21 / 44
駕籠かき修行
4-1
しおりを挟む
場面はそこから一週間が過ぎた翌週の土曜日になる。
福松はその間にアルバイトや京都で開催しているワークショップなどの情報を集めることに精を出していた。ざっと調べてみた限りだが、京都からはあまり演劇熱を感じ取ることができないのが本音だ。
活動的な団体は片手で数えられる程度だし、役者向けのワークショップなどはやっているのかすら怪しいレベル。ただこれに関しては大方の理由は見当が付く。関西で芸能活動を精力的に行おうと思うなら十中八九の者が大阪に行くからだ。
現にネット検索でも関西で開催される演劇公演や劇団員募集などの情報はほとんどが拠点を大阪に置いている団体だ。中に入ってきて分かったが京都にはそれほど芸能の需要がない。現代演劇は言わずもがな能狂言のような古典芸能も想像していたよりも開催回数が少ない。
京都で活力のある芝居の現場と言うのは撮影所か、もしくは南座くらいのものだった。
「こうなると大阪に出ないと厳しいかもしれないなぁ」
流石に週に一回の二時間程度の講義でどうにかなるほど役者の世界は甘くはない。仕事とするならば所属する芸能事務所にも目星をつけなければならない。駆け出しがやらなければいけない事はまだまだたくさんあるのだ。
色々と今後の身の振り方を決めあぐねいている中でふと時計を見る。すると間もなく時代劇塾の講義ために出発しなければならない時間になっていた。
「あ、やばい」
そうして乱雑に机に並べた予定帳とルーズリーフを負けないくらい乱雑に片付ける。支度は前日の夜に用意していたので、それをかっぱらうかのように持つと急いで家を出た。
「いってきます」
福松は風呂敷を自転車の籠に乗せると、青い空を見上げた。そして夏を思わせるほどに温かくなった京都の空気を肺に入れてせっせと自転車を漕ぎ始めた。
◇
撮影所に到着した後は先週と同じようにプレハブの控室に向かい、講義開始の時間まで一葉や林と雑談に花を咲かせていた。特に林は大学在学中に芸能事務所に所属していたらしく、福松にとってはとても貴重な話だった。
「やっぱり事務所を探した方がいいんだな」
福松は誰に言うでもなくそう呟いた。すると一葉がそれに答えるように言った。
「けど事務所もピンキリですからね。役者の他にもモデルとか芸人さんと兼用とか、そもそも役者を募集してなかったりとか、気をつけないといけませんよ」
「確かに…けどフリーの状態は早く何とかしたいしなぁ」
「もしくは…例えばこの撮影所の大部屋に入るってのも手ですよ。大部屋出身で活躍している人も結構いますし、まあ今はほとんどいないですけど」
正直それも考えないではなかった。そもそもドリさんはそれを期待している節がある。
しかし一葉の言う通り現代においては大部屋に入って役者として大成するのは難しいのが実状だ。正直、二の足を踏んでしまう。
役者としてやっていくためにやはり事務所は焦らないでじっくりと選ぶべきだ。そうやって先延ばしを結論付けると、ちょうど講義の始まる時間となった。
今日の講義は先週とは異なり試写室でなく、撮影所内にあるセットで行うと伊佐美から事前に連絡を貰っていた。オープンは何度か見たことがあったが、セットを使うのは初めての事だったのでにわかに興奮を覚えていた。
林も自分と同じく初めての事だったので、先導を一葉に頼んで後をついていった。すると女性陣が明後日の方向に歩いていくのが見えた。
「あれ? なんで女子たちはあっちに?」
「今日は男女別だって守衛室のリストに描いてありましたよ」
「あ、全然見てなかったです」
辿り着いたのは№5と呼ばれているセットだった。巨大な倉庫のような建物の中は土がむき出しになっており土埃と古い家屋独特のかび臭さが鼻を殴った。セットの中には例によって小道具が置かれていた。それで何となくは今日の講義の内容が予想できた。
用意されていた道具を見るに、今日の講義は『駕籠』で間違いないだろう。
すると伊佐美と共に今日の講師がセットにやってきた。その講師を見て福松は鼻が動くのが分かった。
「お早うございます。今日は撮影所の俳優部の方に駕籠の担ぎ方を指導して頂きます。ではお二人ともよろしくお願いします」
「はい。俳優部の美鳥です。よろしく」
「よろしくお願いします。同じく俳優部の苦竹です」
苦竹と名乗ったのは三十代半ばくらいの俳優だ。柔和な顔立ちをしてはいるが、眉が薄く全体的に角ばった顔をしているのでこちらに与える印象は少々武骨に思える。
福松はドリさんと化生部屋以外の俳優部の役者をその時初めて見た。
伊佐美は「後はよろしくお願いします」と一礼すると、そそくさと№5セットを後にした。そうして福松にとっては二度目の時代劇塾が始まった。
福松はその間にアルバイトや京都で開催しているワークショップなどの情報を集めることに精を出していた。ざっと調べてみた限りだが、京都からはあまり演劇熱を感じ取ることができないのが本音だ。
活動的な団体は片手で数えられる程度だし、役者向けのワークショップなどはやっているのかすら怪しいレベル。ただこれに関しては大方の理由は見当が付く。関西で芸能活動を精力的に行おうと思うなら十中八九の者が大阪に行くからだ。
現にネット検索でも関西で開催される演劇公演や劇団員募集などの情報はほとんどが拠点を大阪に置いている団体だ。中に入ってきて分かったが京都にはそれほど芸能の需要がない。現代演劇は言わずもがな能狂言のような古典芸能も想像していたよりも開催回数が少ない。
京都で活力のある芝居の現場と言うのは撮影所か、もしくは南座くらいのものだった。
「こうなると大阪に出ないと厳しいかもしれないなぁ」
流石に週に一回の二時間程度の講義でどうにかなるほど役者の世界は甘くはない。仕事とするならば所属する芸能事務所にも目星をつけなければならない。駆け出しがやらなければいけない事はまだまだたくさんあるのだ。
色々と今後の身の振り方を決めあぐねいている中でふと時計を見る。すると間もなく時代劇塾の講義ために出発しなければならない時間になっていた。
「あ、やばい」
そうして乱雑に机に並べた予定帳とルーズリーフを負けないくらい乱雑に片付ける。支度は前日の夜に用意していたので、それをかっぱらうかのように持つと急いで家を出た。
「いってきます」
福松は風呂敷を自転車の籠に乗せると、青い空を見上げた。そして夏を思わせるほどに温かくなった京都の空気を肺に入れてせっせと自転車を漕ぎ始めた。
◇
撮影所に到着した後は先週と同じようにプレハブの控室に向かい、講義開始の時間まで一葉や林と雑談に花を咲かせていた。特に林は大学在学中に芸能事務所に所属していたらしく、福松にとってはとても貴重な話だった。
「やっぱり事務所を探した方がいいんだな」
福松は誰に言うでもなくそう呟いた。すると一葉がそれに答えるように言った。
「けど事務所もピンキリですからね。役者の他にもモデルとか芸人さんと兼用とか、そもそも役者を募集してなかったりとか、気をつけないといけませんよ」
「確かに…けどフリーの状態は早く何とかしたいしなぁ」
「もしくは…例えばこの撮影所の大部屋に入るってのも手ですよ。大部屋出身で活躍している人も結構いますし、まあ今はほとんどいないですけど」
正直それも考えないではなかった。そもそもドリさんはそれを期待している節がある。
しかし一葉の言う通り現代においては大部屋に入って役者として大成するのは難しいのが実状だ。正直、二の足を踏んでしまう。
役者としてやっていくためにやはり事務所は焦らないでじっくりと選ぶべきだ。そうやって先延ばしを結論付けると、ちょうど講義の始まる時間となった。
今日の講義は先週とは異なり試写室でなく、撮影所内にあるセットで行うと伊佐美から事前に連絡を貰っていた。オープンは何度か見たことがあったが、セットを使うのは初めての事だったのでにわかに興奮を覚えていた。
林も自分と同じく初めての事だったので、先導を一葉に頼んで後をついていった。すると女性陣が明後日の方向に歩いていくのが見えた。
「あれ? なんで女子たちはあっちに?」
「今日は男女別だって守衛室のリストに描いてありましたよ」
「あ、全然見てなかったです」
辿り着いたのは№5と呼ばれているセットだった。巨大な倉庫のような建物の中は土がむき出しになっており土埃と古い家屋独特のかび臭さが鼻を殴った。セットの中には例によって小道具が置かれていた。それで何となくは今日の講義の内容が予想できた。
用意されていた道具を見るに、今日の講義は『駕籠』で間違いないだろう。
すると伊佐美と共に今日の講師がセットにやってきた。その講師を見て福松は鼻が動くのが分かった。
「お早うございます。今日は撮影所の俳優部の方に駕籠の担ぎ方を指導して頂きます。ではお二人ともよろしくお願いします」
「はい。俳優部の美鳥です。よろしく」
「よろしくお願いします。同じく俳優部の苦竹です」
苦竹と名乗ったのは三十代半ばくらいの俳優だ。柔和な顔立ちをしてはいるが、眉が薄く全体的に角ばった顔をしているのでこちらに与える印象は少々武骨に思える。
福松はドリさんと化生部屋以外の俳優部の役者をその時初めて見た。
伊佐美は「後はよろしくお願いします」と一礼すると、そそくさと№5セットを後にした。そうして福松にとっては二度目の時代劇塾が始まった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
金の鈴
Guidepost
キャラ文芸
異形となった黒猫は、かつての主人の魂を求めて彷徨い歩く──
今井 寿也(いまい としや)は、大学へ行く途中、カラスに襲われていた黒猫を助ける。
黒猫は鈴のついたボロボロの首輪をしていた。
頬っておけず、友人に協力を頼み、飼い主が見つかるまでの間だけ預かることにしたが、結局飼うことに。
黒猫には『すず』と名付けた。
寿也はその出会いが、特別なものだとこの時はまだ知らなかった……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
エンジニア(精製士)の憂鬱
蒼衣翼
キャラ文芸
「俺の夢は人を感動させることの出来るおもちゃを作ること」そう豪語する木村隆志(きむらたかし)26才。
彼は現在中堅家電メーカーに務めるサラリーマンだ。
しかして、その血統は、人類救世のために生まれた一族である。
想いが怪異を産み出す世界で、男は使命を捨てて、夢を選んだ。……選んだはずだった。
だが、一人の女性を救ったことから彼の運命は大きく変わり始める。
愛する女性、逃れられない運命、捨てられない夢を全て抱えて苦悩しながらも前に進む、とある勇者(ヒーロー)の物語。
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
神様の学校 八百万ご指南いたします
浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:
八百万《かみさま》の学校。
ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。
1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。
来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:
※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。
マトリックズ:ルピシエ市警察署 特殊魔薬取締班のクズ達
衣更月 浅葱
キャラ文芸
人に悪魔の力を授ける特殊指定薬物。
それらに対抗するべく設立された魔薬取締班もまた、この薬物を使用した"服用者"であった。
自己中なボスのナターシャと、ボスに心酔する部下のアレンと、それから…?
*
その日、雲を掴んだ様な心持ちであると署長は述べた。
ルピシエ市警察はその会見でとうとう、"特殊指定薬物"の存在を認めたのだ。
特殊指定薬物、それは未知の科学が使われた不思議な薬。 不可能を可能とする魔法の薬。
服用するだけで超人的パワーを授けるこの悪魔の薬、この薬が使われた犯罪のむごさは、人の想像を遥かに超えていた。
この事態に終止符を打つべく、警察は秩序を守る為に新たな対特殊薬物の組織を新設する事を決定する。
それが生活安全課所属 特殊魔薬取締班。
通称、『マトリ』である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる