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第一章 巳坂
兆し
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「話、終わった?」
奥から店へ戻ってきた円さんへ、真っ先に声をかけたのは八雲さんだった。
気のせいかもしれないが、僕と一瞬目の合った円さんにすかさず視線を逸らされた、そんな気がした。
「ああ、終わったよ」
「景は?」
「分からん。まだ部屋で飲んでるのか、もう戻ったのか」
「そう」
「そっちは? 次に流行るヒロイン妖怪は決まったのか?」
講釈の前に喉を潤すかのように、グラスを空にした八雲さんは語り出す。
「ひとまず。メイン、サブを問わず妖怪物のヒロインが雪女っていう一極化が薄まってきている今こそがチャンス。そして目まぐるしい流れの中にでもツンデレキャラの一定需要が存在していることを鑑みた結果、答えは出た。ずばり、思っている事と逆の事を性質的にしてしまう『あまのじゃく』こそ、次代を担うヒロイン的要素を包括している妖怪だと判断した。中には既にこの事実に気が付いている聡明な作者も見受けられる」
「めっちゃ早口で言ってる」
笑いながら返す円さんは、どうも明るさを取り繕っているように見えた。心なしか、表情も曇っている。
「…円さん?」
「え?」
「どうかしましたか?」
「いや、どうにもダメだな」
「何がですか?」
円さんは黙って僕の顔をじっと見た。それからゆっくりと店内を見回すかのように首を回すと、やがてうな垂れて動かなくなってしまった。八雲さんと朱さんも様子のおかしいことには気付いているようだ。
てっきり飲み過ぎて具合が悪いのかと、声をかけようとした時。
急に頭を起こすと、良い笑顔で言い放った。
「酒が飲みたくて仕方がない」
「いつもではないか」
すかさず呆れ顔の朱さんから的確なツッコミがはいる。
「という訳で飲みに行ってくる」
「いや、待て。店はどうすればよい」
「適当にやっといてくれ」
そう言い残すと本当に僕らを置いて店を出て行ってしまった。
ただ、なんとなく飄々とした余裕がなく、焦っている様な気がした。
「いつになく勝手だな」
「多分、円に何か良くないことがあった」
未だ目で見送っている八雲さんがぼそりと呟いた。
言い方からして、きっと初めての事でないのだろう。付き合いの長さではこの場では八雲さんが一番長いのだから、僕らには判断が付かない。
「そうなんですか?」
「ああいう風になるときは大体そう。大方は鈴様か深角様に理不尽な事を言われた時だけれど」
「景さんに何か言われたんでしょうか?」
「多分、そう」
「これでもかという位、ぐでんぐでんに酔って帰って来ると思う。だから後はよろしく」
八雲さんはお代をカウンターに置くと、満足げに店を出て行った。
言うだけ言い残すが、手を貸す気は更々ないのだろう。
営業の不安とへべれけで帰ってくるであろう円さんを待つ不安とを抱えながら、僕と朱さんは何も言えないまま顔を見合わせる事しかできなかった。
奥から店へ戻ってきた円さんへ、真っ先に声をかけたのは八雲さんだった。
気のせいかもしれないが、僕と一瞬目の合った円さんにすかさず視線を逸らされた、そんな気がした。
「ああ、終わったよ」
「景は?」
「分からん。まだ部屋で飲んでるのか、もう戻ったのか」
「そう」
「そっちは? 次に流行るヒロイン妖怪は決まったのか?」
講釈の前に喉を潤すかのように、グラスを空にした八雲さんは語り出す。
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「めっちゃ早口で言ってる」
笑いながら返す円さんは、どうも明るさを取り繕っているように見えた。心なしか、表情も曇っている。
「…円さん?」
「え?」
「どうかしましたか?」
「いや、どうにもダメだな」
「何がですか?」
円さんは黙って僕の顔をじっと見た。それからゆっくりと店内を見回すかのように首を回すと、やがてうな垂れて動かなくなってしまった。八雲さんと朱さんも様子のおかしいことには気付いているようだ。
てっきり飲み過ぎて具合が悪いのかと、声をかけようとした時。
急に頭を起こすと、良い笑顔で言い放った。
「酒が飲みたくて仕方がない」
「いつもではないか」
すかさず呆れ顔の朱さんから的確なツッコミがはいる。
「という訳で飲みに行ってくる」
「いや、待て。店はどうすればよい」
「適当にやっといてくれ」
そう言い残すと本当に僕らを置いて店を出て行ってしまった。
ただ、なんとなく飄々とした余裕がなく、焦っている様な気がした。
「いつになく勝手だな」
「多分、円に何か良くないことがあった」
未だ目で見送っている八雲さんがぼそりと呟いた。
言い方からして、きっと初めての事でないのだろう。付き合いの長さではこの場では八雲さんが一番長いのだから、僕らには判断が付かない。
「そうなんですか?」
「ああいう風になるときは大体そう。大方は鈴様か深角様に理不尽な事を言われた時だけれど」
「景さんに何か言われたんでしょうか?」
「多分、そう」
「これでもかという位、ぐでんぐでんに酔って帰って来ると思う。だから後はよろしく」
八雲さんはお代をカウンターに置くと、満足げに店を出て行った。
言うだけ言い残すが、手を貸す気は更々ないのだろう。
営業の不安とへべれけで帰ってくるであろう円さんを待つ不安とを抱えながら、僕と朱さんは何も言えないまま顔を見合わせる事しかできなかった。
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