はぐれ農家は片田舎で世界を憂う 他 はぐれ○○シリーズ短編集

音喜多子平

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はぐれ魔導士は秘密の部屋で姫君を憂う

第五話

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 戦火で阿鼻叫喚する城下町とは裏腹に、ユトミスの王宮は平然としたものだった。いや、むしろ閑散と表現した方が正しいのかも知れない。僅かながらに城に残っていた騎士たちはサンドラも含めて留守役の防衛軍に合流し、ルメタ軍の侵攻を抑えているからだ。



 ルメタ軍が突如として侵攻を開始してたのは今から凡そ三時間前。国王が出城して、政治交渉の為に隣国の国境を越えた辺りの時間帯だった。ユトミス国王が城を離れることも、どのような道程を使うのかもすべて計算されていた。一度国境を出てしまうと、時刻とは言えども入国するのに多少の時間を食う。それを全て考慮しての進撃だ。これはつまり、敵軍に内部情報が漏れているという事に他ならなかった。



 ウォーテリア姫は、秘密の部屋の窓から外を一望し、押し寄せる不安と戦っていた。



 すると、その時。



 一階から秘密の部屋の扉を開けて、誰かが入ってくる気配を感じた。



 サンドラではない。



 直感的に、ウォーテリアはそう確信した。



 そして次に心中に押し寄せてきたのは恐怖感だった。サンドラでないのであれば、一体誰が…。いや、誰であっても自分にとって好意的な人間がくるのではないことは肌で感じ取っている。むしろウォーテリアにとっては最悪の人物が近づいてきているのだ。



 やがて、重々しく扉が開く。



 そこから部屋に入ってきた人物に向かって、毅然とした態度で尋ねた。



「まさかあなたが…」

「そのまさかですよ、ウォーテリア様。私がルメタ軍に情報を流したのです」



 ウォーテリアは入って来た人物の顔をみて驚いた。しかしそれは、意外な人物が入ってきたからではなく、いくつか予想した通りの人物が入ってきたからだった。



「ルオイル様。何故、ユトミス随一の戦名代と称される貴方が・・・」

「それはウォーテリア様。貴女たちのせいですよ」

「なんですって?」



 ルオイルはつかつかと歩み寄ってくる最中に、清々しい笑いを見せつつ自分の胸中の思いを吐露し始めた。



「貴女たちユトミスの三姫の美しさが私を変えた。いや、私だけなく多くの者が日々貴女のご尊顔を拝するたびに心に魔が入り込んでいったのです。他の者は心乱されても現実がそれを留められたでしょうが、私には行動に移せる意思と力があっただけの事」

「そんな独りよがりの理由で国と民を・・・」



 ウォーテリアは生まれて初めて怒りで身体が震えるという経験をした。が、ルオイルの目には怯え、震えるか弱い姫にしか見えていない。



「さ、私ともに来て頂きます。それと・・・アイシア姫とスチェイミア姫はいずこに?」

「・・・お答えできません。この秘密の部屋を出るつもりもありません」

「まだご自分の立場をご理解あそばされていないようですな」



 そう言うと強引に腕を掴み、有無を言わさずにウォーテリアを引きずり外へと出た。



「お止めください。サンドラがいない時に、この部屋を出ることはできないのです」

「抵抗なさいますな。声を荒げても、近衛兵も含めて侵攻してきたルメタ軍への応戦で城にはまともに戦える者はおりませんよ? 無力な侍女や給仕たちの命が惜しければ私に従ってください」



 やがて秘密の部屋から中庭へ出ると、ルオイルはウォーテリアを払い倒して腰の剣を抜いた。途端に周りの温度が下がり、ひんやりとしたような気になった。



「さ、他の二人の姫はどこです?」



 倒された姫は四つん這いになりながらも、返事はしない。



「どうなさいました・・・え?」



 恐怖で怯えているのだろうと、ルオイルは思い込んでいた。しかし、あからさまに姫の様子がおかしくなると、妙な焦燥感が出てきた。



 姫は息を荒くして何かを我慢するような、そんな様子を見せた。気のせいだと思った気温の低下も現実のものであり、見る見るうちに周囲の大気は冷たくなり、地には霜さえも出てきている。



 そして、ルオイルは気が付いた。今まで確かにウォーテリアがいたはずの場所に、まるで入れ替わるかのようにアイシア姫が蹲っている事に。



「ア、アイシア姫・・・? そんな馬鹿な、今ここにはウォーテリア様がおられたはず」



 それが最後の言葉になった。



 まるで火山の噴火と見紛うばかりにアイシア姫から冷気の魔力が噴出されると、周囲の建物も草木も何もかもが一瞬のうちに氷瀑に飲み込まれてしまったのだ。



「ぎゃああああ!」



 ルオイル卿の断末魔さえもが、凍てつく冷気に束縛されてしまう。



 アイシアは自分の身体の中から溢れる魔力を抑えるのに必死で、何が起こったのか気が付く余裕さえなかった。すると、一瞬のうちに再び姿が変わり、今となって庭に残されているのは、やはり喘ぎ苦しむスチェイミア姫の姿だった。



「だめ・・・もう部屋に戻れる余裕がない・・・ならせめて、少しでも城の遠くに」



 そう言うとスチェイミアは、力を振り絞って目の前の城壁を飛び越えた。



 だが、それを最後に戦火に巻き込まれている城下の景色はブラックアウトして、意識という意識を全て手放してしまった。

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