16 / 44
化生部屋のあやかし達
3-3
しおりを挟む
福松たちは外に出た。すると八山が隣にあった小屋から棒や笊を引っ張り出して、即席の棒手振りを作った。それをひょいと担ぐといよいよ特別授業が始まる。
「いいかい。まず棒手振りは肩に乗せることはそうなんだが、気持ちとしては背中に乗せるように担ぐんだ。右手は棒の先端に添えて物をぶら下げてる縄を触る。左手は縄を全部ギュッと握ってな、揺れないように押さえちまえばいい」
「ああ、そっか」
考えてみれば当然の事。ぶら下げている盥や笊が動くなら手で押さえれば済む話だ。必死過ぎてそんな事に頭が回らなかった。
「で、担ぐと自然にカニ歩きになるんだが頭と臍は進む方向を見るんだ。この時に注意するのは左足で進もうとしない事。右足で進む、左足は右足に追いつくくらいでいい。これを繰り返すから進めるって寸法だ。やってみな」
福松は八山から棒を受け取ると今言われた注意点を参考にしてやってみた。確かに試写室で動いた時よりは安定しているし、揺れも少ない。けれども八山の棒手振りに比べるとまだまだ騒がしい。
その時、真砂子が横から口を挟んできた。
「福松は腰が高いんだよ。だから上下にがくんがくんと揺れちまうんだ」
「そうだな。もっと膝を折って腰を入れるんだ。でもって重心の高さをなるべく一緒にするようにして歩いてみな」
「はい!」
言われて福松は腰を入れて重心を落とすと、日本舞踊の基本と一緒だと直感的に感じた。これならばお手のものだ。
改めて棒手振りを担いでオープンセットを歩き出す。まだ歩くのと同じような速さだったが、笊はほとんど動かず安定感が今までの比じゃないと全身に伝わってきていた。
「お、中々どうして、ちったぁ様になったな」
「そうだね。もうしばらく稽古すりゃ現場でも使えるんじゃないかい?」
「本当ですか!?」
「実際はもっと重いものを乗っけて走るからね。何か笊に重しでも……何もないか。仕方ない」
仕方ない、と言った真砂子は笊の上に手をかざした。すると掌からサラサラと白砂が零れ落ちてくる。あっという間に前後の笊は山盛りの砂でいっぱいになってしまった。それを見ると、大して妖怪に詳しくない福松でも真砂子の正体には大よその見当が付いた。
「あの…真砂子さんの正体って『砂かけ婆』とかですか?」
「ふんっ。まあね、けど面と向かって婆と呼ばれるのは腹が立つから儂のことは真砂子さんと呼びな」
「あ、はい」
その会話を聞いて八山はケラケラと笑った。
「いいじゃねえか。実際、婆なんだから。オイラは御覧の通り爺だからキチンと『子泣き爺』と呼ばれたって何とも思わねえや」
「え? 八山さんて『子泣き爺』なんですか?」
「おうともよ」
という事は今、子泣き爺と砂かけ婆に挟まれているという事かと福松は思った。下駄とちゃんちゃんこが恋しくなった。
福松がそんな事を思っていると、真砂子が面白くなさそうに鼻から息を出して言った。
「爺には繊細な乙女心がわからないんだよっ」
◇
棒手振りの練習が終わった後、福松は化生部屋で着替えをさせてもらうと真砂子に勧められるままお菓子をご馳走になっていた。
ふと壁掛け時計を見ると間もなく16時になろうかと言う時刻である。
他愛のない話に盛り上がっていると、化生部屋の引き戸ががらっと開いた。するとぐったりとした様子のドリさんが入ってくるところだった。ドリさんが框から上がらず、座敷に腰を下ろすと彼の肩からいつぞやと同じようにわんさかと妖怪たちが飛び出してきた。全員が思い思いに着替えたり、メイクを落としたりし始めている。しかしこの間よりも数が少ない。
「ああ、つかれた」
ドリさんの一言が騒がしい部屋にあって、何故かすんなり福松の耳に届いた。
きっと…いや、間違いなく「疲れた」と言う意味だろうが福松には「憑かれた」と聞こえたような気がした。
真砂子と八山が労いの言葉を飛ばすと、皆が一様に返事をした。するとようやく戻ってきた面々が化生部屋にいつもと違う顔がある事に気が付いたのだった。
「お? 福松か。よく来たな」
「はい。その節はお世話になりました」
「引っ越してきた挨拶か?」
「それもありますけど、今日が時代劇塾の初日だったもので」
「ああ、そういう事か」
すると横から真砂子が口を挟んできた。
「授業で棒手振りがうまくできなかったそうでね。殊勝にもここに習いに来たんだよ」
「ほう。立派なもんだ」
福松は照れくさそうに頬を指で掻いた。
「ドリさん達も撮影お疲れ様でした」
「はは。今日は中々に疲れたな、出番があった訳じゃないのに…福松はこの後急ぐのか?」
「いえ、特には」
「そうか。もし良けりゃ入所祝いに夕飯でも奢ってやろうかと思ったが、どうだ?」
「え? いいんですか」
「勿論だよ」
「でしたら…是非」
「わかった。ならちょっと俳優部に顔出てして帰り支度をしてくるから待っててくれ」
ドリさんはそう言って再び化生部屋を出て行った。大分肩が凝っているのか、しきりに首を動かしているのが印象的だ。
そうしてドリさんが戸を閉めると、あらかたの後始末が終わった化生部屋の妖怪たちが福松のもとに集まってきた。
「いいかい。まず棒手振りは肩に乗せることはそうなんだが、気持ちとしては背中に乗せるように担ぐんだ。右手は棒の先端に添えて物をぶら下げてる縄を触る。左手は縄を全部ギュッと握ってな、揺れないように押さえちまえばいい」
「ああ、そっか」
考えてみれば当然の事。ぶら下げている盥や笊が動くなら手で押さえれば済む話だ。必死過ぎてそんな事に頭が回らなかった。
「で、担ぐと自然にカニ歩きになるんだが頭と臍は進む方向を見るんだ。この時に注意するのは左足で進もうとしない事。右足で進む、左足は右足に追いつくくらいでいい。これを繰り返すから進めるって寸法だ。やってみな」
福松は八山から棒を受け取ると今言われた注意点を参考にしてやってみた。確かに試写室で動いた時よりは安定しているし、揺れも少ない。けれども八山の棒手振りに比べるとまだまだ騒がしい。
その時、真砂子が横から口を挟んできた。
「福松は腰が高いんだよ。だから上下にがくんがくんと揺れちまうんだ」
「そうだな。もっと膝を折って腰を入れるんだ。でもって重心の高さをなるべく一緒にするようにして歩いてみな」
「はい!」
言われて福松は腰を入れて重心を落とすと、日本舞踊の基本と一緒だと直感的に感じた。これならばお手のものだ。
改めて棒手振りを担いでオープンセットを歩き出す。まだ歩くのと同じような速さだったが、笊はほとんど動かず安定感が今までの比じゃないと全身に伝わってきていた。
「お、中々どうして、ちったぁ様になったな」
「そうだね。もうしばらく稽古すりゃ現場でも使えるんじゃないかい?」
「本当ですか!?」
「実際はもっと重いものを乗っけて走るからね。何か笊に重しでも……何もないか。仕方ない」
仕方ない、と言った真砂子は笊の上に手をかざした。すると掌からサラサラと白砂が零れ落ちてくる。あっという間に前後の笊は山盛りの砂でいっぱいになってしまった。それを見ると、大して妖怪に詳しくない福松でも真砂子の正体には大よその見当が付いた。
「あの…真砂子さんの正体って『砂かけ婆』とかですか?」
「ふんっ。まあね、けど面と向かって婆と呼ばれるのは腹が立つから儂のことは真砂子さんと呼びな」
「あ、はい」
その会話を聞いて八山はケラケラと笑った。
「いいじゃねえか。実際、婆なんだから。オイラは御覧の通り爺だからキチンと『子泣き爺』と呼ばれたって何とも思わねえや」
「え? 八山さんて『子泣き爺』なんですか?」
「おうともよ」
という事は今、子泣き爺と砂かけ婆に挟まれているという事かと福松は思った。下駄とちゃんちゃんこが恋しくなった。
福松がそんな事を思っていると、真砂子が面白くなさそうに鼻から息を出して言った。
「爺には繊細な乙女心がわからないんだよっ」
◇
棒手振りの練習が終わった後、福松は化生部屋で着替えをさせてもらうと真砂子に勧められるままお菓子をご馳走になっていた。
ふと壁掛け時計を見ると間もなく16時になろうかと言う時刻である。
他愛のない話に盛り上がっていると、化生部屋の引き戸ががらっと開いた。するとぐったりとした様子のドリさんが入ってくるところだった。ドリさんが框から上がらず、座敷に腰を下ろすと彼の肩からいつぞやと同じようにわんさかと妖怪たちが飛び出してきた。全員が思い思いに着替えたり、メイクを落としたりし始めている。しかしこの間よりも数が少ない。
「ああ、つかれた」
ドリさんの一言が騒がしい部屋にあって、何故かすんなり福松の耳に届いた。
きっと…いや、間違いなく「疲れた」と言う意味だろうが福松には「憑かれた」と聞こえたような気がした。
真砂子と八山が労いの言葉を飛ばすと、皆が一様に返事をした。するとようやく戻ってきた面々が化生部屋にいつもと違う顔がある事に気が付いたのだった。
「お? 福松か。よく来たな」
「はい。その節はお世話になりました」
「引っ越してきた挨拶か?」
「それもありますけど、今日が時代劇塾の初日だったもので」
「ああ、そういう事か」
すると横から真砂子が口を挟んできた。
「授業で棒手振りがうまくできなかったそうでね。殊勝にもここに習いに来たんだよ」
「ほう。立派なもんだ」
福松は照れくさそうに頬を指で掻いた。
「ドリさん達も撮影お疲れ様でした」
「はは。今日は中々に疲れたな、出番があった訳じゃないのに…福松はこの後急ぐのか?」
「いえ、特には」
「そうか。もし良けりゃ入所祝いに夕飯でも奢ってやろうかと思ったが、どうだ?」
「え? いいんですか」
「勿論だよ」
「でしたら…是非」
「わかった。ならちょっと俳優部に顔出てして帰り支度をしてくるから待っててくれ」
ドリさんはそう言って再び化生部屋を出て行った。大分肩が凝っているのか、しきりに首を動かしているのが印象的だ。
そうしてドリさんが戸を閉めると、あらかたの後始末が終わった化生部屋の妖怪たちが福松のもとに集まってきた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
蛇に祈りを捧げたら。
碧野葉菜
キャラ文芸
願いを一つ叶える代わりに人間の寿命をいただきながら生きている神と呼ばれる存在たち。その一人の蛇神、蛇珀(じゃはく)は大の人間嫌いで毎度必要以上に寿命を取り立てていた。今日も標的を決め人間界に降り立つ蛇珀だったが、今回の相手はいつもと少し違っていて…?
神と人との理に抗いながら求め合う二人の行く末は?
人間嫌いであった蛇神が一人の少女に恋をし、上流神(じょうりゅうしん)となるまでの物語。
あやかし旅籠 ちょっぴり不思議なお宿の広報担当になりました
水縞しま
キャラ文芸
旧題:あやかし旅籠~にぎやか動画とほっこり山菜ごはん~
第6回キャラ文芸大賞【奨励賞】作品です。
◇◇◇◇
廃墟系動画クリエーターとして生計を立てる私、御崎小夏(みさきこなつ)はある日、撮影で訪れた廃村でめずらしいものを見つける。つやつやとした草で編まれたそれは、強い力が宿る茅の輪だった。茅の輪に触れたことで、あやかしの姿が見えるようになってしまい……!
廃村で出会った糸引き女(おっとり美形男性)が営む旅籠屋は、どうやら経営が傾いているらしい。私は山菜料理をごちそうになったお礼も兼ねて、旅籠「紬屋」のCM制作を決意する。CMの効果はすぐにあらわれお客さんが来てくれたのだけど、客のひとりである三つ目小僧にねだられて、あやかし専門チャンネルを開設することに。
デパコスを愛するイマドキ女子の雪女、枕を返すことに執念を燃やす枕返し、お遍路さんスタイルの小豆婆。個性豊かなあやかしを撮影する日々は思いのほか楽しい。けれど、私には廃墟を撮影し続けている理由があって……。
愛が重い美形あやかし×少しクールなにんげん女子のお話。
ほっこりおいしい山菜レシピもあります。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
百怪繚乱! ~優香とあやかしのどたばた日常絵巻~
藤 月
キャラ文芸
百瀬 優香、ごく普通の高校二年生。
悩みは、ほんのちょっとぽっちゃりしていること。
……そして、個性豊かなあやかし達に日々振り回されていること。
・友達は陰陽師(まだ半人前)
・幼馴染は、ゆるふわ女子の赤鬼
・BL大好きなオカマの餓者髑髏。
・優香を「我が嫁!」と信じて疑わない俺様ドMな水龍・蒼。
・酒好きだけど、何かと頼りになる白粉婆。
そして、おっとりのんびり屋の家鳴り達――等々。
個性が豊か過ぎる(!)あやかし達に振り回される優香の日常は、今日も今日とて騒がしい…!
※不定期更新となります。
※第一話の冒頭・作中と、一部 流血表現があります。
苦手な方はご注意ください。
※「エブリスタ」にて、当作品の番外編『聖夜に見た夢』を掲載しております。
ご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたしますm(._.*)m
エンジニア(精製士)の憂鬱
蒼衣翼
キャラ文芸
「俺の夢は人を感動させることの出来るおもちゃを作ること」そう豪語する木村隆志(きむらたかし)26才。
彼は現在中堅家電メーカーに務めるサラリーマンだ。
しかして、その血統は、人類救世のために生まれた一族である。
想いが怪異を産み出す世界で、男は使命を捨てて、夢を選んだ。……選んだはずだった。
だが、一人の女性を救ったことから彼の運命は大きく変わり始める。
愛する女性、逃れられない運命、捨てられない夢を全て抱えて苦悩しながらも前に進む、とある勇者(ヒーロー)の物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる