上 下
157 / 347
Episode3

呆れる勇者

しおりを挟む
 それからすぐに日が暮れ落ちたが、もう少し月が高くなるのを待つために、夕食を食べてしまう事にした。あれだけあった酒は全てがアーコの腹の中に納まってしまい、買い込んだ食料もこの夕食で使い切ってしまうだろう。どの道荷馬車を抱えてはいけないので好都合と言えばそうだった。



 トスクルは手伝うと申し出たのだが、ラスキャブとピオンスコに病み上がりだからと止められてしまい、オレ達と一緒に座り込みながらテキパキと食事の支度をする二人を見ている。



 すると、トスクルの方から話しかけてきた。



「そう言えば、込み入った事情と言う話を聞いてもよろしいですか?」



「ああ、そうだったな。と言っても、どう説明すればいいのやら」



「んなもん簡単だろ」



「え?」



 アーコはオレ達の会話を遮るとふわりと舞い上がり、トスクルの目の前に移動して額に小さな手を置いた。



「あの、何を?」



「その込み入った事情って奴を見せてやるだけさ」



 そう言ってアーコは魔法を発動させた。途端にトスクルの中に記憶と情報が注入されていく。一瞬、全部見せてしまうのはどうかと思いもしたが、そこはアーコを信じることにした。



 やがて魔法が終わるとトスクルは、



「なるほど」



 と、小さく呟いた。



「確かに込み入った事情、としか言えないですね」



「だろ?」



「でしたら、お三方には改めて自己紹介をさせてください」



 トスクルは立ち上がると、くるりと向き直って礼儀正しく頭を下げてきた。所作が淀みなく、同年齢のラスキャブやピオンスコよりもやはり大人びて見える。



「ご承知かとは思いますが、名前はトスクルと申します。見ての通り、蝗との混成魔族でしてワタシ自身もイナゴを操る能力を持っています。どこかの街でエヴィションという女から術を施されてから、より強力な召喚術として使えるようにされたみたいです。お役に立てるように励みます」



 そんな挨拶が終わると、今度はルージュが一歩前進して荘厳たる態度で返事をした。



「私はルージュ。お前が主に忠誠を誓う間は、仲間として庇護することを約束しよう」



「ありがとうございます」



 ルージュはどことなく機嫌が良さそうに見えた。何となくだが、ルージュとトスクルの相性は合いそうな気がした。礼節を重んじるというか、儀を弁えていたり、基本的には冷めていて、余計な感情を表に出さないような点が似通っているからだろう。



 次いでアーコが相変わらず適当な声を出してきた。



「俺はアーコ。よろしく」



「はい。よろしくお願いします」



「…お前、本当にあの二人と仲良かったのか? 全然タイプが違くてつまらなそうだ」



「そうでしょうか? 貴女もルージュさんととても仲が良さそうじゃないですか」



 その言葉にはアーコのみならずルージュまでもが声を荒げて反論してきた。迫りくる勢いに、トスクルは軽やかに跳ねたかと思うと、身を縮めてオレの腕の中に飛び込んできた。



「怖いです、ザートレ様」



 …コイツ、楽しんでいるな。



 ラスキャブとピオンスコとはまた違った厄介さがある。ところがルージュとアーコはいつしか二人での口論に発展してしまい、トスクルにからかわれているとは気が付いていない様子だった。
しおりを挟む

処理中です...