上 下
64 / 66
第二章 岩馬

圧倒される弟子

しおりを挟む
 ◇

 それぞれが思惑を持って、僕らはトボトボとした足取りで橋を戻って行った。やがて先程まで浪人風の男と一戦を交えた場所まで戻ると、いつもポーカーフェイスを崩さぬままの八雲さんと申し訳なさそうに俯く棗さんの姿があった。

 どうやら逃げた男を追っていたのが、上手い事振り切られてしまったらしい。円さんは、むしろ取り逃して戻ってきたことにホッとした様子であった。

 お偉方はそのまま寄り集まって、何やら小難しそうな話をし始めた。新参者で蚊帳の外の僕と朱さんは、仕方なく少し離れた場所で未だ騒めく心と血を沈めることに専念していた。

 かと言って終始無言でいるのも何となく気が引けたので、さっきの円さんとの合体技めいた事について聞いてみる。

「なんか隠していると思っていたんですが、アレだったんですね。円さんのローブ」
「ああ。姉上と相談してな」

 沈黙の間を嫌っていたのは朱さんも同じだったようで、丁寧に先ほどまでの妖術の解説までしてくれた。

「知っておろうが私たちは着物の妖怪。だが服であれば大抵の形にはなれる。そこで姉妹揃って円殿の外套に変じて、我らの妖力を付与したのだ」
「けど、それでもあのローブを被ってた円さんには程遠いですね」
「…ああ。改めて恐ろしく思う」

 そして朱さんは、「だが」と言葉を繋げた。

「だが、ローブに込められていた力もさることながら、円殿の才もまた凄い」
「え?」
「円殿に纏ってもらって気が付いた。生地に伝わってくる体捌きとそれを支えている身体がかなり鍛えられている。いつもの、あの呑んだくれている姿からは想像もつかなかった」

 朱さんは自嘲して言った。

「あの水を使う術も凄かったですしね。錬金術って金属を扱うだけじゃないんだなぁ」
「ああ。それに真に恐ろしいのはあれは即席の曲芸のような術だったことだ」
「? どういう事ですか?」
「環の言う通り、金物でなくとも錬金術の範疇にはなるそうなのだが、円殿の得意とするのは別の分野にあるらしくてな。あの水の術は円殿の技ではなく、姉上の素質なのだそうだ」
「玄さんの?」
「うむ。姉上は水気の錬金術に素質があるそうだ。まだまだ未熟なのだが、それを円殿の技前で補ってもらった成果がアレらしい」

 術者それぞれに得手不得手な元素があるって事か・・・・・・いやそれよりも、円さんの得意なジャンルって? というか、さっきのアレで本領を発揮した訳じゃないのか…。

 僕は思考と興奮とが巡り過ぎて、少し頭が熱くなった。

 見れば朱さんも何やら物思いに耽っている。目で見ていただけの僕でさえ、あの時は絶句していた。文字通り直に円さんの実力の片鱗に触れた朱さん達は感動も一塩なのだろう。

「…取りあえず足手まといにならないくらいには、強くなっとかないといけないですね」
「そうだな」

 僕と朱さんはそれぞれが今日の事を苦い経験として噛みしめ、同じことを思っていた。誰がどう見たって、今日の戦いは円さんの足を引っ張っていたし、無傷で全てを終えられたのは、至極単純に運が良かったまでの話に過ぎない。

 やがて話に折が付いた円さん達に呼ばれた。結局、この場にいては埒が開かないという結論に至ったそうで、一同は一先ず一路、巳坂を目指して歩き始めた。

 殿を行くのは、自然と僕と朱さんになった。

 ふと、何気なく隣を歩く朱さんの方を見る。すると向こうも、特に意味は泣く僕の顔を見てきた。

 そしてお互いは強張りつつも、笑みを浮かべた。

 その理由は至極簡単だ。互いが互いに目に炎を持ち、これからの修行に向けて血を滾らせているのが伝わったからだった。
しおりを挟む

処理中です...