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Episode2
叶える勇者
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それから合間の小休止を入れて凡そ半日。オレ達の護衛する商隊はニドル峠を無事に越え、セムヘノへと辿り着いた。
セムヘノの町は少々変わった造りをしている。町が大きく二分割されており、片方は沿岸の上に、もう一方は海を隔てて、切り立った大きな岩礁の上にある。どちらもセムヘノには違いのだが、一般的には大陸側をセムヘノ、岩礁にある側をリーフ、もしくはリーフセムヘノと呼んでいる。
リーフセムヘノは岩礁の上にあるという特性上、船で往来することは出来ない。あちらに渡るには、唯一設置されたロープウェイを使うか、さもなくば飛んでいくしかない。元々は鳥の翼を持つササス族が起こした村が発端となっているので、飛べない人種の来訪を想定した造りになっていないのだという。
しかし『囲む大地』の東側、それも海沿いにあるせいで、日の出の美しい町として観光の名所になっている。その観光客目当てに商人が押し寄せ、いつしか沿岸にセムヘノの町が築かれたという経緯があるそうだ。
メカーヒーとの打ち合わせによれば、荷を運ぶのはセムヘノまででいいという事だったので、リーフまで渡る必要はなさそうだった。後は噂の真相がどこまで探れるかにもよるところだ。オレ達がリーフまで渡るにはロープウェイを使う他ない。それだってタダではないし、日に数える程度しか行き来がないので、ジッとしているのが苦手なオレの性に合わない。
山道から山々の合間を縫って見えた限りではそこそこの行列に見えたのだが、セムヘノへ入るための関所には、あまり人が並んでいなかった。思えば山から見えた行列は、対面側のモノだったかもしれない。そこでオレはスピリッタメーバの事を思い出す。冷静になって考えてみれば、あんな規格外の魔獣が出るニドル峠をわざわざ通ろうとする猛者がはたしてどれくらいいるだろうか。
案の定、ニドル峠を抜けてきたオレ達は大層驚かれた。聞くと、レイダァ以上に恐ろしい正体不明の怪物が三日前から突如出現して、調査チームを編成している最中なのだという。門衛たちに何もなかったのかと、根掘り葉掘り質問責めにあったのだが、誰一人として真相を語らない。
念のために口止めをしておいて正解だった。『煮えたぎる歌』の『ザートレ』という名は出来る限り伏せて、鳴りを潜めたまま行動したい。ピオンスコのお陰でオレのかつてのパーティのメンバーが全員生きているとも判明しているのだ。情報の隠蔽は最大限に行わなければならない。このような護衛の任務も、今回はやむをえない事情があったから仕方ないにせよ、今後は控えていこう。
そんな事を考えていると、ふと疑問が湧いた。
バトン達は何故生きているんだ?
これは本来ならピオンスコの話を聞いた段階で考えるべき疑問だが、オレ自身が八十年の月日の移り変わりをすんなりと受け入れてしまっているせいであやふやに捉えていた。だが、冷静に立ち返って見れば、八十年というのはオレ達の一生分の歳月だ。尤も長寿と言われている蛇のニアリィ族でさえ平均的な寿命は百二十年程度と言われている。それを考えると、オレのかつてのパーティの連中が未だに生きているのは不思議だし、仮に生きていたとしても相当な年寄りになっているはず・・・。
覚えているかは怪しいが、ピオンスコに後で風貌を覚えていないかどうか確かめておこう。
◇
恙なく町に入り、目的の建物に辿り着くと、ようやく一週間の護衛の任が正式に終わった。契約金の残金とメカーヒーの作り笑いに乗せられた賛辞の言葉を受け取る。よもや引き続きの任務や専属での護衛を頼まれるような気がしていたが、そんな話は持ちかけられなかった。商人としての嗅覚は鋭い男なので、あまり関わり過ぎてはならない何かを感じ取ったのかもしれない。自分で言うのもなんだが、もしそうだとしたらそれは正解だ。
晴れて自由の身となって商館を出ると、すぐに『果敢な一撃』の全員が後を追いかけてきた。てっきり別れの挨拶でもしてくるのかと思いきや、メカーヒーから受け取ったばかりの報酬の半分を差し出してきたから驚いた。
「どうか受け取ってください。ザートレさんがいたからこそ、ドリックスとスピリッタメーバが現れる様なこの旅程を無事に終えられました。自分たちにこの報酬は大きすぎます」
そう言われて、オレも昔に護衛の任務で先輩の冒険者に助けられ、今のバズバ達と同じようなケジメをつけようとしたことを思い出す。だからオレも名前も知らないあの時の冒険者と同じ事を言う。
「受け取れないよ」
「いや、しかし・・・」
「オレに渡すくらいならその金で良い装備を買って、良い物を食って早く強くなれ。そして今度はお前が誰かを助けてやればいい」
オレがそう言うと、バズバ達は昔のオレと同じように黙ったまま力強く頷いた。
いつか、どこかで言いたいと思っていた台詞が言えたことで、少し興奮した。一度死んでいたとしても、これは今生の夢を叶えたと言えるのかどうかとくだらないことを考えつつ、本当に別れを告げる。
バスバ達に見送られながら、オレ達は適当な宿を探して歩き出したのだった。
セムヘノの町は少々変わった造りをしている。町が大きく二分割されており、片方は沿岸の上に、もう一方は海を隔てて、切り立った大きな岩礁の上にある。どちらもセムヘノには違いのだが、一般的には大陸側をセムヘノ、岩礁にある側をリーフ、もしくはリーフセムヘノと呼んでいる。
リーフセムヘノは岩礁の上にあるという特性上、船で往来することは出来ない。あちらに渡るには、唯一設置されたロープウェイを使うか、さもなくば飛んでいくしかない。元々は鳥の翼を持つササス族が起こした村が発端となっているので、飛べない人種の来訪を想定した造りになっていないのだという。
しかし『囲む大地』の東側、それも海沿いにあるせいで、日の出の美しい町として観光の名所になっている。その観光客目当てに商人が押し寄せ、いつしか沿岸にセムヘノの町が築かれたという経緯があるそうだ。
メカーヒーとの打ち合わせによれば、荷を運ぶのはセムヘノまででいいという事だったので、リーフまで渡る必要はなさそうだった。後は噂の真相がどこまで探れるかにもよるところだ。オレ達がリーフまで渡るにはロープウェイを使う他ない。それだってタダではないし、日に数える程度しか行き来がないので、ジッとしているのが苦手なオレの性に合わない。
山道から山々の合間を縫って見えた限りではそこそこの行列に見えたのだが、セムヘノへ入るための関所には、あまり人が並んでいなかった。思えば山から見えた行列は、対面側のモノだったかもしれない。そこでオレはスピリッタメーバの事を思い出す。冷静になって考えてみれば、あんな規格外の魔獣が出るニドル峠をわざわざ通ろうとする猛者がはたしてどれくらいいるだろうか。
案の定、ニドル峠を抜けてきたオレ達は大層驚かれた。聞くと、レイダァ以上に恐ろしい正体不明の怪物が三日前から突如出現して、調査チームを編成している最中なのだという。門衛たちに何もなかったのかと、根掘り葉掘り質問責めにあったのだが、誰一人として真相を語らない。
念のために口止めをしておいて正解だった。『煮えたぎる歌』の『ザートレ』という名は出来る限り伏せて、鳴りを潜めたまま行動したい。ピオンスコのお陰でオレのかつてのパーティのメンバーが全員生きているとも判明しているのだ。情報の隠蔽は最大限に行わなければならない。このような護衛の任務も、今回はやむをえない事情があったから仕方ないにせよ、今後は控えていこう。
そんな事を考えていると、ふと疑問が湧いた。
バトン達は何故生きているんだ?
これは本来ならピオンスコの話を聞いた段階で考えるべき疑問だが、オレ自身が八十年の月日の移り変わりをすんなりと受け入れてしまっているせいであやふやに捉えていた。だが、冷静に立ち返って見れば、八十年というのはオレ達の一生分の歳月だ。尤も長寿と言われている蛇のニアリィ族でさえ平均的な寿命は百二十年程度と言われている。それを考えると、オレのかつてのパーティの連中が未だに生きているのは不思議だし、仮に生きていたとしても相当な年寄りになっているはず・・・。
覚えているかは怪しいが、ピオンスコに後で風貌を覚えていないかどうか確かめておこう。
◇
恙なく町に入り、目的の建物に辿り着くと、ようやく一週間の護衛の任が正式に終わった。契約金の残金とメカーヒーの作り笑いに乗せられた賛辞の言葉を受け取る。よもや引き続きの任務や専属での護衛を頼まれるような気がしていたが、そんな話は持ちかけられなかった。商人としての嗅覚は鋭い男なので、あまり関わり過ぎてはならない何かを感じ取ったのかもしれない。自分で言うのもなんだが、もしそうだとしたらそれは正解だ。
晴れて自由の身となって商館を出ると、すぐに『果敢な一撃』の全員が後を追いかけてきた。てっきり別れの挨拶でもしてくるのかと思いきや、メカーヒーから受け取ったばかりの報酬の半分を差し出してきたから驚いた。
「どうか受け取ってください。ザートレさんがいたからこそ、ドリックスとスピリッタメーバが現れる様なこの旅程を無事に終えられました。自分たちにこの報酬は大きすぎます」
そう言われて、オレも昔に護衛の任務で先輩の冒険者に助けられ、今のバズバ達と同じようなケジメをつけようとしたことを思い出す。だからオレも名前も知らないあの時の冒険者と同じ事を言う。
「受け取れないよ」
「いや、しかし・・・」
「オレに渡すくらいならその金で良い装備を買って、良い物を食って早く強くなれ。そして今度はお前が誰かを助けてやればいい」
オレがそう言うと、バズバ達は昔のオレと同じように黙ったまま力強く頷いた。
いつか、どこかで言いたいと思っていた台詞が言えたことで、少し興奮した。一度死んでいたとしても、これは今生の夢を叶えたと言えるのかどうかとくだらないことを考えつつ、本当に別れを告げる。
バスバ達に見送られながら、オレ達は適当な宿を探して歩き出したのだった。
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