14 / 44
化生部屋のあやかし達
3-1
しおりを挟む
福松、林、三島の三人は講義が終わった後もすぐに立たなかった。それぞれが今日の講義の内容を噛みしめているようだった。しかしすぐにAクラスの授業が始まると言うので、伊佐美に強制的に退室させられた。
試写室を出ると不思議と心のつかえが軽くなった気がした。福松は二人に軽く別れの挨拶をする。
「今日は顔を出すところがあるんで、先に失礼します。また来週もよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
「また今度よろしくお願いします」
そう言って更衣室に走った福松はノックをしてから戸を開けた。既に一葉は着替え終えており今まさに帰るところだった。
「一葉さん、今日はすみません」
「そんなそんな。別に怪我もしてないですし、僕も変なアドリブ入れて転んじゃって逆にすみません」
一葉は冗談交じりに返事をすると足早に帰っていった。何でも来週明けに小テストがあるらしく、これから家で勉強をするそうだ。小走りに帰っていく一葉を見送った福松はすぐに化生部屋に顔を出すために着替えようとして思いとどまった。
(もし、棒手振りの使い方を教えてくれと頼めば誰かが教えてくれないかな)
化生部屋の妖怪たちは時代考証は元より、この撮影所ができた当初からここにいる大ベテランだ。そうでなくともドリさんがいればアドバイスくらいはもらえるかもしれない。もしかして実際に棒手振りを使わせてももらえるとなれば、むしろ着替えない方が都合がいい。
福松は乱暴に荷物を持つと、化生部屋へと急いだ。
◇
「し、失礼します」
福松は恐る恐る声を出して化生部屋の戸を開けた。思えばここに訪れたのは三カ月前、しかもドリさんに案内されての事。ある程度の勝手は知っているとは言え、やはり慣れないコミュニティに顔を出すのは怖いし緊張する。その上ここは妖怪の住処なのだから。
「おや」
そおっと顔を覗かせた福松だったがすぐに中から声を掛けられた。そこには三カ月前にドリさんや民子らと一緒にいた老婆がお茶を飲んで佇んでいた。老婆は「ようやく来たね」と言いながら笑った。不気味だった。尤も福松は思うだけでそれを口にはしなかったが。
催促されるままに福松は履き物を脱いで座敷に上がった。何はさておきまずは挨拶だ。芸能界で礼儀を欠いたら役者生命が終わるというのは日本舞踊の先生に耳にタコができるほど言われてきた。というか、妖怪相手に礼儀を欠いたら比喩でなしに生命が終わるかもしれない。
「おはようございます、真砂子さん。先日はありがとうございました。おかげで時代劇塾にも合格できて、今日初めての授業を終えてきました」
「そうかい。ご苦労様でした」
「えっと…ドリさんや他の妖怪の皆さんは?」
福松はきょろきょろと部屋の中を見回した。またいきなり現れたら悲鳴の一つでも叫ぶかもしれないからだ。
「ああ、ほとんどが今は撮影に出てるよ。今日は所外ロケだから、もうしばらくかかるだろうねぇ」
「そうか、撮影所の中だけってことはありませんものね」
京都は古い町並みや昔ながらの寺社仏閣が多く残っている。景観維持の意識も他県に比べれば高く、時代劇の撮影にそのまま使えるような場所が点在しているのだ。所内だけだとどうしてもロケーションの種類に限界が来てしまう。
「けど、あれだけの面子が出払うって相当大掛かりな現場何ですか?」
「いやそれほどでもないさ。何も全員がカメラに映ってる訳じゃないし」
「え? そうなんですか」
「通行人がそれほど必要な場面ってのも多いわけじゃない。みんなして出たがりなのは認めるけどね」
「じゃあ…何のために出て行ったんですか? 見て勉強するとか?」
真砂子はニタリと笑った。怖い。
「大抵の奴が役者と兼業してスタッフと似たようなことをしてるのさ。今日出番のある奴は半分もいないだろうね」
「スタッフと似たようなことですか…?」
「ああ。みんな長い事やってるから若手の役者に所作を教えたり、着物の崩れを現場で直してあげたりとか、ね」
「ああ。なるほど」
「他にもあるよ。なんせ儂らは妖怪だ。風を吹かせたり雨を降らせたり火をつけたり、なんてのは朝飯前だ」
福松は絶句した。そんな舞台効果まで担当しているとは思っていなかったからだ。テレビの枠の外で映りこまないように機械を使ったりCGを足したりしていると、知りもしないのに常識で捉えていた自分の視野の狭さを改めて思い知る。
そして、やはり妖怪と言うのは時代劇を撮るに当たって優秀な存在なのだと思った。
しかし。
「けど、そんなに大々的にやって、外にばれたりしないんですか?」
「ある程度は隠してやってるからね。それに多少ばれたって気にしなくていいだろう。隠す必要もない」
「どうしてですか? 色々とマズいでしょう、妖怪が映画に出てたら」
「お前さん、三カ月前に儂らの事を知って友達や家族に話したかい?」
「いえ。まさか」
「おや? 何で話さなかったんだい?」
「だって秘密だと思ってましたし。そもそも撮影所で妖怪が映画に出てたなんて言ったら…」
…あ。
と、福松は気が付いた。そうか…例え外部の人間に妖怪の存在がばれたとしても、それを信じてもらえる確証がない。いやむしろ冗談だと受け止められるか、バカにされるかのどちらかだろう。現にさっきの時代劇塾の講義でもお化けが見えますという福松の話を誰もがジョークだと思っていたのだから。
「わかったかい? 多少ばれたり、妙なもんが何かの拍子で映りこんだとしてもやれCGだ、編集だのと言って今の人間は誰もお化けを信じやしないさ。おかげで色々と遊べる時代になったから嬉しい限りだけどね」
人類の発展を逆手に取って遊んでいる。アニメとか漫画の影響で、妖怪って近代化や機械化社会を嘆くものだと思ってたが案外たくましいな、と福松はそんな感想を抱いた。
その時、福松は急に疑問が浮かんだ。それはこの撮影所の妖怪たちの性質の事だ。
試写室を出ると不思議と心のつかえが軽くなった気がした。福松は二人に軽く別れの挨拶をする。
「今日は顔を出すところがあるんで、先に失礼します。また来週もよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
「また今度よろしくお願いします」
そう言って更衣室に走った福松はノックをしてから戸を開けた。既に一葉は着替え終えており今まさに帰るところだった。
「一葉さん、今日はすみません」
「そんなそんな。別に怪我もしてないですし、僕も変なアドリブ入れて転んじゃって逆にすみません」
一葉は冗談交じりに返事をすると足早に帰っていった。何でも来週明けに小テストがあるらしく、これから家で勉強をするそうだ。小走りに帰っていく一葉を見送った福松はすぐに化生部屋に顔を出すために着替えようとして思いとどまった。
(もし、棒手振りの使い方を教えてくれと頼めば誰かが教えてくれないかな)
化生部屋の妖怪たちは時代考証は元より、この撮影所ができた当初からここにいる大ベテランだ。そうでなくともドリさんがいればアドバイスくらいはもらえるかもしれない。もしかして実際に棒手振りを使わせてももらえるとなれば、むしろ着替えない方が都合がいい。
福松は乱暴に荷物を持つと、化生部屋へと急いだ。
◇
「し、失礼します」
福松は恐る恐る声を出して化生部屋の戸を開けた。思えばここに訪れたのは三カ月前、しかもドリさんに案内されての事。ある程度の勝手は知っているとは言え、やはり慣れないコミュニティに顔を出すのは怖いし緊張する。その上ここは妖怪の住処なのだから。
「おや」
そおっと顔を覗かせた福松だったがすぐに中から声を掛けられた。そこには三カ月前にドリさんや民子らと一緒にいた老婆がお茶を飲んで佇んでいた。老婆は「ようやく来たね」と言いながら笑った。不気味だった。尤も福松は思うだけでそれを口にはしなかったが。
催促されるままに福松は履き物を脱いで座敷に上がった。何はさておきまずは挨拶だ。芸能界で礼儀を欠いたら役者生命が終わるというのは日本舞踊の先生に耳にタコができるほど言われてきた。というか、妖怪相手に礼儀を欠いたら比喩でなしに生命が終わるかもしれない。
「おはようございます、真砂子さん。先日はありがとうございました。おかげで時代劇塾にも合格できて、今日初めての授業を終えてきました」
「そうかい。ご苦労様でした」
「えっと…ドリさんや他の妖怪の皆さんは?」
福松はきょろきょろと部屋の中を見回した。またいきなり現れたら悲鳴の一つでも叫ぶかもしれないからだ。
「ああ、ほとんどが今は撮影に出てるよ。今日は所外ロケだから、もうしばらくかかるだろうねぇ」
「そうか、撮影所の中だけってことはありませんものね」
京都は古い町並みや昔ながらの寺社仏閣が多く残っている。景観維持の意識も他県に比べれば高く、時代劇の撮影にそのまま使えるような場所が点在しているのだ。所内だけだとどうしてもロケーションの種類に限界が来てしまう。
「けど、あれだけの面子が出払うって相当大掛かりな現場何ですか?」
「いやそれほどでもないさ。何も全員がカメラに映ってる訳じゃないし」
「え? そうなんですか」
「通行人がそれほど必要な場面ってのも多いわけじゃない。みんなして出たがりなのは認めるけどね」
「じゃあ…何のために出て行ったんですか? 見て勉強するとか?」
真砂子はニタリと笑った。怖い。
「大抵の奴が役者と兼業してスタッフと似たようなことをしてるのさ。今日出番のある奴は半分もいないだろうね」
「スタッフと似たようなことですか…?」
「ああ。みんな長い事やってるから若手の役者に所作を教えたり、着物の崩れを現場で直してあげたりとか、ね」
「ああ。なるほど」
「他にもあるよ。なんせ儂らは妖怪だ。風を吹かせたり雨を降らせたり火をつけたり、なんてのは朝飯前だ」
福松は絶句した。そんな舞台効果まで担当しているとは思っていなかったからだ。テレビの枠の外で映りこまないように機械を使ったりCGを足したりしていると、知りもしないのに常識で捉えていた自分の視野の狭さを改めて思い知る。
そして、やはり妖怪と言うのは時代劇を撮るに当たって優秀な存在なのだと思った。
しかし。
「けど、そんなに大々的にやって、外にばれたりしないんですか?」
「ある程度は隠してやってるからね。それに多少ばれたって気にしなくていいだろう。隠す必要もない」
「どうしてですか? 色々とマズいでしょう、妖怪が映画に出てたら」
「お前さん、三カ月前に儂らの事を知って友達や家族に話したかい?」
「いえ。まさか」
「おや? 何で話さなかったんだい?」
「だって秘密だと思ってましたし。そもそも撮影所で妖怪が映画に出てたなんて言ったら…」
…あ。
と、福松は気が付いた。そうか…例え外部の人間に妖怪の存在がばれたとしても、それを信じてもらえる確証がない。いやむしろ冗談だと受け止められるか、バカにされるかのどちらかだろう。現にさっきの時代劇塾の講義でもお化けが見えますという福松の話を誰もがジョークだと思っていたのだから。
「わかったかい? 多少ばれたり、妙なもんが何かの拍子で映りこんだとしてもやれCGだ、編集だのと言って今の人間は誰もお化けを信じやしないさ。おかげで色々と遊べる時代になったから嬉しい限りだけどね」
人類の発展を逆手に取って遊んでいる。アニメとか漫画の影響で、妖怪って近代化や機械化社会を嘆くものだと思ってたが案外たくましいな、と福松はそんな感想を抱いた。
その時、福松は急に疑問が浮かんだ。それはこの撮影所の妖怪たちの性質の事だ。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる