京都あやかし撮影所 ~仕出し陰陽師の福松くん~

音喜多子平

文字の大きさ
上 下
2 / 44
そうだ、京都行こう

1-2

しおりを挟む
 福松の就職した企業はいわゆるブラック企業であったのである。学生レベルでも多少のリサーチをすればわかるほど悪名高い会社であったのだが、就職活動に満足な時間を割かなかった彼は大学の就職係に寄せられてた求人を禄に吟味もせずに片っ端から応募をかけていた。

 そうして就職した会社で無茶な働き方を強いられて心身を疲弊させた福松は、一年と持たずに退職を願い出た。するとその時の直属の上司が辞表を持参した福松に向かって、

「仕事なんてどこいっても同じくらい辛いんだぞ。人間に天職なんてものはないんだから置かれてる場所で頑張って、今の仕事を天職にするしかないんだよ」

 と言ってきた。

 上司としては上手く言いくるめて退職を考え直そうとしていたのかも知れないが、その言葉は想定していたものとは違う形で福松の心を打った。

 何をしても辛いのだったら、せめて好きな事を仕事にして辛い方がいいじゃないか、と。

 そう思い立った福松は勝手に背中を押された気になって辞表を取り下げるどころか、かつて一瞬だけ頭の中に思い描いた夢を実現できるのではないかという確証のない自信を持つまでに至っていた。つまりは役者として生きていくという夢だ。

 具体的な退職を決めた彼は、すぐさま今後の身の振り方を考えた。役者と言えどもそのカテゴリはいくつもあるし、なる方法となれば更に多くの選択肢がある。福松はかつて自分が携わった公演やワークショップの記憶を反芻し、一体どんな役者になりたいのか、どの役が一番楽しかったのかを検討し始めた。

 そして三日が経ったとき。

 福松は時代劇で活躍する役者になりたいという一つの結論を導き出したのだ。

 彼が時代劇と言う答えに辿り着いたのには理由がある。

 それは福松の学年の大学卒業記念公演のこと。六人いた同級生たちが演目を話し合っていた際にこの四年間で色々なジャンルの演劇をしたが、本格的な時代劇だけはやったことがないから最後にそれをやってみたい、と歴史学部の部員が言い出した。福松を含めた残りの四年生はその意見に満場一致で賛成し、江戸を舞台にした時代劇の公演を正式に決定させた。

 しかし色々と問題は山済みだった。現代劇とは違い、用意すべきもののなんと多いことか。

 衣装、かつら、時代考証、言葉遣い、小道具、殺陣などなど。クオリティを追求すればするほど予算が高くついてしまう。結局のところ妥協に妥協を重ね、発案当初の構想とは似ても似つかないような演劇とせざるを得なかったである。そして福松にはそれが何とも言えない、心のしこりとして残っていた。

 だからこそ時代劇に心惹かれるのかも知れない。それを自覚しているのか否かは福松自身にも分からないが、少なくとも彼の中には時代劇は楽しいものだという思いはあった。

 時代劇で活躍できるようになりたい。そんな指針が決まると次々に今の自分に足りないものが次々と浮き彫りになってきた。本格的に勉強をしようと思ったら独学や地方にたまにくるワークショップなどではとても賄えない。

 もっともっと実践的に勉強をして時代劇で通用する役者になるには――。

 福松は思った。

 …。

 そうだ、京都行こう、と。

 思い立った福松はすぐに情報収集を始めた。京都が時代劇撮影のメッカであることはその通りだが、だからといって考えなしに京都に行っても何にもならない。そこで福松はかつてワークショップで一度だけお世話になったことのある、映画監督にダメ元で一通のメールを送った。

 すると幸いなことにその日のうちに返信があった。メールに京都の映画撮影所で時代劇のこれからを担う人材を育成するためのスクールが開校されているという旨の事がつらつらと記されていた。

 望んだ情報がすぐに手に入った事に福松は天命に似た何かしらを感じ取り、すぐにその時代劇専門のスクールを開催している撮影所に連絡をしてみると、あれよあれよと言う間に話が進んだ。案ずるより産むが易しとはこの事かと思うほどだ。そうして準備した書類の選考が終わり、最終面接のために仙台から京都まで片道十三時間のバスに揺られたという訳だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...