスキャブの方が心配」
「わ、私は二回目だから…大丈夫、だと思う」
と、弱々しい返事が聞こえた。するとそれを聞いたトスクルだけでなくピオンスコやルージュたちまで何かを憂いたような顔になった。
「ラスキャブ、何かあったら気が付けるように前の方にいろ」
「そ、そんなに心配しないでください」
などと言いつつも、ずいずいと前ににじり寄ってくる感触が伝わってきた。だが、いよいよジッとしているのも限界だ。オレは背中に乗っている連中に有無も言わさぬように告げた。
「何でもいいから、もう出るぞ。しっかりと捕まっていろ!」
そして返事を聞くのもそこそこに足に力を込めると、景色を置き去りにせんばかりの速度で駆けだした。本能の赴くままに、それでも何とか理性を働かせて街道筋から見えないように木々の間をすり抜けるように進んでいく。セムヘノからダブデチカを目指した時と違い、今回の目的地であるルーノズアは歩いても一日程度の距離。この速さなら三時間もあれば到着できるだろう。
あとはルーノズアから『螺旋の大地』への渡航手段が残っていてくれることを祈るばかりだった。
0
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説
婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……
こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる