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駕籠かき修行

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 福松は息を整えながら他の生徒の駕籠捌きを見て稽古していた。やはり新入生に比べると一日の長がある分、人乗せであっても様になっている者がほとんどだった。だからこそ福松と林には良い勉強になった。正直言って俳優部のドリさんと苦竹の技術は洗練され過ぎていて参考にするのは難しい。

 反面、粗さの残る時代劇塾の生徒たちは指導や注意を受ける機会もまだまだあり、見ているだけでも得るものが多かった。

 やがて全組が町駕籠の練習を終えると、ドリさんが言う。

「よし、一巡したな。じゃあ次は大名駕籠をやってみるぞ」

 そう聞いて一同の目がセットの隅に置かれていた大名駕籠へ移った。町駕籠に比べると比較できない程に気品を放っている。一目で高貴で位が上の人物を乗せるためのものだと分かる。撮影用のレプリカでさえそうなのだから、実物はどれほどのオーラを放っているか知れない。

 また町駕籠の倍の四人で担ぐ必要があるというのも違いだった。なので大名駕籠の練習は福松と林の組のすぐ次にいた二人と一緒に担ぐ事になった。

「大名駕籠は名前と見た目の通り、えらい人が乗るための駕籠だ。担ぐのは往々にして家来。ウチでは『中間』って役職で呼んでいる」
「中間?」

 お中元なら知っているんだけど、などと福松はくだらないことを考えていた。するとドリさんがしみじみと言った。

「これは個人的な感想だが町駕籠より大名駕籠の方が撮影では楽だ。担ぐ人数が多いし、こうやってキチンと戸が閉まるから実際に人を乗せることは少ない。おまけに優雅さとか品格を出すシーンで使うから滅多なことじゃ走らない」

 確かに町駕籠を経験した後だと四人で担げるというのがどれだけ心強いかが分かる。

 すると説明もほどほどに早速実際に担いでみることになった。

背丈を考慮すると福松と林が後ろ、木町と愛子という塾生の二人組が前に入ることで話がまとまる。基本的な流れは町駕籠と一緒だ。後は走らないで、慎重に歩けばよいだけだった。

 ドリさんの掛け声を合図に四人が大名駕籠を持ちあげる。福松は確かにドリさんの言う通り、人数が倍になったおかげで大分楽になったと思った。これならば呼吸を合わせて前進する余裕も持つことができた。スローペースであるので最初に踏み出すさえ決めていれば、大きく乱れることもない。

 しかしドリさんはやたら厳しい審査のような目を福松に注いでいた。そのせいで福松だけが妙に緊張した授業となっている。それでも注意や指導がなかったので、上手くできているのだろうと思い込んで緊張を誤魔化していた。

 駕籠の重みや体の動かし方は勿論勉強になったが、町駕籠と大名駕籠の二つを担いでみて一番参考になったのは担ぎ手の芝居だった。町駕籠はどちらかといえば粗野で荒々しい芝居を、大名駕籠は物静かかつ品のある芝居を求められることが分かった。読書や座学だけは知ることのできない授業内容で福松は満足したまま授業を終えることができたのだった。

 そうして全員が大名駕籠の練習をしたところで、丁度よく抗議の時間が終わった。

 挨拶をして支度部屋に戻ろうとすると、不意にドリさんが福松を呼んだ。

「福松」
「はい。何ですか?」
「この後、時間あるか?」
「あ、はい。また化生部屋に顔は出そうかなと思ってましたけど」
「そりゃ丁度いい。少し話をしたい事があるんだ。これからAクラスに指導するからしばらくかかるが、待っててくれ」
「分かりました。着替えたら化生部屋に行きますね」
「いや。着替えるのも待ってろ。浴衣のままでいいから」
「え?」

 福松はドリさんの言葉の意図するところが分かりかねた。しかし真意を確かめる時間はなかったので仕方なく「分かりました」と返事をしてNo5セットを後にしたのだった。

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