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Episode3

急く勇者

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「よう。さきにやらせてもらってるぜ」



 オレ達が戻ると、馬車に余っていた酒を呷りつつ、網焼きにしているソレをつまみにしているアーコが声をかけてきた。酒はともかくとして食べ物は必要としていないはずなのに、どうも口寂しいらしい。



「あれ? 何食べてんの?」



 ラスキャブがアーコとラスキャブが美味そうに食べているソレを指差して聞いた。折角貝を採ってきたのにと言わんばかりの顔だった。だからオレが答えてやった。



「アラクシドって蟹の魔獣だ。そこまで強くはないのに身が美味い・・・けど、中々見つからない事で有名で、滅多に手に入らないんだ。よく見つけられたな」



「ああ。お前らが潜っていった後にそこの岩陰から出てきたんだよ。飲めないラスキャブを付き合わせるのも悪いから、焼いて食ってた」



「ピオンスコ、いっぱい採れたの?」



「それがぜーんぜん。小っちゃい魚はいるけど、大物がいなくってさ。仕方がないから貝、取ってきたよ」



「じゃ、一緒に網で焼いちゃおうか」



「うん!」



 と、二人は仲睦まじい姿で下ごしらえを始めた。



 その間にオレもアラクシドの足を一本貰い、ついでに酒も頂戴した。そうして一息つくと、ルージュが話しかけてきたのだった。



「湖はどうだった?」



「久々に泳げたから幾分とさっぱりしたがな・・・妙な事もあった」



「妙な事?」



「今、ピオンスコも言ったが魚が少ないんだ。それに何となくだが水温が低い気がする」



「季節とか天気のせいじゃねーのか?」



「まあそうなんだろうが。ただの勘だ」



「少なくとも私たちは今のところ妙な気配は感じていない。何かが起こっているとしても、すぐさま脅威にはならないだろう」



「何かが起こっていない世の中の方が恐ろしいしな」



 と、酔っ払いが一言で結んだ。



「そう言えば、あのトスクルって魔族は?」



「未だに眠ったままだが、徐々に顔色が良くなってきている。精神の乱れも穏やかだ。早ければ夜には目を覚ますかも知れん」



「そうか。ならよかった」



 ◇



 それからしばらく。



 オレ達はささやかな酒宴を楽しんだ。ピオンスコとの約束を果たしたことで、少し肩の荷が下りた様な気がした。これでようやく、全身全霊で自分の敵との戦いに集中できると思うと、少しだけ毛が逆立つ思いだった。



 この束の間の休息は心にも身体にも満ち満ちた英気を与えてくれた。ほろ酔いのせいもあるだろうが、無性に剣を握りしめて何かと戦いたいという気持ちが溢れ出る。流石にそう都合よく魔獣などは現れないので、オレはせめて狼の姿になり思いきりよく走り回りたかった。



 ようやく日が傾いてきた。日没となれば、すぐにでもアーコに巨大化の呪文を駆けてもらい、ルーノズアへと駆けだしてしまいたい。



 ところが、そう上手く事は運ばなかった。



 ルージュの予想通り、トスクルが今度こそ目を覚ましたからだった。
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