魔王に捨てられた剣を振るのはパーティに捨てられた勇者 【Episode5連載中】

音喜多子平

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Episode1

陥れられる勇者

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「もう一つはっきりさせておくことがある」



「何でしょうか?」



「運ぶ商品のことだ」



 その時「ふふ」と、漏れるようなルージュの笑い声が聞こえた。オレとラスキャブくらいにしか届かないような小さな声だ。それはオレがキチンと気が付いていた事への安心感か、それともここで聞いてしまう拙さを笑っていたのかまでは分からない。



 とはいえメカーヒーの目の色は変わっていた。笑みは崩れなかったが、気配は警戒の色に染まっている。相手もやはり中々の商人だった。



「どういう意味ですかな?」



「それだけ高額の報酬を払えるならギルドに正規に依頼すればいい。それをしないで個人に、それも会って間もない奴に護衛を頼むという事は、あんた自身がヤバい身の上か、さもなくば運ぶ物がヤバいかのどちらかだろう」



「…これは私の思っていた以上に護衛のご経験がある様だ」



「それで? 運ぶ物というのは?」



「それはお答えできかねますね」



「そうか。ならオレも依頼を受けることはできない」



 そう言って立ち上がろうとした。商人の手中で踊らされなかったのは初めての経験かも知れない。言葉だけで相手に一泡吹かせてやるというのは、中々の高揚感のあるものだった。



「では依頼ではなく、取引の話に致しましょう」



「取引?」



 意外な言葉に、つい反応してしまった。座ってもおらず、立ってもいない妙な格好になってしまっていた。



 メカーヒーは顔こそ変わっていなかったが、その纏っている雰囲気はまるで違う。



「この宿は私のお気に入りでして、妙な噂が立ってはいけないと騒動を目撃した方々には親切丁寧な対応で口止めをお願いしました。そこな亭主にも私が修繕費を立て替える代わりに騎士団に行く足を止めております」



 ジワリと心の中が何かで滲んでいくようだった。



「…あの魔獣の事だったら、オレ達は無関係だ。騎士団に引き渡されたところで痛くも痒くもない」



 事実足止めは喰らうかも知れないが、あの騒動の犯人であるという確かな証拠は存在しない。が、そう上手くは行かなかった。



「そうでしょうか? この場合、事実は関係ないのですよ。騎士団は呼ばれたからには結論を出さなければならない。確たる証拠がない以上、状況証拠と証言はかなり重要な判断材料になる。ひょっとするとこの宿を荒らしたのは、妙な魔獣ではなくて『煮えたぎる歌』の戦士が暴れていた、などと結論を付けられてしまうかも知れません」



「…」



 しまった…。



 魔獣の死体は灰になっている。メカーヒーの言う通り、ここには状況証拠しか残っていない。しかも、この口ぶりは既に証言者である他の宿泊客に根回し済みと言うことだろう。



 ハメられた。



 そう自分の中で結論付けた時、肩を叩かれた。見ればルージュが冷たい眼をして手刀を構えていた。どうみても命令待ちなのは明らかだったが、記憶を奪ったり皆殺しにしたりするほど了見は狭くはないつもりだ。オレは心の中で、ルージュに話しかけた。



(いくらなんでも大人げない。策にハメられたのは少々腹も立つが、ルクーサー地方に行く良い口実な上、報酬も破格だ。ここは素直になろう)



(…主がそう言うのなら従う。確かに噂の件は私も無視して進むべきではないと思う)



 視線をメカーヒーに戻すと、相変わらずの笑顔であった。



「どうでしょうか?」



「・・・詳細を聞かせてくれ」



 そういうと、メカーヒーの顔は本当の意味での笑顔になった。



「いやいや引き受けて頂いて感謝ですよ。詳しくはこちらにまとめてありますので、問題がなければサインを願います」



 そういって差し出してきた契約書には、こちらの気にしている事が全て記載されていた。確かに、問題の運ぶ荷物以外は不審な点はない。それどころか中々の好待遇だった。



 しかし、オレがサインする意思を見せた時、契約書がするりとメカーヒーに取られた。



「おっと、失礼。今回は依頼ではなく取引でしたな」



 そう言って45万チキュの報酬金額をペンで訂正した。戻ってきた契約書は報酬が30万チキュとなっていた。



 それを見た時、オレとルージュからほんの一瞬だけ怒気が噴き出した。二人ともすぐにそれを沈めたが、一番近くにいたラスキャブだけが「ひぃっ」と悲鳴を漏らしていた。

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