上 下
83 / 347
Episode2

追い詰める勇者

しおりを挟む
 ラスキャブは皆と別れた後、追跡の気配が自分に向いたことに驚き、そして焦っていた。すぐに来た道を戻り、アーコとでも合流しようと考えていたので泥沼に嵌っていくような得体の知れない感覚に陥っている。



 路地からどんどんと人気がなくなっていき、更に運の悪い事に袋小路に入り込んでいた。行き止まりを確認して戻ろうとすると、とうとう追跡者が姿を現した。



 ボロボロのマントを頭から被っていて顔はよく見えない。大人用のサイズのマントが大分余っているので、体躯は小さくラスキャブと大して変わらない。それでも感じ取られる相手のポテンシャルは自分よりも上であることを見抜いていた。



 ラスキャブは持っている槍を構えることすら忘れていた。というよりも、杖のように自重を支えるのに使っていてそれが槍であるという事も失念しているようだった。



 追跡者はラスキャブの事を一度だけ目視すると、何故だかキョロキョロと自分の周りの様子を伺いながら近づいてきた。そして小さいがしっかりとした芯の通った声で言った。



「ラスキャブ、だよな?」



「え?」



 まさか自分の名を呼ばれると思っていなかったラスキャブは、驚いて相手の事をマジマジと見た。この距離になるとマントの隙間から自分と同い年くらいの少女の顔が見えた。すると、ラスキャブの「目視したモノの名前が分かる」という能力が勝手に働き少女の名前が脳裏に浮かぶ。そしてつい、それを口にしてしまう。



「・・・ピオンスコ?」



 ピオンスコと呼ばれた少女の顔は警戒の色から、安堵の色になった。そして涙を堪えた様な笑顔でラスキャブに抱きついた。



「良かった。ホントにラスキャブだ」



 再会を喜ぶピオンスコとは反対にラスキャブは困惑する事しかできないでいた。ラスキャブには自分についてのほとんどの記憶が残っていないのだから仕方のないことである。



 やがてピオンスコは、少しだけ落ち着きを取り戻した。そしてラスキャブの首についたチョーカー型の登録印を見て歯噛みをした。



「ちくしょう。やっぱり一緒にいたフォルポスの男に捕まってんのか・・・けど、大丈夫だ。登録印は何とか外す方法がある。とにかく、あいつらがいない隙に逃げよう」



「え、ちょ」



 ラスキャブは動転した。相手のことも、何をしようとしているのかもてまるで分からなかった。それでも自分に危害を加えるつもりはないという事実で安心していた。



 逃げるのを渋るラスキャブの様子に、ピオンスコは怪訝な表情になる。



「どうしたんだよ、ラスキャブ」



「えと、ごめんなさい。私、あなたと行くわけには行かないの」



「何でだよ。アタシと一緒に逃げよう」



 ラスキャブの手を握るピオンスコの手がさらに強くなった。何をどう説明したらいいのかと考えるうちに、結局慌てふためくしかできないラスキャブに上から助け船が入った。



「ラスキャブはな、多分お前の事を覚えてないんだよ」



 ピオンスコは内容よりもその声の出所に驚いて、ラスキャブを引っ張りながら大きく身を引いた。見ればさっきまでいたところの頭上に逆さまになりながら、悪戯に笑うアーコが浮かんでいる。



「アンタ、ラスキャブの仲間の魔族だな」



「魔族・・・とも微妙に違うんだけど・・・まあ、今は良いや。ともかくラスキャブの仲間だよ」



「覚えてないってどういう事だ。ラスキャブに何かしたのか!」



「違う違う。俺達と会う前から記憶喪失なんだよ。自分の名前以外の事は大して覚えてない」



「嘘だ。ラスキャブはさっきアタシの名前を呼んだ」



「それも・・・説明すると長ぇんだよ。ひとまず分かってほしいのは、ラスキャブは嫌々あのフォルポスの傍にいるって訳じゃない。望んで一緒に旅をしている」



「そんな言葉に騙されるか。ラスキャブ、逃げろ。アタシがやっつけるから」



 ピオンスコは目にも止まらぬ俊敏さを発揮して一気にアーコとの距離を詰めた。マントの下の両手にはそれぞれ短剣が握られており、その刃がアーコの喉を狙う。



 アーコは反応できたが、あえて避けなかった。そもそも、アーコには避ける必要がない。ピオンスコの短剣は空しくすり抜けて空を切るばかりだった。



「いいね、喧嘩っ早いのは嫌いじゃないぜ」



「な、何なんだコイツ」



 ピオンスコは本能的にアーコの危険さを感じ取った。



 そして怯えたような演技をしながら、マントの下に隠してある奥の手を誰にも気が付かれぬように準備し始めた。



 だが、アーコが妙な事を喋りはじめたので、一瞬思考が停止した。



「そう。そこを真っすぐ、んでもって突き当りを右」



「・・・何言ってんだ?」



「お前じゃない。後ろの奴にここの場所を教えてたんだ」



 その言にピオンスコは嫌な気配を感じ取り、慌てて振り返る。瞬時にこの場から逃げ出すための計算や作戦を巡らせるが遅かった。



 さっき自分が現れたのと同じ角から、フォルポスの男が現れたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。

音喜多子平
キャラ文芸
【第六回キャラ文芸大賞 奨励賞】 人の世とは異なる妖怪の世界で生まれた猫又・鍋島環は、幼い頃に家庭の事情で人間の世界へと送られてきていた。 それから十余年。心優しい主人に拾われ、平穏無事な飼い猫ライフを送っていた環であったが突然、本家がある異世界「天獄屋(てんごくや)」に呼び戻されることになる。 主人との別れを惜しみつつ、環はしぶしぶ実家へと里帰りをする...しかし、待ち受けていたのは今までの暮らしが極楽に思えるほどの怒涛の日々であった。 本家の勝手な指図に翻弄されるまま、まともな記憶さえたどたどしい異世界で丁稚奉公をさせられる羽目に…その上ひょんなことから錬金術師に拾われ、錬金術の手習いまですることになってしまう。

おじさんが異世界転移してしまった。

月見ひろっさん
ファンタジー
ひょんな事からゲーム異世界に転移してしまったおじさん、はたして、無事に帰還できるのだろうか? モンスターが蔓延る異世界で、様々な出会いと別れを経験し、おじさんはまた一つ、歳を重ねる。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

異世界召喚されたと思ったら何故か神界にいて神になりました

璃音
ファンタジー
 主人公の音無 優はごく普通の高校生だった。ある日を境に優の人生が大きく変わることになる。なんと、優たちのクラスが異世界召喚されたのだ。だが、何故か優だけか違う場所にいた。その場所はなんと神界だった。優は神界で少しの間修行をすることに決めその後にクラスのみんなと合流することにした。 果たして優は地球ではない世界でどのように生きていくのか!?  これは、主人公の優が人間を辞め召喚された世界で出会う人達と問題を解決しつつ自由気ままに生活して行くお話。  

処理中です...